見出し画像

随筆: 番犬の大五郎

 

番犬の大五郎


 「大五郎、これから買い物に行ってくるよ」と言いながら、イヌの頭をなでた。大五郎はじっと前を向いて、微動だにせず今日もきちんと門番をしている。

 実を言うと、番犬と言っても大五郎は本物のイヌではない。座った状態で高さ七五センチ程度の大きさで、実物大の黒い色をしたラブラドールという種類のイヌの置物である。八年ほど前から玄関の前で門番をしている。しかし、名前を付けてからまだ一年も経っていない。

 大五郎との出会いは、もう十年以上も前のことである。当時私は山口県の周防大島に住んでいて、しばしば近くの柳井市に妻といっしょに買い物に出かけていた。

 ある日、大きな園芸店を見つけて入ってみると、花壇に置くいろんな小物がところ狭しと並べてあるコーナーを見つけた。アヒルや小鳥などを始め、さまざまな可愛い動物の小物が置いてあった。妻はこのような小物が好きなので、私は花の種や苗を買う時は、いつも妻を連れてこの店を訪れた。

 ある日、小物を置いてあるコーナーでひときわ目立ったのが大きなイヌの置物であった。値札を見るとなんと三万円もした。「こんな高いもの、とても買えないな」と思っていた。

 二年近く経ったであろうか、いよいよ定年退職をして他県の我が家に帰る日が間近に迫った三月の中旬、思い出のためにとその園芸店に寄ってみた。なんと、そこにはまだそのイヌがでんと構えて、まっすぐ前を向いて座っていた。

 「これ、買えないかな」と私が言うと、「欲しいけれど、でも三万円もするのよ」と妻が返事をした。「いや、思い切って買い、我が家に連れて帰ろう」と言って、私はイヌを抱きかかえレジに向かった。

 「あの時、よくぞ思い切って買ったものだ」と今も思う。しかし、何度もそのイヌを見ていると可愛くなってきて、買ったその日までじっと飼い主になる私を待ってくれているように思えたのだった。

 我が家に帰ってから、玄関前に置いていた。昨年のある日、「イヌに大五郎という名前をつけてはいけない?」と妻が私に尋ねてきた。
 それからは、妻はイヌに帽子をかぶせたり、小学生のように名札を付けたり、冬近くになると掛物を背中に掛けたり、まるで子どものように扱い始めた。私も出かける前にはイヌに声をかけて、頭をなでるようにした。

 そうすると、ますます可愛くなってきた。光の当たり具合や見る角度、そしてその時の私の気持ちの状態にも寄るのだろうか、不思議なことに見るたびに表情が違って見える。

「これから出かけるよ」と言って頭をなでると、少しふくれたようにもみえる。「それは、僕もつれて言ってほしいと思っているのではないかしら。車の助手席に積んで乗せてやったらどう?」と妻は言う。

 大五郎はすっかり我が家の一員になってしまった。年の瀬も迫ったある日、大五郎は古新聞紙を敷いてもらい、居間の中にどんと座っているではないか。
 「大五郎をここに置いて、どうしたんだ」と私が言うと、「だって、外はとても寒いし、可哀そうだから中に持って入ったのよ」と妻が答えた。「そこまでしなくても」と言うと、次の日から妻は仕方なく玄関の内側にある下足箱の横に置くことにした。

 「外が暗くなってきたから、大五郎を入れてやるよ」と言って私は大五郎を持ち上げて、玄関の中に入れてやり、玄関をロックした。「大五郎、今日も一日門番ご苦労様でした」と言って頭を撫でてやった。


番犬の大五郎です。正月用です。


普段の大五郎です。
風呂に入る大五郎です。


※ 以上の文章は 2023年 同人誌「R 100号]に、この大五郎について投稿したエッセイです。(今回少し加筆しています。)




いいなと思ったら応援しよう!