【創作小話】これが2人の馴初めです ~末永く 仲睦まじく 馨しく~
プロローグ:簡単な世界背景
人間から自然発生する新種のエネルギーが発見された未来。
研究が進んで、エネルギーの存在が広く知れ渡ってくると、観測装置を使わずともエネルギーを知覚して、操れる人まで現れてきた。
最初にエネルギーを操る方法を見つけた人物により、この技術は魔法と呼称されるようになった。
突如現れた新種のエネルギーと魔法という技術に、翻弄される人や可能性を見出す人が様々いる、そんな過渡期を舞台にした仕合わせの話。
第1章:グロッキー女子と出会う
まだ日本には希少な魔法を体系的に学べる高等学校。
とある朝、その正門前で、生徒指導の教員とともにある人物を待っている。
始業のチャイムが鳴り終わった頃、待ち人来たる。
┌┤鳳来 恋幸├┐
おはよ~ござ~……
┌┤生徒指導教員├┐
おはよう! 鳳来!
今日も連絡くれないから無断遅刻になっちゃったぞ!
さすがにもう擁護できなくなってきたから、先生、今日はサプライズゲストを呼んでおいたからな!
大月! 大月ーー!
┌┤大月 和愛├┐
いや横にいますって。声でかいな。
どうも、同じ学年の大月です。個人用の軌道昇降機を研究してます。お待ちしてました。
┌┤鳳来 恋幸├┐
頭と目付きが反比例の人だ……どもっす。
個人用……なんて?
┌┤生徒指導教員├┐
説明しよう!
遅刻は事情があるとして、連絡いれなかったことに対する罰として、今から鳳来には逆バンジーしてもらうぞ!
これは親御さんの了解の上で、第三者機関からの安全認定を貰っている合法的なマシンで飛ばすから、心配いらないぞ!
それはもう怖いから、明日から遅刻するにしても一報入れたくなること請合いだ!
では、大月、よろしく頼む!
┌┤鳳来 恋幸├┐
!
嫌だな~嫌だな~……逆バンジーは怖いな~怖いな~……
なんだぁてめぇ……と初対面で反比例とか言う鳳来に心中でツッコミながら、試作機1号機射出装置を起動する。
すでに使っていない試作機とはいえ、個人用軌道昇降機の技術を無断遅刻の罰ゲームに使われるのは複雑だが、特例で校則を緩めてくれているので生徒指導教員の頼みは無下にはできない。
起動するやいなや、嫌だとアピールしてたくせにそそくさと射出装置の傍に寄っていく鳳来。元々の色白もあって顔色悪そうだったから心配していたが……ははーん、これ罰になってないな、と悟る。
そこは自分が気にしてもしょうがないので、仕事だけこなすことにする。鳳来に、手短に飛び方をレクチャーする。
3カウントの後、鳳来が空に打ち上がった!
20~30メートルほど上昇したところで、落下に転じる。地上5メートルほどのところで落下緩衝が機能して、ゆっくりと着地する。
1回の説明でほぼ完璧な着地を決めた鳳来。心なしか若干つやつやした笑顔で遠回しにおかわりを要求してきた。
┌┤鳳来 恋幸├┐
いや~怖かったなぁ~!
もう2~3回飛んだら明日から遅刻の連絡ちゃんとしちゃうだろうな~
┌┤大月 和愛├┐
などと供述しておりますが、先生?
┌┤生徒指導教員├┐
一事不再理の原則で、無断遅刻1回につき1発だな……というか効果ないなこれ……めっちゃ怖いのに……
大月の善意でもし飛ばせてやるなら、それは別にいいぞ。
俺は別の案を考えないといかんな。
┌┤大月 和愛├┐
いや、じゃあ、これで終わりっすね。お疲れ様で痛ぁ!
左後方からなにやってんの! あっこら、待て!
鳳来に不意打ちを見舞われ、振り返るとダバダバと逃げていく鳳来の姿が。
射出装置の上でスタンバる鳳来に追いつき、問いかける。
┌┤大月 和愛├┐
なにしてん?
┌┤鳳来 恋幸├┐
待ってる。蹴ったから。罰。
┌┤大月 和愛├┐
いや、違くて、待てって言ったのは2発目スタンバっときって意味でなくて、後ろからローキックした理由を問うてたんだけど、もういいわ!
ほら、観念して降りなさい。
俺も授業出るから、撤収するよ。
ぶーぶー言いながら教室に向かう鳳来を見送り、装置を片付ける。
無断遅刻に効果ないことは生徒指導教員も理解してたので、次の対策が浮かぶまで2~3日付き合うくらいで良さそうだ。
翌朝。
逆バンジースタッフとして待機していると、鳳来が正門前で誰かを待っているような姿が目に入る。
立哨していた生徒指導教員も気付いて、おぉ、逆バンジーの効果か不明だが遅刻すらせずに来たじゃないか! と喜んでいる。
が、なぜか鳳来は構内に入ってこない。
チャイムが鳴るタイミングで正門を閉めるために生徒指導が近づくと、鳳来が言う。
┌┤鳳来 恋幸├┐
おはざーす……
閉めるの手伝うんで~……開けるの手伝ってもらっていすか?
┌┤生徒指導教員├┐
はい?
門閉めるの手伝ってくれるために構内に入ってこなかったの? と生徒指導が悩みながら正門を閉めるのを、構外側にいる鳳来が手伝う。
はい遅刻、と鳳来が自己宣告してから正門を2人で少し開ける。尻尾を振りながら鳳来がこちらに寄ってくる。
┌┤鳳来 恋幸├┐
準備は、いい?
私は、できてる。
┌┤大月 和愛├┐
えっ!?
このためだけに遅刻判定を!?
┌┤生徒指導教員├┐
これは参りましたな大月氏、はっはっはっ!
はっはっはっじゃねぇわ、と言いたいであろう大月に相談だ。
鳳来も大月の入ってるプロジェクトに参加できないか?
扱いきれないほどのエネルギーを持ってるわけだし、なにかの役に立てると思うんだ。そして良ければ偶に飛ばしてやってくれんか?
で、その代わりに遅刻するときは一報いれることを鳳来に守らせてもらえると嬉しい。そこまでしてくれたら、また校則緩めちゃうかもしれん。
┌┤大月 和愛├┐
う~ん……どうだろ?
当プロジェクトは誰でもウェルカムってわけじゃなくて、かなり窮屈な機密保持契約結ばないといけないし。
┌┤鳳来 恋幸├┐
この鳳来……逆バンジーできるならどんな機密保……ん? どんな窮屈も辞さないしょぞん。
あと、今日の分、早く~……
┌┤大月 和愛├┐
機密保持契約ね。
あと袖を引っ張るんじゃありません。
今起動するから、ちょっとお待ちなさい。
起動させた試作機1号機射出装置に、待ってましたと言わんばかりに駆け寄っていく鳳来。大型犬がぶっ飛び体験を満喫している間に、生徒指導教員と相談して、プロジェクト責任者の昼休みを狙って鳳来加入を電話で聞いてみることになった。
戻ってきた鳳来が、撤収を手伝ってくれて、そのまま教室まで歩く途中に質問される。
┌┤鳳来 恋幸├┐
んで……プロジェクトってのに、参加すれば……飛び放題ってことでよいの……?
┌┤大月 和愛├┐
どんだけ気に入ったのあれ。
先に言っておくと、違くて。
簡単に言うと、俺が参加してるプロジェクトは、あれで宇宙まで飛ぼうとしてるのね。
だから、昨日今日のアトラクション的な高度でなくて、地球は丸かった的な高度までいくよ。
好きなときに飛べるわけじゃないし、それでも参加
┌┤鳳来 恋幸├┐
するってばよ! むしろ、やる気でてきた。
どしたらい~? 私、目つき悪いんだけど、だいじょぶかな?
┌┤大月 和愛├┐
俺よりは悪くないから、たぶんギリ大丈夫。
┌┤鳳来 恋幸├┐
いや、言うほど悪くないよって、否定するとこでしょ。
┌┤大月 和愛├┐
ははっ、人を反比例呼ばわりしといて乙女ぶるんじゃありません。
昼に電話して責任者の人に聞いてみるから、それまで待ってて。
あと、本人的にセンシティブなことだと思うから確認しとくんだけど、左目の紅貴結晶のこと、言ってもいい?
┌┤鳳来 恋幸├┐
それで参加できる率上がるなら……どんどんして。
電話してる間……私、隣で応援してよっか?
やんあらあら、って。
┌┤大月 和愛├┐
参加できる率下がるかもしれんから、お気持ちだけで全然十分なんで待機でお願いします。
昼休み。
のチャイムが鳴っているうちに、鳳来が教室のドアを開けてこちらへ向かってくる。
┌┤鳳来 恋幸├┐
大丈夫そ~……?
┌┤大月 和愛├┐
待ちきれないにしたって早いってばよ!
チャイム鳴り終わってないんですけど。
これから電話するのにちょっと静かな場所に移るから、もう飯食いながら横で聞いててもろて。
┌┤鳳来 恋幸├┐
りょ~……
結果としてはOKだった。紅貴結晶が効いたようだ。
鳳来はなぜか乗り気だったし、プロジェクト側もこんなに軽くOKしてくれるなら、もっと前から自分で誘っておけばよかった。
今日の放課後にもう開発拠点に連れてきていいそうなので、放課後に愛車で行こうと鳳来に伝えて、一旦解散した。
放課後。
のチャイムが鳴っているうちに教室のドアを開けてくると見越して、ドアを開けたら目の前という位置に仁王立ちで待機する。
予想通りに開けてきた鳳来は、しかし、ぴくりとも動じずに話を続ける。
┌┤鳳来 恋幸├┐
大丈夫そ~……?
┌┤大月 和愛├┐
(こんなに動じないことある?)
おけ、準備できてるから行こか。
愛車に鳳来を乗っける。
逆バンジーに使った試作機1号機射出装置も返却しないとならないので、愛車と相対距離を保ったまま追従させるようにアレンジした浮遊魔法で浮かせて、開発拠点まで向かう。
鳳来の髪に紅く煌めく細かい結晶が、夕焼けに照らされて微光を散らす。バックミラー越しに見える光が綺麗だなと思う一方で、後続車を眩惑してないかとヒヤヒヤする。
幸いとくに煽られもせず、目的地に着いた。
鳳来の入場手続きを済ませて、研究室のある建屋に入る。
第2章:おや? グロッキー女子の様子が……
個人用軌道昇降機開発プロジェクトは、SNSで知り合った魔法や物理を得意とする理系男子の集まりが母体となる。
SNSに開発実績を投稿しながら企業からの協力までこぎ着けて、本格的な開発体制に移行した。今訪れた拠点拠点の敷地も、企業の伝手で貸与してもらっている。
体育館のような建屋に入ると、そこには簡易射出装置とは比べるべくもない、重厚でよくぶっ飛ばしてくれそう射出装置が鎮座している。
┌┤鳳来 恋幸├┐
びゃあぁぁすごひぃぃぃ……!
┌┤大月 和愛├┐
予の辞書には油断も隙もない!
射出装置を見るやいなや走り出す鳳来の背中に触れて、浮遊魔法で少しだけ浮かせる。空中走りする鳳来。
こちらを向き直り、不満を顕にする
┌┤鳳来 恋幸├┐
先生……飛ばせて、ほしいです。
┌┤大月 和愛├┐
今準備してもらってるから、ちょ待てし。
その間に開発メンバーに紹介して、入構証とか契約書とか作ってもらうから、こっち来て。
建屋の端にあるプレハブで組まれた研究室の1室へ入る。
中には数人の開発メンバーがいて、ビデオ通話で参加しているメンバーと談笑中だった。急な新規加入にも関わらず、紅貴結晶が来るってんで、全員が顔を出してくれているようだ。
開発メンバーに、鳳来が挨拶と自己紹介をする。拍手で迎えられる鳳来。うんうん、良かった良かった。
続けて、事務を担当してくれている開発メンバーと別室に移動して、一通りの契約書と、入構証を作成してもらう。
┌┤事務メン├┐
じゃあ、顔写真撮影するんで、ちょっとそこに座ってね。
……はい、撮りま……ピースは無しでいこうか!
撮りますよ~……はい、OK!
┌┤鳳来 恋幸├┐
ありがと~ございま~……
┌┤大月 和愛├┐
なんでピースしたん?
┌┤鳳来 恋幸├┐
カメラが向いたら、ピースする。
これ女子の鉄則。
┌┤事務メン├┐
ちなみに、鳳来さん体調が悪そうだけど、やっぱり紅貴結晶のせい?
┌┤鳳来 恋幸├┐
よく知ってますね~……
そうなんですよ……メイドイン鳳来のエネルギーで、グロッキー鳳来、なんですよね……
┌┤大月 和愛├┐
そうだったの!?
┌┤開発メンバー├┐
体の一部が結晶に変質するほどたくさん濃いエネルギーが生成される人は、自分のエネルギーで体調不良になっちゃうんだって。
結晶持ちの人数がそもそも少ないから、あんまり知られてないけど。
自分でエネルギー消費できたらいいんだけど、扱える魔法によってはエネルギーそんなに使い切れないからね。
お医者さんにいっても、まだ魔法を処方してくれるところはないんじゃないかな?
┌┤鳳来 恋幸├┐
そうなんですよ~……
私、嗅覚でエネルギー感じるタイプなんで、芳香魔法が使えるんですけど、少し強めにすると、どんな香りも臭くなっちゃうんですよね~……
┌┤大月 和愛├┐
知らんかった。
ごめん、単にそういう個性なのかと思ってた。
┌┤事務メン├┐
お詫びに、充電魔法でもあげるといいと思うよ。
┌┤鳳来 恋幸├┐
?
私も、そう思うよ~
┌┤大月 和愛├┐
なんだか分かってないでしょうが。
ちょっと持ってくるわ。
そのへんに転がってた適当なモバイルバッテリーに、充電魔法*を付与する。
┌┤大月 和愛├┐
ほい、とりあえずこれ持ってみてくれる?
充電が始まるはずなんだけど。
┌┤鳳来 恋幸├┐
ちょいちょい~……満充電のやつ渡されても、充電されんでしょ~……
┌┤大月 和愛├┐
嘘でしょ!? 紅貴結晶すげぇ……
それ、完全に空になってたやつなんだわ。
ちょっと鳳来さ、待たせちゃって申し訳ない、空飛ぼっか?
┌┤鳳来 恋幸├┐
飛ぶぜ~、超飛ぶぜ~……!
今のエピソードで、にわかに活気づく開発メンバー。
さておき、早く飛びたくてしょうがない鳳来の機嫌をとる意味で、1発空へぶっ放す。
簡易射出装置よりも遥かに高い場所まで飛んでいるが、戻って来て開口一番、思てたんより飛ばんと不満を漏らす鳳来に思わず吹き出す。
┌┤大月 和愛├┐
なんで本来飛べるはずの高度がわかるんだよ。
でもその通りで、この拠点で賄える電気とエネルギーだと供給不足になっちゃってて高度が頭打ちなんだわ。
そこでさ、鳳来のエネルギー、使わしてもろていいかな?
┌┤鳳来 恋幸├┐
反対する理由はない……やってくれたまえ。
お許しが出たので、開発メンバーとともに鳳来を一次エネルギー供給源とするよう魔法を再構築する。射出装置 are go!
鳳来に射出部に入ってもらって、エネルギーを頂戴すると、開発メンバーがざわつきだす。鳳来1人で、射出に必要なエネルギーを全て賄えてしまっている。
こんなに吸って大丈夫か? 安全装置は機能してるよな? と次第に別の意味でざわつきだす開発メンバーをよそに、当の本人はむしろ調子が良さそうだ。鳳来の希望もあって、このまま試験射出に移行する。
カウントダウンの後、鳳来が、新記録となる空の高みへ消えていった。
┌┤事務メン├┐
ビデオ通話メンバーには申し訳ないけど、BBQしよっか!
今日は社会人組が奢っちゃる!
┌┤鳳来 恋幸├┐
いえ~! ゴチになりま~す!
これまでの最高高度を大きく塗り替えた試験射出は、大成功だった。
大層お気に召した鳳来は、もう1発いっとく? と開発メンバーから勧められる度に全部OKして、10回以上連続で飛んで大はしゃぎだった。
エネルギー供給不足で高度が出せないという大問題で暗礁に乗り上げかけていたプロジェクトは、今日の試験データで息を吹き返した。鳳来が連続で飛んでくれたので、耐久負荷試験のようなデータまで採れた。
奇跡的に、各種装置の設計には現状問題ないことが確認できた。これで銀行への融資の相談とか、プロジェクトを取り巻く環境はかなり好転するだろう。
そんな鳳来への感謝として、急遽敷地内でBBQが催されることになった。THE辺鄙な場所にあると、こういうことができるのいいよね。
┌┤鳳来 恋幸├┐
ブッピー、今日はありがと~!
┌┤大月 和愛├┐
……?
あっ、もしかして、俺?
俺いつからブッピー? になったの?
┌┤鳳来 恋幸├┐
かわいいっしょ? 和愛だから、ラブ&ピースで、ブッピーね!
私のことは、ラブハッピーって呼んでいいから! 男子では初の快挙だよ、おめでと!
今日ここに連れてきてくれたブッピーのおかげで、超楽しかったし、エネルギーもバンバン使ってくれたから過去1……というより冗談抜きで産まれて初めて調子いいの!最高!
お礼にかわいいあだなプロデュースしたげたから、これで目付き悪い分をカバーしてね。
┌┤大月 和愛├┐
目付きの悪さは俺のチャームポイントだけど、ありがとうございます。
恋幸だったら、ラブラッキーでもかわいいんじゃない?
┌┤鳳来 恋幸├┐
ブッピーやるじゃん! 採用!
えっ、どうしよ、どっちがかわいい?
どっちも推せるくね?
┌┤大月 和愛├┐
相手に選ばせてあげる感じでいんじゃない?
選べるかわいさお届け! みたいな。
┌┤鳳来 恋幸├┐
それだわ! よ~し、いっちょ届けちゃうか!
今んとこ誰もラブハッピーって呼んでくれないから、片っ端から再配達しちゃうぞ!
てかなんで誰も呼んでくれんのだろか?
┌┤大月 和愛├┐
あ~…………
……元の恋幸がすでにかわいい響きだからじゃない……?
┌┤鳳来 恋幸├┐
なんでそんな言葉選ぶの!?
ブッピーはラブハッピーかラブラッキーって呼んでくれないと返事しないって決めたからね!
┌┤大月 和愛├┐
ひぇ~、カワイイが選べるぅ!
じゃ交互に呼ぶわ。
┌┤事務メン├┐
お2人さん、ちょっといい?
┌┤鳳来 恋幸├┐
あっ! 事務メンさん!
今日はありがとうございます!
┌┤大月 和愛├┐
どうも、いただいてます。
なんでしょう?
┌┤事務メン├┐
いや、全然大したことじゃないんだけど、鳳来さん、明日からも来れるだけ来てもらえないかな?
エネルギーがどれくらいで回復するのか、とか色々詳しく大月……じゃなくてブッピーさんに調べてもらってほしいんだよね。
バンバン飛んでもらっていいし、お給料も出すからさ。
┌┤鳳来 恋幸├┐
飛び放題、いいの!?
ありがとうございます!
ブッピーが毎日送迎してくれます!
┌┤大月 和愛├┐
いとも容易く増やされる2つの仕事。
俺じゃなきゃ見逃してるね。
でもちょうどいいから、平日は無断で遅刻したら連れてこないって条件を付けとこうかな。
┌┤鳳来 恋幸├┐
今まではグロッキーすぎて心折れかけてただけだから、もう余裕だし!
なんなら家から学校までスキップでいけるから!
射出装置でエネルギーをほぼほぼ吸われて、グロッキー鳳来からラブハッピーに進化した鳳来は、別人かと思うほど明るかった。
その変わり様が、普段どれほど辛かったかを物語っている。WinWinな関係になれたことだし、送迎くらいはお安い御用だと思える。
帰り際、家とか通学路とかでエネルギーが蓄積してまたグロッキー鳳来になっちゃった時用に、突貫で魔法を付与した傘を渡す。
この傘の柄を持って石突き……先っぽの金属部分を土の地面とかになるべく深くぶっ刺せばエネルギーを電気として放電することで楽になると伝える。
持ち運べるサイズのバッテリーでは体調改善するほどのエネルギーを扱えないので、苦肉の策ではある。
┌┤鳳来 恋幸├┐
ありがとう! やだ、プレゼントうれしい!
これだとでけぇからこっちの折畳み傘でうまいこと同じものにしてくれたらもっとうれしい!
あと、できればさっきのモババもくれると最高にうれしい!
自分で充電できるの便利すぎる!
┌┤大月 和愛├┐
全力で乗っかってくるじゃん!
ちょっと待ってろし!
第3章:溜め回
ほぼ毎日、鳳来と開発拠点に通うことになって数週間。
友人伝いに聞いて知ったのだが、SNSで鳳来推しの非公認ファンクラブがあるそうだ。
で、最近出てきたあの鳳来様より目つき悪いのはなんだ? と自分まで騒がれているらしい。
曰く、急に出てきて仲良さげで不敬であるという意見と、鳳来様より目つき悪いあいつと絡みだしてから鳳来様が明るくなられて笑顔をお見せになってくれて身が持たないという意見の大きく2つ。
前者の意見だけだと少し身構えるが、後者の意見からして鳳来の無意識ファンサで浄化されているようなので、静観でいいだろう。気にしないことにする。
さて、今日も今日とて、開発拠点に来た。
鳳来の協力もあって、目標であった衛星軌道まで高度を出すことを達成しようと開発メンバーの士気は高い。
システムとして見ると、特定の個人にエネルギー供給を依存していることになるので大変よろしくないが、射出装置の一部の機構は開発メンバーの魔法に頼っていたりして同じことなので、商用化までに解決すべき課題に登録しておくことになった。
最高高度を更新した実績を公開するごとに融資などの話も増えてきている。鳳来様々である。
鳳来は、すっかり開発メンバーの一員になった。
拠点に着くなりパイロットウェアに着替えて、1度飛ぶたびに気がついた点を開発メンバーにつぶさに共有している。開発メンバーが魔法と装置を調整している間は、エネルギー生成量を自分で増やせないかを調べたりしている。
高度維持試験で、鳳来でなく自分が飛ぶ際も、快くエネルギーを供給してくれたりもする。
そうして、皆で協力し合うことで、一歩ずつ完成に近づいていくことを理解してくれている。
ただ飛びたいがためだけに他人様を後ろからローキックで不意打ちするダウナー女子は、もういない。
┌┤鳳来 恋幸├┐
そいえば、私は高く飛ぶの自体が楽しくていんだけど、皆はなんでそんな高く飛びたいの?
┌┤大月 和愛├┐
この個人用軌道昇降機開発プロジェクトの根幹に関わるいい質問ですぞ、ラブハッピー氏。
結論としては、衛星軌道への直通輸送経路を実現したいんだよね。
今って、宇宙で実験とかしようとすると、まず宇宙まで人や物を運ぶのに地球上のどっかの地面からロケット飛ばすじゃん?
でもこれすごいお金がかかるわけよ。
そこで、個人単位で安く運べる手段を確立すれば、宇宙開発はそれだけで革命的に早く進む。科学者自身が訓練なしに宇宙に行けるようになるし、もっと言えばその人達に飯をデリバリーできるからそのまま気が済むまで超長期試験もできるようになる。
そうして宇宙開発が加速すれば、それこそ月や火星を居住可能にすることだって現実味を帯びてくる。
その足がかりを築きたいんだ。
開発メンバーの中には、自分で宇宙に行きたくて参加してる人もいるし、単に高難度プロジェクトで自分の魔法と知識を活かして磨きたいって人もいるし、ガチに宇宙ビジネスに参戦しようとしてるベンチャーのエンジニアもいる。当然、投資目的の人もいるから意見の食い違いはあるけど、なんとか成功させたい。
だから、ラブラッキーにはすごい感謝してる。エネルギーの件だけじゃなくて、こうして開発に積極的に参加してくれて嬉しい。
……なんの話だっけ?
プロジェクトの目的か。そんな感じなんだけど、分かった?
┌┤鳳来 恋幸├┐
ブッピーが私に感謝してることは分かった。
つまり?
┌┤大月 和愛├┐
思ったより伝わってて良かった。
つまり、コンビニ感覚で宇宙にいけるようにしたいんだわ。宇宙いくといい気分だから。
┌┤鳳来 恋幸├┐
な~ほね~!
うんうん、宇宙いいよね!
┌┤周囲にいて話が聞こえていた他の開発メンバー達├┐
(今ので伝わったのか?)
そうこうしているうちに、作業に区切りがついて撤収となった。
鳳来と帰ろうとする間際、事務メンから呼び止められる。
┌┤事務メン├┐
ごめんごめん。
なんかプロジェクトに噛みついてきてる荒らしがいて、どうも2人のことを知ってるっぽいから、知らせとこうと思って。
もし誰だか分かっても直接対決とかは絶対さけて、私に教えてね。こっちで対処するから。
プロジェクトの公式アカウントに投稿されたメッセージには、俺が鳳来の弱みを握って毎日連行、鳳来を無理矢理高所に打上げて嫌がらせしているという妄言と、この開発プロジェクトもそれに加担しているのですぐに止めなければ法的措置を検討する、という脅迫が添えられていた。
帰り道、あれ書いた人って高所に打上げる嫌がらせってシュールすぎておかしいって思わなかったのかね? と真に受ける人はいないだろうから心配するなという主旨の雑談を振ってみたが、タンデムシートに座る鳳来は、家に着くまで何かを考え込みながらずっと黙っていた。
こういうときにもうちょっとこうなんというかスマートに気の利いたことが言える、そういう人に俺はなりたい。
翌朝、登校して自分の席に着くと、よそのクラスで騒ぎが起きた。
朝から元気だね~と思っていたら、どうも鳳来がその騒ぎを起こしているようで、様子を伺いに行く。
┌┤脅迫メッセを投稿してた女子├┐
いえ……違うんです、鳳来様を救いたかっただけなんです……
せっかく鳳来様が明るくお元気になられたのに、あの男子に付き纏われていては……私ならお助けすることができます。
┌┤鳳来 恋幸├┐
うるせぇな。お前の頭がお花畑なだけだ。
現実と妄想の区別がついてねぇくせにSNSだけはいっちょ前に使いこなしやがって、この老害女子が。
頭の病院行って、そのまま一生入院しててくれ。お前の白いブラウスにすらイライラする。
事務メンから避けるように言われていた直接対決の火蓋が今まさに切って落とされていた。
話の内容から、自分が止めに入ると脅迫メッセ女子に対して火に油っぽいので、仕方なく周囲にこそこそと聞き込みをする。
どうやら、鳳来は昨晩のうちに友人に聞いて回って、脅迫メッセを投稿した人物に当たりを付けていたそうだ。
で、朝イチでこのクラスにやってきて、これ書いたのお前か? と詰め寄って本人が自供して、今に至る。
さらに、脅迫メッセ女子は、非公認ファンクラブの中でも古参のガチ恋勢らしい。
憧れは理解から……の金言が思い出される。いや、そんな場合じゃない。自分じゃ話こじれるし、教員を召喚するか……
教員が駆けつけたと同時に、脅迫メッセ女子が泣き崩れて一旦お開きとなった。
鳳来の方は、自分のやったことを責められて反省もしないで泣くしかできないとか幼稚園かお前は! と喰ってかかろうとしているところを制止されている。
空き教室に教員と入っていく鳳来。経緯を知っている、と半ば強引に自分も空き教室に入っていく。
昨晩からの事情を説明する。
裁定としては、気持ちは十分察するがこの手の話は色んな要素が絡み合う爆弾解除のような案件だから手順が最適ではなかった、というところに落ち着いた。幸い、手を出していないことでギリギリ鳳来はお咎めなし。
脅迫メッセ女子は早退、学校側で対応を検討となった。
鳳来のほうは、このまま授業を受けるという。それならと空き教室から戻ろうとしたところで、鳳来が呟いた。
┌┤鳳来 恋幸├┐
ごめんね。
原因は私っぽかったから、なんとかしなきゃと思ったんだけど……全然ダメだったみたい……
┌┤大月 和愛├┐
いや、ラブハッピーは何も悪くないよ。むしろ俺が入ると余計に炎上しそうで、助太刀できなくてごめん。
俺としてはあそこまで言ってくれて、いいぞもっとやれってくらいに感謝してる。
そんなに思い詰めなくて大丈夫、こっからはチームで動けばいいってだけ。
次からは初手で俺も巻き込んでほしいし、事務メンにも連絡してあの女子を今更謝ってももう遅いざまぁしてやろう。
┌┤鳳来 恋幸├┐
うん、そうだね、ありがと。
そんなに急に元気になる訳ないにしても、多少は励ませただろうか。我ながら的を射てない感がすごい。
鳳来が自分の教室に入っていくのを確認して、自分も教室に戻った。一応、事務メンにはメッセで経緯を説明しておく。
放課後。
事務メンから、開発プロジェクトが炎上していて少しばかりマスコミが動き出しているから安全のため2人とも今日は自宅待機、と連絡が入る。
非常にまずい! と一目散に鳳来のクラスへ向かうが、紙一重の差で帰宅していた。
帰宅と称したのは世を忍ぶ仮の言葉で実は脅迫メッセ女子の自宅まで凸っておるまいな? と不安に駆られて鳳来に電話したら1コールで普通に出たので、一周回って冷静になった。
┌┤大月 和愛├┐
おっす。
もう自宅向かってる?
┌┤鳳来 恋幸├┐
うん、向かってるよ。
大丈夫、ちゃんと言われたとおりに大人しくしとくから、心配しないで。
┌┤大月 和愛├┐
了解。
あのさ、こんなの今までもあったし、一時的なことだから、すぐまた再開する。ラブラッキーが気にすることじゃないからな。
知らねぇのが何か聞いてきてもスルーすりゃいいから学校も来て大丈夫。だから、明日また学校でな、絶対だぞ!
┌┤鳳来 恋幸├┐
うん、ありがとね。
ラブラッキーって呼んでんの? という周囲の視線には気づかないフリをして、自分も帰宅する。
自宅に戻って開発メンバーと協力して経緯を整理すると、あの脅迫メッセ女子が半日でやってくれました。
手口からして、炎上をビジネスとして請負う輩を動かしているようだ。そのまま移行した対策会議は、夜更けまで続いた。
第4章:あおはる
翌日。
プロジェクトの一時凍結が決まった。
鳳来は、学校を休んでいた。午前中に何度か電話とメッセをするが、スルーである。
おそらくだが、これはあれだな、一時凍結を完全に自分の責任だと感じていて関係者からの慰めとかを受け取るわけにはいかないから必ず慰めにくるであろう俺がいる学校にも行きにくいという、罪の意識からくる積極的なサボタージュと推察した。
この推察に基づいて鳳来を励ましにいこうと思うが、急には迷惑だろうしそもそも俺に会いたくないだろうし……
どうしようかと開発メンバーに相談してみたら、スピードが足りない、と背中を押してもらったので仮病で早退して凸ることにする。
週刊誌の記者が数人、学校の周りに確認されたので、不可視魔法と浮遊魔法で颯爽帰宅、すぐに着替えて、改めて不可視魔法と浮遊魔法を発動して鳳来家に凸る。
上空から鳳来家の周囲を索敵して、今は周囲に記者の待ち伏せがないことを確認する。
鳳来に、私ブッピー今あなたの上にいるの……やっぱりふざけないで端的に、話がしたいから少しだけ家に入れてほしい、とメッセを送る。
ややあって玄関が少し開いたので、着地してそそくさとお邪魔する。
┌┤大月 和愛├┐
おっす。
ありがとう、入れてくれて。
┌┤鳳来 恋幸├┐
ううん、あがって。
┌┤大月 和愛├┐
お邪魔しま~す
鳳来が茶とお菓子を用意してくれている間に、さてこの後どうするかと今更ながら作戦を練り直す。
心配だからと早退して家まで来たが、すごく普通に応対されて逆にどうすればいいのか分からなくなってしまった。
でも、ブッピー知ってるよ、こういうときはいきなり本題に入らずアイスブレイクするといいって事。
┌┤大月 和愛├┐
ラブハッピーさ、今から遊園地行こう。
┌┤鳳来 恋幸├┐
えっ!? 行く……ない!
なんで? 今は外出とかしないほうがいいんじゃないの?
それに、私、変装とかできないよ。
┌┤大月 和愛├┐
後で説明するけど、俺らは何も悪くない。
ゆえに久々の休みみたいなもんだから、ラブラッキーと遊びたい!
俺が魔法で紅貴結晶とか髪のラメとか隠すし、魔法で1~2つ離れた駅まで移動してから電車に乗れば大丈夫!
┌┤鳳来 恋幸├┐
え・・・えと、すぐ! すぐ準備するから、これ食べながらちょっとだけ待ってて。
┌┤大月 和愛├┐
急な話してる俺が全面的に悪いから、全然急がなくて大丈夫。
こちらとしても、想定しているコースが実現可能なことを調べないとなので、本当にゆっくりでいい。
ややあって、鳳来の準備が整った。
土休日に開発拠点へ行くときの私服とはまた別のコーデで、このコかわいいな、と素直に思う。
完全に自分が釣り合ってないのが誤算でごめんなさいだが、もうこのまま行くしかないので、開き直って今は気にしないことにする。
紅貴結晶はもう片方の瞳を投影する魔法で覆い、髪は反射する光を漆黒に置き換える魔法でコーティングする。準備完了。
玄関で不可視魔法を発動、外に出てから浮遊魔法で少し離れた駅まで向かう。
高く飛ぶこと自体が楽しいと言っていたので、絶叫系のアトラクションが多いところを選んだ。
いつものとはまた違ってこれはこれで楽しいね、と喜んでくれている。良かった。
閉園間近になって、最後に観覧車に乗りたいと言うので、乗りたいやつは全部乗ろう! と同意する。
いきなり遊園地に誘った意図を汲んでくれたのか、観覧車に乗ってから、鳳来が話してくれた。
┌┤鳳来 恋幸├┐
今日、電話とかずっと無視してて、ごめんね。
きっとブッピーは、慰めて、励ましてくれるって分かってたから、自分のせいで迷惑掛けてるのにそれに甘えるわけにいかなくて……
プロジェクトも凍結なんて迷惑掛けちゃって、もう脱退するしかないかなって……この遊園地だって、本当は来ていいはずないのに、不意打ちはズルいよ。
┌┤大月 和愛├┐
大体予想してた通りなので、不意打ちについては謝りませぬ。こうでもしないとゆっくり話せないからね。
まず最初に伝えたいことがある。
今の一時凍結は、炎上したからじゃなくて、ただの防御形態だから。
┌┤鳳来 恋幸├┐
……どゆこと?
┌┤大月 和愛├┐
ラブハッピーが脅迫メッセ女子を見つけてくれたおかげで、すぐにSNS遡って人となりが詳しく分かったんだ。
プロジェクトを続けてると、このあとさらにサイバー攻撃とかまでやってきそうな過激派だったから、手っ取り早く一回休みにしてサーバとかオフラインに……要はそもそも攻撃できなくしたというわけ。
で、ただ守ってるだけじゃなくて、警察と顧問弁護士の先生にも動いてもらってる。
っていうかSNSで炎上請負業者に依頼してたらしくて、証拠押さえ放題で楽勝らしい。
一時的とはいえ活動を凍結して経済的損失も出てるから、民事と刑事で裁判だね。
……うん、ごめん、こんな生々しい話聞かされても困るわな。
よし、開発メンバー達の話をしよう。
皆、ありがとうって言ってたよ。プロジェクトのためになんとかしようとしてくれた気持ちが嬉しいって。
プロジェクトが凍結されても開発環境のクローンなんて秒で作れるから進捗にも影響なし、だから凍結解けたらすぐ今までよりももっと高く飛んでもらうよ! ってさ。
もう、ラブラッキーはプロジェクトにいてくれないと困るメンバーだから、あんな女子のことなんてもう忘れて、次の打上げはもっと高く飛べるってことを考えてワクワクしててほしいな。
┌┤鳳来 恋幸├┐
……そっか、うん……そうだよね、ありが……ありがとう……
私も……ブッピーと皆と……完成まで、一緒に……続け、たくて、もう無理なのかなって……本当に……それが嫌で……
泣き出す鳳来を励ましながら、観覧車を降りる。
閉園時間まで間もないが、スタッフに頭を下げてベンチで休ませてもらう。
やがて立ち上がって、すっきりした顔でこちらを向いて、もう大丈夫と鳳来が笑う。
つられて笑って、手を繋いで歩き出す。
だいぶ強引だったけど、今日、ここに来て良かったと思う。
第5章:2人だけの時間、プライスレス
数日後、プロジェクトはしれっと活動を再開した。
炎上騒ぎなど無かったかと思えるほどに、マスコミはすぐに沈静化した。
事務メン曰く、このプロジェクトの価値を理解して力を貸してくれる人は皆が思っているよりずっと多い、とのことだ。
一時凍結中に机上検討していたことを次々に実験していって、さらに数日が過ぎていく。
いよいよ成層圏の上、オゾン層を突破して中間圏との境目付近まで飛べるようになった。紫外線などの防護機能も実に順調で、有人射出に目処がついた。
この間に、なんと鳳来は、意識を集中することでエネルギー生成量を一時的に増やす技を会得していた。これでさらに1日の試験回数が増やせて、進捗に弾みがついた。
しばらくの間、鳳来に後光が差して見えた。
さて、とある日の高度維持試験。長時間上空に留まっていられるよね? ってことを確認するため、浮遊魔法でもって上空に待機する必要がある。
悩ましいのは、時間の過ごし方である。なにか読み物でも持っていってうっかり上から落としました、なんてことが起きたらそれこそ炎上! 凍結! 電撃解散! となるので、射出に際して持てるものは限られている。というより、ほぼパイロットスーツに念入りに締結されたデータ計測用の装置となる。
真面目にどう時間を過ごすのがよいか、答えは出ていない。射出装置に入って準備をしていると、鳳来が駆け寄ってきて、そのまま中まで入ってきた。
┌┤大月 和愛├┐
どした?
┌┤鳳来 恋幸├┐
一緒に飛びたい。
皆も、2人分の荷重でデータ採れるからむしろ推奨、って許してくれた。
ダメ? ダメなら待ってるけど……
┌┤大月 和愛├┐
いやいや、全然いいよ。
この試験は上空にずっと浮遊してることになるから、話し相手がいてくれると助かるわ。一緒に飛びましょか。
┌┤鳳来 恋幸├┐
飛びます! 飛びます!
話し相手なら任せて!
めっちゃ得意!
鳳来に、上空での段取りと、2人でいる場合の緊急対応を伝える。真面目に聞いてくれるのはいいが、すごい近い。
冗談抜きで危険が伴うので、気を引き締めて射出に備える。
発射の合図とともに、2人で飛び上がる。
魔法で構築した空間保護で気温や気圧が地上と同じく保たれていて、宇宙まであと30~50kmくらいという高度に来ている実感は、湧いてこない。
ただ、眼下に広がる壮大な地球は、何度見てもため息が漏れるほど美しい。
規定の高度に到達したところで、鳳来と自分を浮遊魔法で浮かせてから、急ぎ目に保護魔法によって構成されている空間そのものを浮遊させる。
高度が維持されていることを確認してから、鳳来の手を取って浮遊魔法を解除する。
あとは規定の時間までここで待つから座ろうと伝えると、先に座って、と返された。
言われた通り先に座ると、鳳来がぴったりと横に座ってくる。
安全を確認してから、パイロットスーツの首元を緩める。
┌┤鳳来 恋幸├┐
地球すげぇ……*
┌┤大月 和愛├┐
はい、ラブハッピー、このカメラ持って。
実績報告用の写真が必要だから、ラブラッキーのセンスで映えそうなやつ撮ってくれる?
……ごめん、言葉足らずで。俺らじゃなくて、地球の方をお願い。
いや、でも2ショットも撮っとこうか。
あと、自分用に地球を背景にラブハッピーの写真もほしいな。紅貴結晶と瑠璃色の対比がいいと思うんだ。
……
┌┤鳳来 恋幸├┐
この高さまで飛べるならさ、体験バスツアー的ななんかで売れるんじゃない?
地球、超綺麗だよ。
お月見ならぬ……なんだ? お地球見とか言って、サプライズでここ連れてこられたら一生の思い出でしょ。
┌┤大月 和愛├┐
お地球見の前に射出装置に詰め込まれた時点で、私をハッ飛ばす気なの!? ってなっちゃうからサプライズはちょっと難しそうかな。
┌┤鳳来 恋幸├┐
たしかに! それはそう!
私にとって射出装置に入ることがワクワク体験すぎて盲点だった。
……
┌┤鳳来 恋幸├┐
この昇降機って、月まで行けないの?
あのピョンピョン走りしてみたいんだけど。
┌┤大月 和愛├┐
直通は難しいと思うけど、このプロジェクトが続けば、すぐ行けるようになる。きっと。
行ける目処がついたら、どこが売られてない土地かまず調べんとね。
着陸したら私有地で月面警察やってくるかもしれんし。
┌┤鳳来 恋幸├┐
月面警察いたら笑う! いつから!? ってなるじゃん!
月の土地ってもう売ってんの? ズルい、もっと宣伝しといてよ。
私も地主? になりたい。
┌┤大月 和愛├┐
月面探査に支障しない範囲を、広すぎず狭すぎずないい塩梅で意外と安く買えたはず……
あっダメだ、端末置いてきたしここ圏外だわ。
……
┌┤鳳来 恋幸├┐
ブッピーってさ、この香り、好きでしょ?
┌┤大月 和愛├┐
嗅覚というのは空間に拡散しているニオイ分子が鼻の粘膜に溶け込んで知覚されるので多少の距離があっても意図せず感知してしまうことは避けられないわけで、無意識に女性の香りを認識してしまうことは少しばかりの不可抗力もあることを前提に……
┌┤鳳来 恋幸├┐
うっせぇわ!
好きか、嫌いかで答えて。
┌┤大月 和愛├┐
マジ大好き。本当。
┌┤鳳来 恋幸├┐
よろしい。
毎日ちょっとずつ変えて反応みてた甲斐があったぜ。
これからブッピーと話すときは、このアレンジでいてあげる。
┌┤大月 和愛├┐
最高かよ。
でもそれだとラブハッピーは、あの、なんだ……最高かよ。
……
┌┤大月 和愛├┐
前に、火星にガンダで村作る映画あって、すごい面白くてね。
知ってる?
┌┤鳳来 恋幸├┐
知ってる知ってる、あの、あれ……わかる、絵面は浮かんでる、あっいや嘘、眠くて分かんね。
戻ったら、ブッピーん家でそれ見よう。
たぶん配信あるでしょ。
他愛もない会話が途切れがちになって沈黙と入れ替わっていく。徐々に微睡んで、意識が遠のく。
寝落ちを警告するアラームが鳴動して、2人同時にハッと起き上がり、目を見合わせてクスクスと笑う。
奇遇にも、規定の時間が経過したことを知らせるアラームも続けて鳴り出した。
┌┤鳳来 恋幸├┐
戻って皆にデータ渡して、そしたら、映画見よう。
┌┤大月 和愛├┐
それな。
試験の間気張ってたし、戻ったら一気に疲れるはずだから、データ渡したらあがらせてもらおう。
部屋いってまったりすんべ。
パイロットスーツを正し、浮遊魔法を解いて、降下を開始する。
安全最優先で、重力加速度を魔法で弱めて自由落下よりかはゆっくりと降りていく。
無事に地上に降り立って、パイロットスーツに仕込んでいた計測機類を開発メンバーに共有する。
早速地上側のデータと突き合わせて解析だ、と意気込む開発メンバー。
自分と鳳来は先に上がりたい旨を伝えようとしたところで、背後から、鳳来が遠慮がちに袖を引く。
┌┤鳳来 恋幸├┐
部屋、いきたい……ダメそ?
┌┤開発メンバー達├┐
!!
……よく考えたら解析は遠隔でもできらぁ!
ここでしかできないことはもうないので、本日はここまで。
皆、お疲れ散っ!
┌┤大月 和愛├┐
(あざす)
……いや、ダメじゃない。いこっか!
空気を読んで、解散すると思ったときにはすでに散っていた開発メンバーに感謝しつつ、パイロットスーツから着替えて、帰路に就く。
籠もるのに必要な物資もたっぷり買い込んで、2人一緒に、部屋へと向かう。