いまこそわたれ、渡り鳥−花譜高校卒業記念ライブに寄せて−
2022年3月26日、花譜ちゃんの高校卒業を記念したバーチャルライブ、『僕らため息ひとつで大人になれるんだ。』が開催されました。
学校の教室を舞台に、“僕らため息ひとつで大人になれるんだ”というタイトルに接続される詩の朗読から、静かにそのライブは始まりました。
このタイトル自身、以前Instagramにポストされた詩(花譜ポエム)からのものです。
今回は、神椿ライブで定番の迫力あるリリック映像演出は黒板アートというかたちで最小限になるかわり、私達の目の前には学校という舞台を自在に渡り歩く花譜ちゃんの姿、そして彼女の歌声だけが存在していました。全編を通して、どのシーンを切り取っても圧倒的に美しく、まるでMVの世界の中に没入するような芸術体験がそこにはありました。
そっちからはどう見えるんだろうって、思ったきりの窓際
学生服に見を包んだ彼女がはじめに披露したのは「地獄先生」、「ふめつのこころ」、「ミッドナイト清純異性交遊」。
学生生活の青春や恋愛を意識させる3曲は、いずれも彼女が過去にカバーした楽曲でした。
「ふめつのこころ」は2020年3月の『不可解(再)』のエンドロール、「ミッドナイト清純異性交遊」は19年10月のYoutube投稿が初出で翌年6月の『アイスクリームライブ』でも歌われ、歌詞の一節がお気に入りだと語られていました。地獄先生は20年10月の『不可解弐Q』で披露されています。
「地獄先生」の甘い「ねぇせんせい」の囁き、ふめつのこころの「指ハート」に見える振り付け、最後の「らぁら↑」、ミッドナイト清純異性交遊」での花譜ちゃんの「ふぁっきゅー」等々、可愛さに「きゅん」でした。
続いて彼女の「音楽的同位体」可不の楽曲から「花となれ」、「生きる」の2曲がカバーされました。雄之助さん、水野あつさんはいずれも神椿派生のレーベルSINSEKAI STUDIO所属のコンポーザーです。
彼女の口から“これがぼくの生きた証だ”と歌われるのにぐっときましたね。
以降は春を意識した楽曲が続きます。「翡翠のまち」はボカロカバーという文脈を意識した繋ぎから、曲中に教室を元気いっぱい動き回る花譜ちゃん。“スカートひらり”でくるっと一回転。“この中に隠れて”で教卓に隠れて辺りを見回す動き、あらゆる動きひとつひとつがあり得なく可愛い。「かわいい」で埋め尽くされるコメント欄。
それとやっぱりセカイ系の歌詞ってどうしようもなく花譜ちゃんに似合うなあ、と思いますね。
J-POP桜ソングの定番からはクリープハイプ「栞」、くるり「春風[Alternative]」、森山直太朗「さくら‐独唱‐」、レミオロメン「3月9日」。春のうたのストレートなエモさで立て続けに殴って来ます。窓から射す西陽のあたたかさを感じさせる中、畳みかけるように教室に舞う桜の花びらの演出が美しく涙腺を刺激しました。というか泣いた。
“ありがとう”と、寄せ書きの書かれた黒板に一礼すると、教室を出る彼女。
渡り廊下、交差するスカートがかすめる
舞台を廊下に移して歌唱するのは「燕」姿。学生から大人へと向かう過渡期の彼女に相応しいデザインだな、と改めてPALOWさんの造形センスを感じます。
歌われたのはいずれも、卒業を迎え新たな人生の節目に向かう、いまの彼女の今の心境を反映しているかのような楽曲たち。
「アンサー」はこれまでの彼女の活動と生活が決して“ひとりじゃない”のだという力強いメッセージが伝わってくるようで、私達にも勇気を与えてくれるようでした。
「彷徨い」では、“別れ”や“旅立ち”に後ろ髪を引かれつつも新しい局面に向かう不安、揺れ動く気持ちが歌われています。
すっかり日が落ち夜となった校舎で歌われた「夜が降り止む前に」。映画「ホットギミック」主題歌として全国の映画館でCDが販売された、地方に住む観測者としては初めて彼女との「物理的な繋がり」を持てた大変思い入れの深い楽曲です。別れがたい“面影”、“輪郭”と決別し、新たな道に進んでいく彼女。
「雛鳥」は言うまでもなく、花譜ちゃんにとっても私達観測者にとっても特別な楽曲です。デビューして間もなくの2019年冬に高校受験の為活動を一時「休詩」していた彼女が、「ただいま」の言葉とともに届けられたのがこの「雛鳥」でした。いま校舎という鳥籠にさよならを告げ、大人となりうまく飛べるようになっていく彼女はまさに“君のいない空へ”と高く飛んでいくのですね。
“高校生活の3年間は、花譜としての活動と、花譜じゃない一人の高校生としてのわたしを生きました”とこれまでを振り返り総括し始める花譜ちゃん。
“いちばんは、友達ができたこと”という言葉には思わず胸がいっぱいになりました。
10代の彼女を形成してきた、シンガーとしての活動と学生生活の裏表。そのどちらかを犠牲にしたり、両立させるために無理をすることなく、学友と過ごす10代のひとりの女の子の3年間が大切に守られていたであろうことにとても安堵しました。これまでの神椿のプロデュース方針と観測者たちの暖かいファン活動の相互作用が導いたひとつの道が、省みて間違いではなかったのだと、感謝の念でいっぱいです。
変わらないことも変わることも、僕らには今すごく難しくて
プールサイドという舞台に移れば、歌う曲はおのずと想起されます。
「過去を喰らう」と「海に化ける」、二つで一つの組み合わせを、今回はスムーズ・ジャズなアレンジで雨降る夜にしっとりと歌い上げました。大人になることへの葛藤。雨粒の表現がえぐいクオリティで綺麗でした。
そして次の舞台へと歩みながら、朗読されるのは不思議な詩。中でも、
この部分が特に好きだな、と感じます。絶えず新しくなる「バーチャル」な姿かたちを渡り歩く彼女の魂と、置いてゆかれる過去のからだ。
“ぼくらの作ったほんとう”を、目を凝らして私たちはこれからも観測し続けるのです。
それでもわたしは歌うのだ
卒業証書授与式の会場、体育館のステージ上でようやく可視化される「花譜バンド」の面々。「ボリュメトリックキャプチャシステム」というのが使われているらしい。バンドメンバーがリアルタイムで3Dデータ化されて合成されているんですね。
https://twitter.com/mkc1370/status/1507705953692491776
体育館ステージで歌われた「世惑い子」、「イマジナリーフレンド」、「それを世界というんだね」の3曲。「イマジナリーフレンド」の“うさうさ”と「それを世界というんだね」の“ハッピーエンドにする力で”の所の手で♡の振り付け、とってもキュート。
これらの曲は、今まさに過去と未来の境界に立つ彼女からの、未来への強い決意と私達へのエールと受け取りました。
“僕らこの先の未来なんてわからないから”、心の奥にある自分だけの「好き」は誰にも渡さないように大事にしたいですし、“エラーばっかの人生”の中では“花火の上がるお城”なんて無いし、“夢でもできなかったことがリアルでできるわけない”のはつらいけど実際の所です。誰もがヒーローになれるわけではないし、ノベルに書かれるのは“もしも”でしかないのかもしれない。
だとしても、架空を描き、語り、願う事で生まれる物語を、その「祈り」を、少なくとも「バーチャル」を愛する私たちは大切にしたいものです。
そして、最後の曲として歌われたのは新曲「裏表ガール」。
カンザキイオリさんからインタビューを基に作られた、花譜ちゃん自身の想いの詰まった「そして花になる」、「帰り路」に連なる続編で、高校卒業記念の楽曲という位置づけとの事です。
ライブのたびに歌に乗せて私たちに届けられる彼女の「現在地」が、今ふたたび更新されました。
歌詞に織り込まれた過去の楽曲のコンテクスト。“この傷もこの涙もこの気持ちは全部私のものだ”は「心臓と絡繰」から。もっというと「私のものだ」というフレーズは「魔女」にも使われているんですよね。何度も繰り返す“ハロー”は「未確認少女進行形」、「私論理」を想起させます。
“フラッシュしてる日常は全部全部大切な裏表”
私達の目に映る「花譜」としての彼女と、私達の知ることのない10代の青春を友達と過ごした彼女という裏表。繰り返し登場する「楽しさ」という歌詞に喜びの感情が溢れ、そして事あるごとに彼女の口から度々語られる「周囲への感謝」も強く感じます。
“皆のおかげで私は花譜になることができて、今も花譜でいられます
皆がくれた思いを全部受け取って、これから少しづつでも皆に何倍にもして返したいです”
と、最後に語る彼女。「卒業式」という過去と未来の境界である現在地に立つ彼女から私達へ、いまの想いをたくさん受け取ることができて嬉しかった、そんなライブでした。
奇しくも「成人」の定義の替わる4月。制服を脱ぎ捨てて、上京し新たな生活をはじめる「大人」となった花譜ちゃんが、これから何を私達に届けてくれるのか、とても楽しみです。“花譜イヤー2022THE BEST”に乞うご期待、でしょうか。
改めて、花譜ちゃん高校卒業おめでとう!
‥‥‥(狂)とは?
ラジオも楽しみですね!いざ、ハガキ職人