Weeds
第十一話
ウスバサイシンの対決
「それでぇ。お2人はぁ、何をしにここまで来たんですかぁ?」
私達は菊子さんに植物図鑑の話をし、
「私達、そういうことをしているので、たまたまここを見つけたときに興味が湧いて。」
と説明しておく。葵ちゃんが誰かに追われている様子だったことは言わない方がいいと思う。
「植物図鑑作りですかぁ。面白そうですねぇ。」
微笑ましいものを見るような視線と、ほわほわした笑顔。興味を持っているのかイマイチわからない反応に、葵ちゃんと苦笑する。本当にマイペースな人だね。でも、いくら菊子さんがマイペースでも、次の一言は突然過ぎた。
「わかりましたぁ、手伝いまぁす。」
「「えっ」」
手伝うって、何を?
「わたしは野草店の店主ですよぉ。知識ならありまぁす。」
「知識は私の担当です!」
私は思わず声を上げる。私みたいな子どもの知識が野草店をやっている人に敵うとは思えない。でも、私が言い出した図鑑作りだ。仕事を他の人に取られたくはない。
「この子は植物学者の娘です。知識は十分かと。」
葵ちゃんが冷ややかな声で言う。私の気持ちを察してくれたのも、私が前に言ったことを覚えていてくれたのも嬉しい。でも、態度がきついよ。菊子さんをそんなに睨まないで!おろおろするけど、菊子さんはなぜかますます笑みを深めた。
「じゃあぁ、ウスバサイシンについて知っていることを教えてくださぁい。」
「ウスバサイシン?」
首を傾げる葵ちゃんをよそに、私は菊子さんに挑戦的な笑顔を向けた。うんっ!ウスバサイシンくらい、私にもわかるよ!
「ウマノスズクサ科カンアオイ属、山地のやや湿ったところに生える、薬用の多年草ですね。葉は卵心形で薄く、光沢はなし。3〜5月、2枚の葉の間から出た花柄の先に紫褐色の花を1個つけます。」
すらすらと答える私に、葵ちゃんはポカンとしてる。でも、菊子さんは笑顔を崩さない。一度席を立つと、店の奥から植物図鑑と小瓶を取ってきた。植物図鑑のウスバサイシンのページを開いて少し眺める。
「...正解でぇす。すごいですねぇ。」
私と葵ちゃんはホッと息をつく。でも、まだ終わりではなかった。
「じゃあぁ。さっきぃ、ウスバサイシンは薬用って言いましたよねぇ。どういう風に使ってぇ、どんな効能があるか知ってますかぁ?」
「ふぇ!?え、えっと...」
し、知らない。私が学んでいるのは、基本的に図鑑に載ってる学術的な知識だけ。薬草の利用法なんかは詳しく知らない。
「ウスバサイシンはぁ、根っこや茎を煎じて飲むとぉ、頭痛や口内炎に効くんでぇす。ちなみにぃ、これはわたしがウスバサイシンの茎で作った煎じ薬でぇす。」
歌うように言い、さっき持ってきた小瓶を軽く振って見せる菊子さん。私は唇を噛みしめ、膝の上で強く握ったこぶしを震わせる。やっぱり、私の知識じゃ足りないんだ。どんなに頑張っても、それを仕事にしている人には敵わない。そんなの当たり前だよ。まだ子供なんだから。でも、悔しい。もしかしたら、菊子さんと葵ちゃんでタッグを組んだ方が、良い図鑑ができるのかも...
「大人気ない。子供相手に知識をひけらかして。何を言われても、図鑑作りは私とこの子のものですよ。」
見かねた葵ちゃんが、私をかばうように菊子さんに殺気をとばす。菊子さんはそれを笑顔で受け流した。
「そういう意味じゃないんでぇす。確かにぃ、わたしと蓬ちゃんは同じように植物が大好きでぇ、人より植物に詳しいですがぁ、全く同じではありませぇん。」
「「??」」
「私と蓬ちゃんはぁ、多分知識をつける目的が違うんですねぇ。わたしはぁ、ウスバサイシンの見分けかたや利用法は知っていまぁす。でもぉ、蓬ちゃんが言ったようなぁ、何科何属とかぁ、お花がどんなかなんて全く知りませぇん。」
「...そう、なんですか。」
「えぇ。わたしの知識はぁ、生活の中で野草を利用するためのものでぇす。だからぁ、わたしの知識だけで図鑑を作るのは無理でぇす。」
菊子さんは私の手をとった。
「わたしもぉ、仲間に入れてくださぁい。わたしはあくまで補佐としてぇ、野草の利用法についての情報を提供しまぁす。ぜひぃ、このお店で作業してくださぁい。」
「ここで作業してもいいんですか!?」
私達にとっては渡りに船の話だ。でも、葵ちゃんは渋い顔をした。
「ここ、お店なんですよね。迷惑になりませんか?」
「大丈夫ですよぉ。お客が来ることなんてめったにありませんからぁ。」
...それは、大丈夫じゃないと思う。