Weeds
第十六話
二人目の来店者 後編
私・双葉葵は、呆然としている千茅の前に立ちはだかる。
「これでわかった?アンタのやってることは間違ってる。さっさと帰って。」
千茅の目の焦点が、私に合う。ウチに来た時から変わらない、意志を取り払われた人形の目。私はキライだ。
「...使用人の分際で、出過ぎた真似をいたしました。申し訳ございません。」
千茅は私に頭を下げ、くるりと背を向ける。
「待って!」
私は思わず引き止めた。
「でもこれだけは言わせて。私はアンタを使用人だとは思ってないわ。」
バッっと振り向いた千茅の目は、絶望の色に染まっていた。誤解されていることに気づき、慌てて言葉を重ねる。
「私はアンタを使用人なんかだと思ったことは一度も...あ。」
最後まで聞かずに、千茅は店を飛び出していってしまった。
「落ち着いた?」
声を掛けられ、私・山野蓬は顔を上げる。
「手首、大丈夫?千茅があんなことするなんて。巻き込んでしまってごめんなさい。」
「大丈夫だよ。そういえば、千茅さんは?」
店内に姿がない。そのことを指摘すると、葵ちゃんは目を泳がせた後、弱々しく微笑んだ。
「帰ったわ。」
「そっか...」
思わず安堵を含んだ声を出し、後悔する。いくら怖い思いをさせられたと言っても、葵ちゃんの前でこんな態度をとるのは無神経だったかな。千茅さんは一応、葵ちゃんの身内だから。それに。葵ちゃん、何があったんだろう。平気そうにしてるけど、表情がどことなく暗い。どう言おうか迷っていると、菊子さんが珍しく真面目な顔で口を開いた。
「葵さん。あなたの口から蓬さんに事情を説明してあげてください。」
私や葵ちゃんを「さん」付けで呼び、語尾もいつもと違いきっぱりと切っている。ただならぬ気迫が伝わってきた。葵ちゃんは目を見開いて固まる。でも、気を取り直すように下を向き、息を吐き出した。
「............千茅に、迷惑を掛けて、悪いとは思っているの。」
ポツリと、呟くような声。
「家が、窮屈でたまらなくて。しょっちゅう抜け出してるの。今日も。だから、千茅が探しに来たのよ。」
沈んだ声で言葉を紡ぐ葵ちゃんの目は焦点が合っていなくて、過去のどこかを彷徨ってるみたいだった。
「お父様やお母様の前じゃ、野草の写真を撮ることはできないの。好きで好きでたまらないことなのに、そんな風にしゃがみ込むなんてはしたないとか、服を汚すような真似は慎みなさいとか言われて。外出するにも、報告したら千茅がついてきて、自由なことはできないわ。だから、抜け出すしかないのよ。」
「千茅さんって...」
「千茅はね、大学進学と同時に家を出て、仕送りとかも無しに必死で生活をやり繰りしていたらしいわ。でも、一度失敗して、困っていた所をたまたま私が見つけたの。それから、ウチに居候してる。でも...」
葵ちゃんは急に落ち着かなげな様子になる。
「ごめんなさい、今日はもう帰るわ...」
葵ちゃんはそう告げ、ふらふらとおぼつかない足取りで店を出ていく。私も、菊子さんも、止めなかった。
菊子さんが「weeds」の閉店準備を始めようとイスから立ち上がった頃、葵ちゃんが息を切らして駆け戻ってきた。
「大変......千茅が、いなくなったの!」