随筆: 寝ない子はどうなる?
今年も、冬になると「火の用心」を知らせる消防署の車が我が家の近くにやって来た。この「火の用心」を知らせる声が聞こえてくると、二年前までは、我が家では電気を全部消して寝ることにしていた。なぜなら、この車のことを「寝ない子がいたら」という「人さらいの車」ということで、通してきたからである。
娘は私に似て、乳児の時から寝つきが悪かった。娘が生まれたときは、仕事が終わって毎日病院に行くと、大きな声で一人どこかの赤ちゃんが泣いていた。どこの子どもが泣いているのかと思うと、なんとそれは我が子であった。二週間ほどして退院してからも大変であった。なかなか寝ないので、ミルクを飲ましたり、部屋を暗くしたり、静かな音楽をかけたりとするのだが、だめであった。
少し、大きくなると、布団の中に入って、いつまでも目をぱっちりと開けてなかなか寝ないので、雨の日も風の日も、妻が背負って外をしばらく歩いたりしていた。それでもなかなか寝ないので、私は車に乗せてしばらく夜のドライブをしてみた。すると、車の振動がちょうど気持ち良いのか、ようやく寝始めた。
幼稚園に行き始めると、今度は寝床で絵本を読んでくれとせがんで、なかなか寝ようとしなかった。本を一冊読み聞かせても、まだぱっちりと目を開けていた。そこで冬のある日、妻が消防署の見回りの車から「火の用心」を知らせる声を聞いて、名案を思いついた。「ほら、よく聞いてごらん。『寝ない子がいたら外に出してください。つれて帰ります。』」と言っているよ。」
娘は、これを本気にしてしまった。「火の用心」という声が聞こえると、電気を消して布団に入り込んで、じっと息を潜めるようになった。しばらくすると「もう寝ない子の車は行ってしまった?」と小さな声で私にきいてきた。「まだだよ。外にまだ人がいて、子どもが本当に寝たかどうか、調べているよ。」と私が答えると、布団の中に深く入り込んで、じっとした。そして、やがて眠り始めた。
しかし、小学四年生になっても、五年生になっても、六年生になっても「火の用心」を告げる声が聞こえてくると、さっと布団の中に入る娘の姿を見ていると、私は少し罪作りなことをしてしまったのではないかと思い始めた。
中学生になった。いくらなんでも本当のことを言うべきではないかと私は思い始めた。ある日のこと、また「寝ない子」の車がやって来た。そのとき娘が「あれ、寝る前には火の始末をしてください、と言っているよ。」と私に向かって言った。「なーんだ、寝ない子の車じゃないのか」と言って、安心したように布団の中に入っていった。
しばらくすると、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。それからは寝床に入るとすぐに寝るようになった。今日もいつものように私が寝床で本を読んでいると、「早く寝ないと、寝ない子の車が来て、連れて行れいっちゃうよ。」と、娘に言われてしまった。将来娘に寝付きの悪い子ども生まれたら、娘はどんなことを言うのだろうか?
※この作品は2003年 同人誌「R」No.69 に投稿したものです。
夜に消防署が巡回して「火の用心」を呼びかけるなんて、少し時代を感じ
られるかもしれません。