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第一世界#2 平和になあれ
「じゃあ、行ってくるよ。」
「お父さんに、手を合わせてきた?」
「ああ、したよ。」
「頼むわね。どうか、どうか、この国のために。」
「約束する。ジポポンを世界に通用する国にして、帰ってくるよ。」
父との約束。母との悲願。
全てが始まった、あの冬の日の言葉を忘れず、春夜に駆け出していく。
まずは合流しなければ。同じ誓いを立てた隣人と。
それは旅立ちの一幕。
大志を胸に、十余年を過ごした田舎の村を後にした少年。
<血気盛んな少年の物語が、いよいよ幕を開きました。>
「Our Island ジポポン」第一巻、第二章より。
***
「わさわさ。わさわさ。」
「揺らすな。起こすな。」
そう不満を口にしてから、がばっと体を起こす。二度寝がいつもの癖だが、往生際の悪い眠気様はお越しにならない。直前までの、あの図書室でのやり取りを思い出したからだ。
「グッッッドモーニング、兄弟。」
「いつから『よおブラザー』みたいに話しかけるようになったんだ、………?」
「分かる。分かるぞ、その困惑。」
「だから俺のこと兄弟って言ったのか。」
親友と顔を見合わせる。
親友の、◼️◼️◼️と顔を見合わせる。
「せーの、」
「『○の名は。』って言わないからな。」
「はい言いましたあ。俺の勝ち。」
ぽっかりと、あるはずの記憶が抜け落ちている。最初の一文字さえ思い出せれば、ダムが決壊するように思い出す自信はあるのに。
「というか、それ以前に自分の名前も思い出せないな。」
コツン、と右足に何かが当たる。拾い上げると、それは歪な形を成した木の幹のような物体だった。
そして、微かな匂い。
馴染みがある。これは顔に張り付いてきた物体と同じ匂いだ。
だが、それよりも前に、どこかで嗅いだような…。
「そういえば、チャールズ先生は?」
「いない。あと委員長も。」
「後ろにいるわよ。」
「うわいびっくりした。」
「うわいって何よ。」
やはり名前が思い出せない委員長の言葉に従い、辺りを見渡してみる。いかにも学校の図書室だ。しかし、コグチ高校の図書室ではない。間取り、本棚の位置が直前までいた部屋とは決定的に違っていた。
「え、チャイム鳴ってない?」
「ほんとだ。」
この部屋の音量調節は絞られているのか、室外から聞こえる。そのうち、慌ただしく動き回る音が追随してくる。
さっきまで放課後の図書室にいたはずだったのに。
朝の会が始まる。
***
「出席と体調確認をする。総員、隣国パクデシアンが驚き恐れるような声で反応するように。」
「パクデシアン滅ぶべし!」
「よし。出席番号1番、オオワラキョウジ。」
「はい!今日はジポポンが美しいです!」
「『今日も』だろうが。廊下に立っていろ。」
「ジポポン万歳!」
祖国賛美のオオワラキョウジは敬礼をして、小走りに教室を出ていった。
「出席番号2番、オダノノカ。」
「先生、少し頭が痛くて…。」
「誰も貴様の体調など聞いていない!廊下に立ってろ。」
「ジポポン万歳!」
祖国優先なオダノノカは敬礼をして、頭を押さえながら出ていった。
「なにこれ。なんかの冗談?」
「委員長。生徒会所属ならこんな活動週間やったらだめって思わなかったの?」
「思うし、うちの生徒会はそんなことやらないわよ。」
異様な教室風景を横目に、3人は廊下を進んでいく。彼らの1年4組の教室はまだ先だが、既に他のクラスが知らない生徒と教師しかおらず、足取りは重めだ。
「てか寒っ。おれの冷え性センサーがビンビンなんですけど。」
「もうすぐ夏休みになる気温じゃなくない?」
校舎を吹き抜ける冷気が体の震えを誘う。特に冷え性の親友にとって耐え難い温度だ。
窓から見えるのは、乾いた空と丸裸の木々。そしてマフラーを巻いたサラリーマン達が、学生帽を被って通勤している。そのうち、背景のBGMとしか耳に入らなかった街宣車の歌が、段々とつんざくように聞こえてきた。
「♪世界の中心ジポポンに。生まれた時より選ばれし民。口を揃えて主語はジポポン。満点愛国濃度でも。柱に身をうつ精神性。相い、I、愛、会い。あいっ、愛愛。♪」
「おじいちゃん言っていた。ああゆうのには関わっちゃいけないって。」
「それ、正解。」
「お、いたいた。転校生諸君、こちらに。」
教室から顔を出して呼び込む担任。どうやら8人の居場所はやはり4組らしかった。誘導されるがまま、室内に足を踏み入れるが、一ミリたりとも知らない顔触れが当然のように揃っていた。
「えー、この間も話したようにな。一度に3人の新しい愛国の学徒を迎えることになった。えーと、右側からだな。名前を紹介すると…。」
良かった。記憶喪失になっている名前をやっと思い出すことができる。唾を飲み込む。この間、担任の唇はスローモーションとなり、「すうううううるうううううううとおおおおお」と聞こえているとか。
「ソウキャ、ヨウキャ、レッキャだ。」
「………。先生、あの。名前の方を、皆に紹介してもらっていいですか。」
「ソウキャ、ヨウキャ、レッキャだ。」
「そんな陰キャ、陽キャみたいな仇名じゃなくてですね。」
「なんだ。お前が何を求めているのか分からないな。朝の会も時間がないから各自、空いている席に座るように。」
硬直必死。後ろで組んでいる手が、木の幹を握りしめる。
既視感しかないはずの学校。そこは軍服のような正装に身を包んだ見知らぬ集団が祖国への敬愛を謳う場所へと成り代わり。
そこへ放り込まれた3人は、本来の名前を失う代わりに、「キャラ」の名前を与えられた。
右から順に、停学明け男子「ソウキャ」。その親友「ヨウキャ」、委員長「レッキャ」。
***
「ご報告します。総裁。」
延べ床50万平米を誇る高層ビル、フューチャー336。とりわけ最上階の総裁室はその広さと、内容物がとるスペースとがあまりにも釣り合っておらず。入室口から総裁の机まで、何もない空間を足早に歩いて30秒はかかる。
「利己主義の残党狩り及び、討論会と発行物の取り締まりの成果。1月度の報告になります。」
総裁室には1台の事務机と社長椅子しかないが、その机の上には面積を無視した大量の書類が山積みになっている。
「ご苦労。それで、自信作の『愛国濃度の見える化』の方はどうだ。」
「はい。数値の透明化と自己認知が進んだことにより、人柱の人数が倍増しました。」
狙い通り、と言っても過言ではない。従来はその意思があっても、「お国のために礎となる」という選択肢を手軽に採れないこと点で問題があった。これなら老若男女問わず、人柱になれる。
「もう一点、報告が。」
「なんだ。」
「例の『新生アルムホルデビト』、行方知らずと。」
ミウラコウタには、総裁の座に就く前、愛国主義に仇なす異端者組織との死闘を繰り広げた過去がある。あの時代は、美しきジポポンの未来を左右する最重要な局面であった。どちらが生き残るかで、一方の思想が国の中核になる。そのため、ミウラが勝利したこの世界で「アルムホルデビト」と疑われる活動家が出現すること。これ以上に、彼の眉間の荒波を起こす事案は無かった。
ミウラは椅子から立ち上がり、両掌を強く叩いて命令した。
「全国津々浦々、探し出せ。必ず決着をつけるぞ。」
「承知。」
彼自身も外套を羽織り、学生帽を被り、出陣の準備に入った。
***
「レッキャさん、さっきの数学の問題、分かる?」
「漸化式のやつね。こうやって丁寧に進めれば…。」
「凄い。レッキャさん頭いいね。」
「なあヨウキャ(仮)。委員長って無人島でもやっていけるのかな。」
「夏休みの予定の話? いつ行く?」
「行かねえよ。」
男二人の所にも寄って来るクラスメートがいた。サワダリョウヘイと、オクムラカナタ。ただ、委員長とは違い、友好的な感じではなかった。
「何の話だ。まさか、遊び惚ける話か。」
「違うけど、なんだ。ダメなのか。」
「常識知らずだな。この前の転校生と同じ匂いがするぜ。」
「転校生が他にもいたのか。」
聞くと、一週間ほど前に委員長と似たセーラー服を着た女子生徒が転校してきたらしい。最初は新しい学校に慣れてないだけだと思われたが、常識外れで見当違いな言動で注目を浴びるようになった。そして3日もすると、
「学校外で暴動を起こしたんだと。知らないのか、「新生アルムホルデビト」の誕生ってニュース。」
「鼻水、涙、咳が出そうな名前だな。」
「お前らさ。前の学校での『愛国濃度』っていくつなんだ。」
「『愛国濃度』ってな…」
「ヨウキャ、待って。」
ソウキャはヨウキャを廊下に連れ出し、小声で促す。
「全部を把握できてない。けど、前の転校生みたいに常識知らずを疑われるのはこれ以上避けた方がいいと思うんだ。」
「分かった。………どういうこと?」
「分かっとらんやん。当たり前のように『愛国濃度』がいくつなのかを答えるのがベストってこと。」
「おお。それなら任せろ。」
ソウキャが止める間もなく、連中の所に戻るヨウキャ。艶やかな頬を晒して答えることには、
「よく聞け! 俺の『愛国濃度』は100パーセントだあ!」
教室にこだまする声。中にいる生徒は勿論のこと、偶々廊下を通った学徒も漏れなく足を止め、ヨウキャを凝視していた。
絶句。やらかすだろうな、とは思っていたが、まさかここまでとは。
勢いに任せた答え。吉と出るか、凶と出るか。
「『愛国濃度』の限度は『5』だ。通知表の評定に合わせてな。」
レッキャ委員長も事態を察する。これは挽回不可能か。
「だが、その限度に満足しない、愛国への心意気。」
ヨウキャの周りを、その場に居合わせた生徒全員が取り囲む。
「素晴らしい雄叫びだ! 総員、万歳三唱!」
バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ。人だかりで見にくいが、きっとよく分かっていないだろう。ちゃっかり満足顔で万歳をするヨウキャの姿を確認した。
「ふう。なんとか乗り切ったな。」
「それで、そっちのソウキャ君はいくつなのかな。」
もし安易に100パーセントと答えて、パクリだの、テキトーだの言われるのは避けたい。
「それは勿論、『5』をとったぞ。」
「とっただと?」
ヨウキャの宣言に比べて、とても目立たない声量。
だったはずなのに。
「ソウキャ……。」
「レッキャちゃん、近寄らない方がいいよ。」
近年取り入れられた「愛国濃度の見える化」。
それはいかにジポポンへの愛国の情があるかどうかを判断する、数値を記録として見えるようにすること。
18歳以上は定期調査で「5」を保持するのが義務であり、以下は通学先の学校の通知表で、卒業時に「5」をとることが絶対。
「だが継続的に向上心を仰ぐため、どんなに品行方正な生徒でも、卒業時にしか『5』がとれない。」
「嘘が下手だったな。異端者め!」
ソウキャに向けられたのは、万歳三唱の代わり。
数十の生徒からの、携帯用ピストルだった。
残された猶予を察知して、ソウキャは必死に頭を回転させる。
発言の訂正。駄目だ、遅すぎる。
視線を四方八方に送る。何か、何か突破口はないか。
ピストルのトリガーに指が掛かっていく。
ふと、自分の席の、机上に置かれたものが目に入る。正しくは、置いたもの。あの、木の幹だ。
「困ったら、その仮面を使いなさい。」
意識が遠のく間際に聞こえた、チャールズ先生の声。
考える余地も無く、その黒い物体を顔に近づけた。
すると、木の幹はその面積を広げながら、顔面に張り付いてきたのだった。
「動くな! 撃つぞ!」
周囲のどよめきを感じながら、今どうするべきか考える。
「どうなるのが、理想か。」
決まっている。
「撃て!」
……。
………………。
「あれ。なんでソウキャに、銃向けているんだ?」
簡単なこと。
世の争いごとなんてさ、動機を消してしまえば脆いもの。
「さあ。とりあえず席着こうぜ。」
みーんな、忘れて。平和になあれ。
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次回は12月24日投稿予定です。