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惑星X
Tempalay武道館公演"惑星X"について書いていく。個人の主観だったり、考えを取り留めなく書いているので理解していただきたい。
9月末くらいはTempalayを聴いていなかった。というよりも聴けなかった。聴いたら泣いてしまうメンタルだった。1週間前のKroiのライブが無ければ、ほんとにおかしくなっていたかもしれない。1月からこの武道館のために生きてきたが、もうその日々が終わってしまうと思って落ち着かなかった。これが終わったら消えて無くならないかなとか、惑星Xから帰ってこなくていいなという希死念慮に駆られている節はあった。Tempalayの曲を聴いていると身震いしてくることが多々あった。
その日は、午後から武道館に行ったが、午前中の授業のせいでグッズ並びにだいぶ遅れをとった。相変わらず、九段下駅の階段はきついし、そこから坂を登るのもきつい。Tempalayのグッズをつけている人もいたが、本当にライブが行われるのか信じきれないまま着いた。
武道館を半周往復するほどの人が並んでいて、恐ろしいなと思った。毎回、Tempalayのライブの時、思うのだが、みんなはどこにいるのだろうか。周りに好きな人おろか、知っている人すら少ない。好きなアーティストを聞かれた時に通じないことを恐れて言わない自分が好きではない。音楽ある程度知っていると言っていた人間に名前を言った時、知らなくてだいぶがっかりした。「なんだよ。そんなんで音楽知っているって言うな。」という気持ちを抑えたが、もどかしい気持ちになった。そのショックを受けるくらいならとベタなところを言ってしまう。難しい。
話は戻るのだが、塩がすぐ売り切れた。(怖い)
毎回、Tempalayのグッズはかっこいいし、変なのだが、今回の缶パンと塩はなかなかイカれてる。(褒めてる)
私も何個かグッズを買い、九段下駅の方に向かった。
行きの電車で見たermhoiちゃんのストーリーで蓮の池の写真が上がっていたので、同じように撮ってみた。綺麗なのだが、おどろおどろしい。なんか恐怖を覚えた。言葉にできない気持ち悪さがそこにはあった気がした。Tempalayの音楽のような不気味さを感じた。(なぜ先にermhoiちゃんがサポートになると気づかなったんだろうか。)
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そこから戻ってきた色んな方から来ていた花を見ていた。祐也さんから花束が来ていてとてもアツかった。「竹内裕也と志木人」は「リョウトとインド人」から来ているのだろう。本編でもいじられていたが、「オハラデンキ」からも花束が来ていてみんな愛されてるなと思った。Tempalayの3人は人と人とのつながりが見えてきてとても面白い。
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開場が30分遅れ、相当気合が入っているんだなと思っていた。席は正面のスタンド1階だった。
関係者席の近くだったため、見たことある方々が歩いていてびっくりした。右側のブロックには、Tempalayご家族様御一行が、自分のブロックの最前列にはMONO NO AWAREが、一つ前の列には、井口さんと新井先生がいた。
そんなところで落ち着いてライブが見れるわけないだろと思っていたら、OPの映像が始まっていた。
OPの映像は宇宙を想起させるものだった。ペンやクマのぬいぐるみが浮かんでいて、宇宙に向かって行こうとしていた。ガイドの女性は完全に世界観を作っていた。映像はさすがPERIMETRONだ。現代のなんとも落ち着かない雰囲気、情勢がフラッシュバックしながら、ところどころにTempalayの曲やアルバムジャケットを使う。あの「らっせーら」の掛け声は怖すぎる。感情のこもってない声で呪いのような感じだ。夢に出てきそう。目撃者Xの際は、宇宙にいってらっしゃいという始まりだった。似たようなOPの形になるかと思っていたら全く違った。今回は、惑星Xと言いながらも、ここまでのTempalayの集大成なんだなと再実感した。思ったことを書いていきたいが、ポイントだけで行くと忘れてしまいそうなので、流れ通り書いていく。
1曲目は大きく予想を外した。「Band The Flower」か「革命前夜」と予想していた。
少し前に、初期(AAAMYYY加入前)のSpotifyにない曲をSoundCloudで聴いていた。久々に聴いた「Band The Flower」はかっこよかった。これで始まったらイカれてるし最高だなと思ったし、「革命前夜」は文字通り始まるに適した曲だなと思っていた。今回、AAAMYYY加入以前の曲は一つもやっていないはず。(公式のセットリストでは、昔の扱いになっているが、全て「from JAPAN3」でリリースされたものである。)Tempalayは昔の曲をどのように捉えているのだろうか。心境や立場の変化を受けて、「続」を出して、新しいものとして再生したのだろうか。昔の曲も好きだから、聞きたかったなとも思った。たまにライブでやることがあるから、どこかで急にやるのかも知れない。
1曲目は、「のめり込め、震えろ」だった。綾斗さんの第一声で、泣いてしまった。なんで泣いたのかも分からなかった。武道館の日の丸を太陽に見立てたのかな。あいにく、自分の席からは日の丸は見えなかった。なんか、もったいないなという気持ちがした。昨年11月の”小原綾斗とフランチャイズオーナー”のライブの時に、武道館でやりたいと言っていたことを思い出した。Tempalayでもやってないのにと思っていたら、翌々月には発表された。そういう匂わせは綾斗さんの上手なところだ。
そこから、「人造インゲン」「続・Austin Town」と続いた。
「人造インゲン」は、本当にこの未来になりそうで怖いと思うし、「将来が心配じゃなくなるよ」と言っている部分が不気味である。人工知能を解放すれば、それらが自我を持ち、人間を破壊するかも知れない。「死」にもこだわっているが、「生」にもこだわっている綾斗さんなら、不安であるという感情が強くなるはずである。束縛されている人工知能を自分に見立てて、そこからの解放、自由を手に入れようとしたのかな。普通にテンポ早めになっていてより、恐怖感を煽っていたのに、ギターもベースもパーカッションもいいように混じり合ってるのはさすがでございます。
「とん」「ああ迷路」「未知との遭遇」「my name is GREENMAN」はほとんど(("ika"))ツアーの流れ通りだった。気持ち悪いというか、目眩がしそうなゆらゆらした状態からグリーンマンでぶち上げるのはまさにサイケデリックだった。サイケデリックというか、ドラッグには少し興味が湧く。死後の世界と同様に自由になれるのかなとか思ったりする。「夢の真っ最中」みたいに気持ちよくなれるのではないかと思う。まぁ、そんなことができていないからこれを書いているのだが。グリーンマンが映ったスクリーンをみて勢喜遊だなと思ったのは自分だけではないはず。
AAAAAMYYYが妊娠したというお話を受け、今回出れている時点で成功ですというMCを経て、ermhoiちゃんと和久井沙良さんが登場。
AAAMYYY以外がシンセをして、コーラスするTempalayは楽しみだった。(一人二役していてAAAMYYYすごすぎる。)
「Booorn!!」はAAAMYYYパートが2人目のお子さんが出来たことからか、シンセを任せたからか、とてもよかった。AAAMYYYは子供ができて、変わったと言われていたが、その通りだと思った。お母さんのような暖かさが武道館に流れた。Tempalayなら映像に本物のAAAMYYYの赤ちゃんのエコーを使っているのではないかと思った。ドォォォン!ツアーの際には、BGMでAAAMYYYのお腹の中の音を流していた。擬似赤ちゃん体験である。彼らならやりかねないと思わせるのがさすがな部分である。
その後、AAAMYYYは一度裏に下がり、7人での演奏となった。「どうしよう」「festival」と続いた。ermhoiちゃんのコーラスはとても言葉が強く、生き様を感じた。ermhoiちゃんの声はmillennium paradeでしか聴いたことがなかったので、「ひたすらに眠るわ」の発音が良くてかっこよかった。「festival」でもあまりに美しすぎて泣いてしまった。雲の上を旅しているような照明が、綺麗なメロディと合わさっていて美しかった。そこからのアウトロも豪快さと美しさが融合していて、まさに「破壊と再生」だった。
「カンガルーも考えている」「大東京万博」の流れは完璧だった。恐竜が走っている映像から「あれ?カンガルーじゃないのか?」と思ったが、その後の目撃者Xの際のような旅をする映像に切り替わった際、納得した。隕石が落ちて荒廃した土地からの時間の移り変わりを見たような気がした。そこで一回、惑星Xに到着したのかな。しかし、そこは過去の地球のように荒れた場所であったから逃げるように旅先を変えた。その荒廃したイメージから大東京万博につなげるのは完璧であった。
そこから、「今世紀最大の夢」に続いたのは驚いた。大東京から逃れて生きていた先が桃源郷だったかのようなイメージを感じた。しかし、どこか幻で偽物のような雰囲気が漂う。Tempalayにしては珍しく音数が少ないこともより一層夢を見ていたり、幻を見たりしているような感覚になる。浮遊感のある気持ち悪さがあった。
その後、レーダーが探索しているように一本の緑のライトが出されていた。明らかに「深海より」だと思っていたら、まさかの「脱衣麻雀」。
「今世紀最大の夢」でこの旅は一時的に終了した、その休憩時間として脱衣麻雀を行うという流れだと考える。牌が大量に映し出されたスクリーンは目に悪そうだった。綾斗さんがAAAMYYYにエロい曲を歌わせたいと言って作った曲なので、AAAMYYYがよかったなとも思ったが、ermhoiちゃんも最高だった。
「ピッ」の前に声を出してたのはミスったと思った。全員が黙って一瞬の静寂が訪れるのがいいのだろうと後で反省した。最後のテンポ早めのサビはかっこよすぎた。ベースもギターも攻めまくってたやばかった。
「シンゴ」「EDEN」「GHOST WORLD」とゴーストアルバムの曲が並んだ。
「GHOST WORLD」については今度書きたいのだが、とてもよかった。「シンゴ」の楳図かずお氏のような作画をリアルタイムの映像に当てる演出はすごかった。リアルなのか架空なのか曖昧な部分が不気味だった。目が生きているのか死んでいるのかわからなくて、生かされているような雰囲気を感じた。とても怖かった。
MCを挟み、AAAMYYY帰還。ermhoiちゃんと和久井さんが何も言わずにはけていて、明らかにAAAMYYYを待つ空間は面白かった。夏樹さんが「戦おうぜ、ここで!」と言った時は大爆笑していた。映像とか音楽の細部にはこだわるのに、衣装の設定がガバガバで、探索しにいってるはずなのに、宇宙人がいるの好き。
ここから映像撮影可となり、「預言者」「深海より」「革命前夜」と続いた。
「革命前夜」のカウントダウンの4,3,2の部分がなかったのは何故なのだろうか。理由はわからないけど、新鮮だった。ラストのサビでクラップが揃うのはとても気持ちいい。「大東京万博」のラッセーラ、「SONIC WAVE」の叫びなどは、Tempalayにしては珍しくお客が揃うところである。"Put your hands UP"ということを嫌うTempalayが勝手に揃うというのはとても面白い。強制というのはよくないことだ。「飛べ」「歌え」などをライブで叫ぶアーティストもいるがそれよりも好き勝手にさせてほしい。音楽を自由に楽しませろよと思う。勝手にテンションが上がったら歌うし、飛ぶし、叫ぶわと思ってしまう。それこそ、固定概念に縛られているだろうと東京シーンに思う。
映像撮影も良し悪しがあると思う。しかし、今回は撮影している人が少なかったように思う。自分も途中でやめた。ここで聞くことに集中したかった。撮影をしたいということは、後で見返すというより承認欲求を満たしたいということが強いのだと思う。ドォォォン!ツアーの時は外界と繋がるための手段だからSNSにあげてくれと言っていたのは面白かった。というわけで、革命前夜の途中までしか撮っていなかった。自分から見た景色が美しかったから、撮れるものなら撮りたかったが後悔はない。
夏樹さんのドラムソロ(めっちゃかっこいい)からギターで始まる「SONIC WAVE」、ベースから始まる「新世代」どちらも2つセットでやるだろうなと思っていたから本当に繋がっていてよかった。特に「新世代」のベース始まりのスポットライトはかっこいい。
どちらも世の中を風刺する作品になっている。自分たちは毎回、イカれたサウンドを期待しているし、東京シーンには中指を立てている。どこに対して中指を立てているのかはわからない。レーベルかもしれないし、アーティストかもしれないし、腐ったシーン全体かもしれない。流行りのシーンというものはどうしても消費されているという感覚がある。芸術はその日暮らしで消費されるものなのだが、売れるという目的のためにそれが消費されている感じがたまらなく嫌である。吉澤嘉代子ちゃんの「月曜日戦争」が最近話題になってるらしい?(Tiktokで見た)それを見て、自分は嫌だなと思ってしまった。自分が望んでいなくても消費されてしまう、そこからディグる人は何人いるのだろうか。そこでマスに走るのか、自分のやりたいようにかっこいい音楽をやるのかはアーティスト次第だが、後者のアーティストを自分は好きなんだなと思った。誰しもが、YouTubeやテレビで音楽に触れて、見つけていくものだから一概に悪いと言えないが、曲のダンスだけなどが先走って消費されるのは見ていられない。だからこそ、Creepy Nutsがマスの方に行ったことがもどかしい。売れてもいいのだが、オーバーグラウンドに媚びないスタンスの音楽を続けてほしかった。(前回からどれだけCreepy Nutsのこと言うんだろうか。)売れているというバンドはあまり聞かないのでよく知らないが、Tempalayはそこに嫌悪感を抱き、もがき苦しんでいると思う。絶対に心境の変化もあり、メジャーというシーンに立場にありながらも、中指を立て続けるTempalayがいる限り聴きづけるんだろうなと思った。
長く書きすぎたが、その後のMCでは、「やめなくてよかった」「愛憎だ」と言っていた。憎しみもありながら、愛があるという関係は憧れる。Tempalayは仲が悪いと良く言われるが、馴れ合いだけでなく、いいものを作るために頑張っていたら、ぶつかることもあるだろうし、個性の強い3人だからこそ出来たものに感謝しなければいけないなと思った。3人が仲良しなことにはいいことだが、そこらへんのバンドみたいに仲良しアピールで売れていく世界線は見たくないから、このままぶつかっていって、どんな幕切れをしてもいいからやめるまで続けていってほしいなと思った。(本当は割と仲良いはず)
今回のベストハイライトと言っても過言ではない「愛憎しい」
加工を使わず、綾斗さんの生声から始まった。優しく包み込んでくれるような温かい声が広がり、「あのときせいいっぱい生きていたもの同士 永遠に」で号泣してしまった。その後に「ありがとう」って叫ぶなんて思ってなかったから、泣きながら両手上げることしかできなかった。
自分はいつも、綾斗さんが叫ぶ時に「生」を感じる。声なき声を上げる感じが生きてるなというよりは生かされてるなと思う。綾斗さんの叫び声は制限からの脱却というか、自由を手に入れようとしているように感じる。叫ぶことなんて普通に生きていればそんなシーンはない。「死」へと向かっていくからこそ、せめてもの反抗として今を生きようと叫んでいるような気がする。それにしてもまさか「ありがとう」って叫ぶなんて。こちらこそ10年間やめないでいかれた音楽を生み出してくれてありがとうございます。「ありがとう」と叫んだのは、Thee Michelle Gun Elephantの解散ライブのアベさんを思い出した。少し前に、親に音楽好きなら見るべきだと言われたミッシェルの解散ライブを新宿の映画館で見た。衝撃だった。このバンドを生で見られなかったことが後悔だった。こんなバンドが現代にいたら最高だなと思ったし、見てみたい。綾斗さんもチバさんの声を真似したかったができなかったと言っていた。自分の生き様、やりたいことを生の音楽で表現していた2組。音楽性の違いはあれど、どこか重なるところがあるのではないかと思っていた。「世界の終わり」を弾いているアベさんの顔は印象的である。そのような人から出た「ありがとう」という言葉が小原綾斗から出た言葉と同じように思えた。それほど人生を賭けてきた舞台なのだなと思った。
泣いている暇などなく、パーカッションとギターですぐに次の曲が分かる素晴らしすぎるつなぎで「NEHAN」が始まった。
(("ika"))ツアーで何回も聞いた流れだが、新しく思えた。照明が鮮やかだし、シンセとパーカッションの音が心地良すぎて、死んだのかなとも思ってしまった。まさに、涅槃がこんな場所だったら最高だなと思った。人間が勝手に理想郷みたいに考えているだけかもしれない。もし、理想郷ならすぐにでも行きたい。それが出来ないから日々、業を成して生きて、そこを目指しているのかもしれない。Tempalayの最近の曲は仏教関連の題材が多い。そのおかげで新しい言葉も知れたし、考え方も変わってきた。それによって苦しめられることも多々あるのだが。自由になりたいなと思う。
あっという間に時間が経ち、「ドライブ・マイ・イデア」「そなちね」で本編は終わった。最近の「そなちね」はギターが変わったように思う。とても不安定な感じで鳴り響いているのが気持ち悪さを覚えさせる。その時、水墨画のような、(("ika"))のアルバムジャケットのような映像が流れていた。「そなちね」はまさに「色即是空・空即是色」を体現したような曲だと思う。今度まとめたい。
アンコールはないものだと思っていた。時間は押していただろうし、本編で綺麗に終了かなと思っていた。5月の東京公演の時にも、「当たり前じゃない、金取るぞ」とか言っていた記憶がある。まさにその通りだと思う。6月の新潟はアンコールはなかったが、最高のライブだったなと満足する。予定調和のようにアンコールをやるのならそのまま残ってやってくれれば1,2曲、もしくはMCができるのにと思ってしまう。その点、Tempalayはやるかやらないかわからないから、ワクワク感が増す。
アンコールがあるとなった瞬間はとても嬉しかったが、何が始まるのか全くわからなかった。
夏樹さんのカウントで、聖歌隊が「続・New York City」のイントロを歌い始めた瞬間、現実を理解するのに時間がかかった。Youtubeに上がっている動画を見れば、分かると思うが、みんな歓声や拍手をし始めるのに間が開いている。自分の席の周りの人たちもざわついたのを覚えている。これやるなら、いくらでも金払うと思った。そして、象眠舎の小西遼氏がサックスで登場はやばかった。目の前に広がっている世界が綺麗すぎて呆然としていた。武道館のためにこんなサプライズを取っておいたTempalayはさすがです。
またどこかのライブハウスでは本当にsuchmos何ですよ。復活の匂わせとか言われてましたけども。よくTwitterでも話題になるが、2010年代後半くらいの音楽シーンは今もなおいいと思う。King Gnu、MONO NO AWARE、cero、羊文学、中村佳穂とかCHAIもいた。そこに続いて、Kroi、NIKO NIKO TAN TANなどがいるシーンの流れは好きなんだよな。その辺のメンバー集めたフェスしたら、大分カオスで面白いと思う。一度見てみたい。
話は逸れたが、最後はもちろん「LAST DANCE」
エンドロールが流れていたのだが、号泣しすぎて見えなかった。今でも聴き直したら泣きそうになる。かっこいいがどこか切ない。人生の終わりと言うより、世界の終わりのイメージが強い。自分が初めて行ったTempalayのライブのラストの曲も「LAST DANCE」だった。LIQUIDROOMで見た風景は今も忘れられない。しかし、ここ数回は聞けていなかった。「そなちね」で終わることが多かった。それもそれでよいのだが、Tempalayの最後はもうこの曲だと思う。夏樹さんのドラムがより一層強くなり、まだ終わらせたくないかのようにアウトロが続く。終わってほしくなかった。泣きすぎて、感情がぐちゃぐちゃになったまま唖然とするしかなかった。帰りたくないというか、終わってしまうのがもどかしくて、しばらく座っていた。MONO NO AWAREの方々も同じようにしていた。MONO NO AWAREが武道館をやることになったらいかなければなと思った。
武道館後の九段下駅に向かう道が混むのはご愛嬌なのだが、帰りたくなくて、二駅分くらい歩いた。街の雑音を聞いてられなくて、Tempalayの音楽に縋った。本当に街はうるさすぎる。最高な気分なのに、現実に引き戻されてしまって、辛かった。耳だけでもシャットアウトしないと生きられない。AAAMYYYと同じ感覚である。幸せというかもう思い残すことはないなという思いが強かった。一概に楽しかったと思えないのがTempalayのライブであり、感情をごちゃ混ぜにされる。いっそのこと、誰か殺してくれないかなと思いながら帰っていた。
今回のライブは、Tempalayの死生観、特に「生」の部分を強く感じた。まだTempalayは存在し続けるんだなと思った。純粋に音楽を楽しんでいたと思うし、その未来が自分には見えた。綾斗さんの生き方やかっこよさを改めて感じた。Tempalayがやめたら、死ぬのかと言われれば一概にはそうではないが、終わり方は大事である。そなちねのあのシーンのように銃で一発で消えるような終わり方をしたいし、して欲しい。
Tempalayのライブを見ると、なんで生きてるのだろうと思う。なんでそんなに生に執着しているのだろうか。死にたくないと思うから死にたいと思うのだろうか。今死んでも後悔はないのに。Tempalayは生きてることを憐れみ、優しい音楽で夢へと連れていってくれる。いまだになぜこんなに好きなのかわからない。なんでこんなに歌詞とメロディが刺さっているのかわからない。わかってしまったら、冷めてしまう気もする。まだ、Tempalayが活動してくれるうちはせめて生きていたい。しかし、モチベがない。惑星Xが良すぎた。次のライブはいつになるのだろうか。AAAMYYYの産休を経て春頃かな?野音でTempalayの曲聴いたらまた泣いてしまいそうだな。新たな惑星Xに行ってみたいな。
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前回、書いたようにまだ惑星Xに取り残されている。今でも録画を見れば泣けてくる。今も普通に生きているのだが、現実に戻りきれていない部分はある。いつになったら帰ってこられるかな。しかし、惑星Xの思い出を忘れたくない。円盤として記録に残してくれるとありがたい。定点カメラの映像があると良いな。あの素晴らしい映像たちをもう一回みたい。
これを書いているうちに久しぶりの歪歪放送が上がった。今度Tempalayの話してほしいな。もうみんなロスから抜け出していて仕事をしていることにとても尊敬する。
ありがとうTempaly。ありがとうPERIMETORN。ありがとうmargt。