見出し画像

(短編小説)長期連休明けの朝



鬱々とした心を表すようにポツポツと雨が降る。



私はキッチンに立ち、長男の幼稚園の弁当作りに四苦八苦している。
偏食がちの四歳児だ。
細かな手間がかかる。
まずは、卵を割って白身と黄身を分ける。白身はスープカップに入れておき、あとで私の朝食にしよう。
丁寧に取り分けた黄身は卵焼きにする。
白身を混ぜた卵焼きを弁当に入れると「じゅるっとしている」と、まだ舌足らずな口調で長男が怒る。
旦那によく似たタレ目の切れ長な目を釣り上げているさまを思い出して少し笑ってしまう。
取り分けた黄身に砂糖をかけて混ぜる。
手間を惜しまないことで空っぽの弁当箱を持って笑顔で帰ってきてくれるなら本望だ、と自分に言い聞かせて焼き上げる。


足元でもうすぐ一歳になる次男が抱っこをせがんで泣いている。さっきまでリビングでブロックをカンカンと打ち付けて遊んでいたのに、いつの間にか音がやんで高速ハイハイでキッチンに向かってきていることに気づかないくらい集中していた。母親失格である。
焼き上げるまで軽くあやしながら、最終的には片腕に抱き上げてフライパンと距離を保ちながらあやし、危険を察知した旦那に抱き上げられて連れていかれた。
母がいいと背中を反りながら抵抗する次男を気にしたふうもなくヨイヨイと旦那が抱き上げる。
卵焼きができてしまえばあとは昨日用意して切っておいたウインナーやら冷凍食品を詰めていくだけだ。
連休明けで気が張り詰めているのか、旦那が三度目のトイレに入る。次男がリビングのラグの上に降ろされて「にゃあ」みたいな「ふああ」みたいな声を上げて不快感をあらわにする。

弁当が一区切りついたのでリビングでクシャクシャになった顔の次男に声をかける。
さっきまで母がいいと抱っこをせがんでいたのに父に慣れればそれはそれでいいらしい。現金なやつだ。
電子レンジが加熱終了のアラームを鳴らす。さっき取り分けておいた卵の白身に水と鶏がらスープの粉末、冷凍しておいた刻んだ小口ねぎを入れてレンジで加熱した。簡素な卵スープの出来上がりだ。
余った卵焼きの切れ端、小さい俵型のおにぎりも一緒に食べる。次男が手を伸ばしてくるのを静かに手で制し、テーブルに置きっぱなしになっていたキウイのマスコットフィギュアを渡す。


旦那がトイレから出てきた。
「絶不調だ」
とおなかを押さえている。
食事中に失礼なやつである。
今まで何回と長期連休を経験し何回と連休明けを経験した大人でもストレスでこのざまである。
まだ寝室で寝息を立てている長男も登園を渋るのかなぁと小さく気を落とす。
楽しかった連休の代償だ。
専業主婦はそのへん気楽でいいなと思ったが、どんよりした空気の中ではとても言えない。


夕飯は旦那が好きな唐揚げにしてやろう。
戸棚の正露丸を探している旦那を横目に冷凍してあった鶏モモ肉を冷蔵庫に入れて解凍する。
長期休み明けで仕事が溜まっていても体がなまっていて疲れてしまうから、と温厚な上司が定時で上げさせてくれるところが夫の会社のいいところだ。
次男がまたぐずついて足にまとわりついてきても面倒だし、早めに夕飯に取り掛かったほうがよさそうだ。
買い物に行って下ごしらえをして、などと考え始めると日常がじわじわと返ってくる感覚に陥る。
レモンサワーも買ってこよう。
冷蔵庫に並べてあった缶チューハイが日ごと減っていって連休で飲み干したことを思い出す。
夕飯はまだ先なのに、専業主婦の一日は朝の計画にかかっていると言っても過言ではない。

今日も主婦は忙しい。


肩をキウイのフィギュアで叩いてくる次男を揺らしながら「いってきます」と鞄を持つ夫を見送った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?