見出し画像

Weeds

第十六話

二人目の来店者 前編


いきなり、店の扉が音もなく開いた。そこには、パンツスーツを着た女性が立っている。葵ちゃんが、彼女を見て口をパクパクさせていた。...誰だろう。いぶかしむ私に、女性は何も告げることなくズンズン近づいて来る。思わず後ずさると、手首をグイッと掴まれた。そのまま引き寄せられ、抵抗する間もなく両手を後ろで拘束されてしまう。
「蓬ちゃん!?」
店の奥から出てきた菊子さんが、悲鳴を上げる。
「...アンタ、何してるの!?」
我に返った葵ちゃんも、女性を睨みつける。
「『何してるの』はわたくしのセリフでございます、お嬢様。」
お嬢様ってどういうこと!?この人は葵ちゃんを知ってるの!?そもそも誰なの!?...怖い。この人、何がしたいの?私がいったい何をしたっていうの?
「お嬢様。最近、この者と何をしておられるのですか?」
「アンタには言わないわ。」
「言ってくださらなければ困ります。社長と奥様の命令でございますから。」
「私には関係ないわ。」
...社長!?どういうこと?拘束された状態のまま首を回して葵ちゃんと女性を交互に見る。すると、葵ちゃんから視線を外した女性と目が合った。私を見下ろす視線の冷たさに、射すくめられたように動けなくなる。
「お嬢様がご自分で言ってくださらないのでしたら、この者に聞くまでです。」
「待ってください!」
やっと声が出た。
「いきなり何ですか。全く状況がわかりません。そこで、まずは私の質問に答えてください。」
「ほう。」
女性は眉を上げ、目を細めて見せる。不気味な圧力に怯みそうになるけれど、なんとかこらえた。
「あ、あなたは一体誰ですか。葵ちゃんとどんな関係ですか。えっと、それに、さっき言っていた社長や奥様は誰のことを指すのですか。」
「わたくしは、河原千茅と申します。双葉製薬株式会社社長令嬢・双葉葵様にお仕えする使用人兼ボディガードを務めております。社長はお嬢様の御父上、奥様は社長夫人、つまりお嬢様の御母上のことでございます。」
女性・千茅さんは立て板に水という感じですらすらと答えてくれるけど、今、さらっとすごいこと言わなかった?葵ちゃんが社長令嬢!?しかも、双葉製薬ってかなりの大手だった気がする!
「質問に答えたのですから、次はあなた様の番でございますよ。」
言葉遣いは丁寧だけど、私を尊重している感じは欠片もない。ただただ冷たい詰問口調だ。掴まれた手首がじわじわと締めつけられていってる気がする。葵ちゃんは言ってほしくなさそうだけど、これはもう言うしか...あ、葵ちゃん、紙みたいに白くなってる。やっぱり...
「やっぱり、言えません。」
「何故です?わたくしはあなた様の要求を受け入れた。よって、黙秘は不可でございます。」
「絶対に言えません。なぜなら、葵ちゃんは私の友だ...っ...」
いきなり手首を捻られ、痛みで言葉を途中から封じられる。
「いったい何様のつもりでしょうか。お嬢様に馴れ馴れしくしないでください。無礼者。」
先程まで形だけでも丁寧に接してくれた千茅さんから放たれた、明らかな蔑みの言葉。私と菊子さん、葵ちゃんまでもがひゅっと息を呑む。空気が凍る。極寒の世界の中で千茅さんの瞳に揺らめく炎は、怒り?いや、嫉妬...!?私はそれをまっすぐ見据えた。そして、声を絞り出す。
「あなたこそ、いったい何様のつもりですか。」
「は?」
私以外の3人が、疑問符を浮かべる。
「どのような意味でしょう?」
千茅さんは落ち着いた口調に戻ったけど、瞳の中の炎が怒りと憎悪の色に染まり、燃え盛る業火となっている。怯みそうになるけど、ぐっと歯を食いしばってこらえた。千茅さんから視線を外し、背を向けた状態で語りかける。
「千茅さん。あなたはさっき、自分のことを『双葉葵様にお仕えする使用人兼ボディガード』と言っていました。『双葉家にお仕えする』ではなく『双葉葵様にお仕えする』と表現した。これは、単なる言葉の綾ですか?違いますよね。」
私の手を拘束する力が、少し緩んだ。後ろから動揺の気配が伝わってくる。よし、あと一押し!もはや、恐怖はほとんど消えていた。
「あなたの主は葵ちゃんであって、葵ちゃんのご両親ではないはずです。たとえその人が主より上の立場でも、主以外の人からの命令で主のプライベートを探るのは、果たして正しいことなのでしょうか?」
ふっと拘束が解かれた。いきなりのことに体の力が抜けてへたり込む。そんな私を、菊子さんがすかさず抱きとめてくれた。
「大丈夫ですかぁ?」
優しい声と、体を包み込む温もり。ぴんと張りつめていた緊張の糸がゆるむ。それと同時に、手首に残る掴まれた感触に、今さら怖さが込み上げてくる。
「うぅ......っ」
「怖かったですねぇ。もう大丈夫ですよぉ。」
泣きじゃくる私は気づかなかった。千茅さんが
「...あなた様に何がわかるというのですか。」
と悲しげに吐き捨てたのも。そして、葵ちゃんが私を守るように千茅さんと対峙していたことも。