【連載小説】恥知らず 第2話『土曜担当:マイ』
「フユヒコくん、起きたぁ~? 朝ごはん出来てるよぉ~」 ユミの部屋で一晩中ハッスルした俺は、ほんのり漂う味噌汁の匂いで目が覚めた。料理上手のユミが作る朝食は、ご飯、ワカメの味噌汁、納豆、味付け海苔、生卵と、the・和食な朝食だ。 昨今の日本人の朝食はパン食が主流になりつつある故、上記の如きthe・和食な朝食は温泉旅館や観光ホテルに宿泊した時であったり、吉野家、すき家に代表される牛丼チェーン店の朝メニューとかもっぱらお目に掛かる機会が限られているので、ユミのような二十歳そこそこのうら若き女子がthe・和食な朝食を丹精込めてこしらえてくれるのは、非常にありがたい事である。 ややもすると、独身で一人暮らしの俺の食生活は公私共に多忙な日々を送っているが故に、極めて栄養価を無視した安価で手軽なジャンクフードに偏りがちになるので、いつも土曜の朝はユミに感謝・感謝の気持ちを伝えありがたく頂いているのだ。 「美味しい? ごはんとお味噌汁おかわりあるよぉ~」 俺は昨夜ハッスルしすぎたせいか、いつもに増して腹が減ってたので、ついついおかわりを頂戴した。時計を見ると既に10時を過ぎている。そろそろお暇しなければならない。俺は常に忙しいのだ。 「ごちそうさま、美味かったよ。ぼちぼち帰るわ。」 「もうちょいゆっくりしてったらええのにぃ~ 寂しいなぁ~」 「ゴメンな、今日は中学ん時の友達と久しぶりに会うねん。俺ら会社でいつでも会えるやん。な!」 俺は適当な口実を並べて、ユミを無理くり納得させた。 「はーい。ほな、また月曜日ね。」
そそくさとユミの部屋を後にして俺は一旦自宅へ戻った。今日の担当は俺と同い年の独身OL・佐々木マイだ。マイは中学ん時の同級生で2年前の同窓会での再会がきっかけで交際を始めた。中学ん時は地味で目立たない女子だったが、成人したマイは目を見張る程に垢ぬけて、実にいい女になっていた。元々目鼻立ちは整っていたので、ほんのちょっとのメイクアップとドレスアップでここまで大化けするんやと、すこぶる感心したのであった。マイは中学ん時の友達である事に間違いないので、ユミへの口実は適当なようで実は正しい。ただその友達が男であるか女であるかを明言していないだけである。 よそゆきに着替え洗濯を終えて俺は自家用車で待ち合わせ場所へ向った。中古のコンパクトカーだが問題なく走ってくれる我が愛車は今日もゴキゲンだ。やがて待ち合わせ場所であるJR六甲道駅北口に到着すると、薄紅色のワンピースを着て日傘を差しているマイがたたずんでいた。 「おつかれー。どこ行く~?」 「どこでもええよー。フユピーに任せるわ。」 フユピーは俺の中学ん時のあだ名で、マイは昔から俺をフユピーと呼んでいる。 「淡路島行こか!」 「ええやん!!行こ行こ。」 俺もマイもテキトーなB型故に、毎週土曜のドライブデートの行先はいつも行きあたりばったりであった。 「なあ、アケミって子、覚えとる?」 「おう、金髪のヤンキーやろ?アケミがどないしたん?」 「あの子、25才にして既にバツ3やて。ついこないだ三番目の旦那と離婚したらしいわ。カッちゃんが言うてた。」 「カッちゃんって今何しとん?」 「家業継いでる。毎日産廃のトラック乗ってるわ。カッちゃんにフユピーと付き合ってるって言うたら、お前ら結婚するんかぁ?って言われたわ。あははー」 一瞬俺は狼狽した。マイはその気があるんやろか?俺は当然、結婚する気はこれっぽっちもない。でなければ、七股などと言うリスクの高いパフォーマンスは到底不可能だ。 マイは高校卒業後、地元姫路を離れて神戸市内の食品メーカーに就職して、六甲道駅近くのマンションで一人暮らしをしている。俺と同窓会で再会する直前まで妻子持ちの上司と不倫をしていたらしい。実のところ今でもその上司に未練があるようだが、俺と付き合う事で無理やりにその上司の事を忘れようとしていると、本人から聞いた事があった。もちろん俺は七股をしているなどと、口が裂けても言えない。
淡路サービスエリアに到着し、俺らは心地よい潮風にあたりながらソフトクリームを舐めていた。夏休みに入っているせいか駐車場は満車で、家族連れ、子供連れが目立つ。明石海峡大橋と舞子、垂水、須磨方面を臨むロケーションは、いつ見てもいい眺めである。 「フユピーは、この先どないするん?ずっと神戸におるん?」 「おるで。俺、次男やし。実家は兄貴に任せとったらええねん。マイはどないすんねん?」 「うちは弟が実家におるけど、まだ高校生やし…卒業したら東京に行きたいとか言うてんねん。弟がほんまに東京に行ってもうたら、うちが帰ってこいとか言われそうやわ…」 「帰りたくないんか?」 「それはないけど…」 「けど?何かあるんか?」 「去年ぐらいから親が結婚せい言うてうるさいねん。で、フユピーと付き合ってるって言うたら、結婚するんか?ってしつこく聞かれて…」 なんてこった。親から結婚をせかされているとは… 「マイの親は俺の事知っとん?」 「うん。九条葬儀の次男坊のフユヒコくんやろって言うてるよ。」 俺の実家は姫路市内で祖父の代から葬儀屋を営んでおり、現在5才上の兄貴が家業を継いでいる。 両親は幼少の頃から真面目だけが取柄の出来の良い兄貴に家業を継がせようとしていたので、要領は良いが勉強嫌いな不良息子の俺は微塵も期待されなかった。 しかしその方が逆に気楽で良かった。高校卒業後も神戸に行こうが大阪に行こうが好きにしろと全く干渉されなかったので、即効で神戸に出て最初の三年間は様々な職業を転々とした後に、現在の会社に正社員で採用されて今に至る。 今では元来の要領の良さを活かし営業成績は常に上位をキープする優良社員として、将来の幹部候補と目され重宝されている。加えて私生活でも複数の異性との交際を同時進行で展開しており、公私共に勝ち組人生を謳歌しているのだ。 諸君、勝ち組の俺が羨ましいか?これは持って生まれた才能なので、努力だけではどうにもならんのだ。天は二物、いやそれ以上の恵みを与えてくれるのだ。俺は神に選ばれし民なのだ。 「マイは結婚したいんか?」 「うーん…どうかなぁ…」 マイは俺にも結婚願望があると思っているのか、申し訳なさそうな表情を浮かべた。多分まだかつての不倫相手の上司に未練があるのだろう。むしろ俺はその方がありがたい。本気になられてはかえって厄介なのだ。
ぼちぼち陽が傾いてきたので、俺らは淡路島を離れる事とした。 「腹減ったなぁ。メシ食いに行こ。」 「うん。垂水に美味しいお寿司屋さんがあんねん。そこ行こ!」 そうして俺らは淡路サービスエリアを後にして、垂水にあるマイが絶賛する寿司屋に赴いた。垂水漁港でとれたての新鮮なネタが乗ったここの寿司はメチャクチャ美味い。 「美味いなぁ!ようこんな店、知っとったなぁ。」 「元カレに連れてきてもろうてたんよ。」 そうか…以前からマイは美味い店をたくさん知ってるなと思っていたが、なるほど元カレである不倫相手の上司がなかなか舌の肥えた食通だったようである。 心行くまで寿司を堪能し店を出ると、すっかり陽が暮れてライトアップされた明石海峡大橋が眼前に広がっていた。俺らはしばし明石海峡の夜景に見入っていた。 夜景で気分が盛り上がった俺らは、どちらからともなく唇を重ね舌を絡めて抱き合っていた。 辛抱たまらなくなった俺らはラブホに直行し、さかりのついた猫の如く朝まで貪り合って狂っていた。