【連載小説】恥知らず 第4話『月曜担当:ケイコ』
月曜の朝がやってきた。新しい一週間が始まる。 今週は我が社の命運が掛かった新製品の売り込みに力を注がねばならぬ。 まぁ、どうってこたぁない。いつもの調子でやることやってりゃどうにかなるもんさ。 諸君、サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ。二日酔いでも寝ぼけていても、タイムレコーダーガチャンと押せばどうにか恰好がつくもんさ。 ドンといこうぜドンとね。ドンとドンといきましょう。ア、ソレ! というわけで、本日も元気に出社する俺なのだ。 「フユヒコくん、おはよう~。はい、お弁当!」 出てきて早々あざとい笑みを浮かべるユミからお手製弁当を渡された。 「おぅ、ユミおはよう。いつもすまんな。おおきに。」 そんなやりとりを交わしている俺とユミの背後から、例の如く残念な上司が茶々を入れてきた。朝から無駄に精力的な波平、もとい島袋係長だ。 「おっ、九条、ええなぁ。芦原ちゃん、俺にも弁当作ってよ~」 ユミは表情を歪めて露骨にドン引きしていた。俺は苦笑するしかなかった。「あっ島袋係長、おはようございます。」 「うむ、おはようさん。九条、今日の訪問先はどこや?」 「はい、今日はK医療センターですわ。新製品の商談を予定しとります。」「さよか。今月も売上好調やな。この調子で頼むで、しかし!」 あんたは横山やすしか!と思わず波平のハゲ頭を平手ではたいてツッコみたくなるのを抑えて、俺は外回りの準備をする為しれ~とその場を離れた。
K医療センターは俺が担当している得意先の中でも極めて高い売上を誇り、大口の受注を見込める最も美味しいドル箱の顧客で、3年前に前任の波平から引き継いだのであった。 尚且つ俺は、6階南病棟に勤務する独身で33才の看護師長・山内ケイコと内密に交際しているのだ。ケイコは勤続10年目にして看護師長に抜擢された同期の看護師の中でも一番の出世頭であり、加えて聖母マリアのような母性溢れる笑顔、目鼻立ちがはっきりした南沙織のような小麦色のエキゾチックな容姿、気さくな人柄、卓越した看護スキルと非の打ちどころのない正に看護師の鏡と称される女である。 ただしそれはあくまでもケイコの表の顔であって、私生活では日頃の鬱憤を爆発させるかの如く粗暴で酒乱で淫乱なやさぐれ女と言う表の顔とはまるっきり正反対な裏の顔を持ち合わせている。 あまりにその落差が激しすぎるが故に男運には恵まれず、不毛な男性遍歴を繰り返すうちに30才を越えて結婚を焦るあまりに婚活に精を出していたところで、俺が口説いて交際が始まり現在は月曜担当の女となったのだ。
10時にK医療センターに到着するや否や、俺は1階の喫茶コーナーに赴いた。ケイコとは、いつもこの喫茶コーナーで落ち合うのだ。ケイコは先に到着しており、奥のテーブル席に鎮座してアイスコーヒーを飲みながら、スケジュール帳らしき帳面を凝視して気難しい表情で何やら思案していた。 「おはよう。なんか忙しそうやね。」 眼前の俺に気付いたケイコは、最前までの気難しい表情から一転、いつもの聖母マリアのような穏やかな笑顔を俺に向けた。 「あらぁ、おはよう~。そやねん。来月のシフト組んでんねんけどなぁ、慢性的な人手不足で大変やねん。」 「へぇ?そない人おらんかったかな?」 「うちとこのナースな、来月に出産を控えてるんが二人もおんねん。はあ…ええなぁ…私はいつ結婚できるんやろ…」 年下の部下に結婚・出産の先を越されるという現実に直面し、ケイコはいつも以上に焦りを感じずにはいられなかった。そしてその焦る気持ちは交際相手の俺に対して一日でも早く結婚を急かすよう向けられ、無言の圧となって容赦なく俺を束縛するのであった。 「今日仕事終わったらケイコんち行くわ。」 「うん。いつでも来てね、待ってる…なあ?フユヒコは8才も年上の私でほんまにええの?」 「もちろん。俺は昔から年上が好きなんや。そんなん気にせんでええねん。」 俺の目論見は結婚を焦る高収入の年増女をたらしこみ、都合良く貢がせて不労所得を得る事だ。その為には手段を選ばない。 諸君、端から見ると実に浅ましく人でなしに思われるかもしれぬが、人目を気にしていては何も出来ぬ。人目を気にして何も行動を起こせないで不平不満ばかり口にする奴は根性なしのたわけ者に過ぎない。俺の行いは慢性的に男に飢えて耐えられぬ股間の疼きに理性を失いかけている発情期のメス丸出しの女に、夢と希望と快楽を惜しみなく提供するれっきとしたサービス業であり、その対価として一定額の報酬を得る行為は何ら恥じる事ではない。むしろ感謝されて然るべきだと自負している。 「今から事務局長と新製品の商談やねん。ぼちぼち行くわ。」 「そうか…頑張ってね。」 俺はケイコの熱い視線を浴びつつ、本日一番のミッションが待っている事務局長室にいざ出陣した。
商談も無事終了し、俺はK医療センターを撤収した。結果は見事新製品の大口受注を決めた。必ず結果を出す俺は自他ともに認める有能なビジネスマンである事に間違いなく、神戸市一、兵庫県一、関西一、西日本一、日本列島一、アジア一、ユーラシア大陸一、世界一、地球一、太陽系一、銀河系一、全宇宙一出来る男なのだ。もはや俺は神の領域に近づきつつあるのだ。 さて、ランチの時間だ。最寄りのホームセンターの駐車場に車を停めて、ユミのお手製弁当をありがたく頂戴した。 オムライスにケチャップでハートの形が描かれている弁当を少々こっ恥ずかしい心持ちで頬張っていると、ユミからLINEの着信があった。 「おつかれさまー。今日のお弁当可愛いやろ?」 「おぅ、ありがとう。可愛いよ。」 「愛情たっぷりのお弁当食べて、午後も頑張ってね~」 等など…相変わらず惚れた腫れたの甘ったるい内容のメッセージを暇に任せてだらだらと執拗に送ってくるので、正直うんざりしていた。 俺は現在関係を持っている7人の女たちとは、結婚する気など1ミリも持ち合わせていない。程よい距離を保ちつつ適当に遊んで貢がせて、飽きるまで美味しい思いが出来ればそれでいいのだ。飽きたら違う女を探せば良い。それだけの事だ。
午後も難なく得意先回りをこなし定刻通り帰社した。ユミに感謝の意を込めながら弁当箱をうやうやしく返却した俺は、そそくさと退社して西宮のケイコの自宅マンションに赴いた。ケイコは今日は早番なので既に帰宅していた。 「おつかれさん。晩飯あるで~」 テーブルには揚げ餃子と手羽先と枝豆と冷奴と瓶ビールが10本並んでいた。まるっきり居酒屋メニューである。ケイコはグラスにビールを注いで一人でグイグイ飲みながら既に出来上がっていた。 「フユヒコも飲みや~」 ケイコはビールが注がれたグラスを俺に差し出して「飲まんかい!」と言いたげな表情で俺を凝視していた。酩酊しているその容貌は、職務中に見せる白衣の天使の姿とはまるで別人格の人間のようであり、どちらがケイコの本来の人格なのか混乱を極めるものであった。 ケイコとの交際は足掛け3年にも及ぶので、ここまで落差の激しい二重人格っぷりにはある程度慣れているが故に、酩酊時に於ける発言と対応には細心の注意を払わなければならない。どこに地雷が潜んでいるか不明なので極めて危険を伴うのだ。言わば非常に厄介な危険物、不発弾なのである。 まだ付き合い始めたばかりの頃、居酒屋で飲んでいた時うっかり発した不注意な発言がケイコを怒り狂わせ、他の客を巻き込む乱闘騒ぎとなり警察沙汰にまで発展した事があった。以降その居酒屋からは出入り禁止を喰らい、ケイコは要注意人物として周囲から恐れられている。 俺はケイコに勧められるがままに差し出されたグラスを手に取り、グイっと一気にビールを飲み干した。この場では下手に抵抗してはならない。機嫌を損ねてしまっては後の祭りなのだ。 「ああぁ、美味いわぁー!フユヒコー、もっと飲みやー」 ケイコは矢継ぎ早に俺のグラスに瓶ビールを注ぎ続けた。昨今、世間で問題視されているアルコールハラスメントとは、正にこのような状況を称するのであろう。 俺はただひたすらにケイコからビールを注がれる都度ビールを飲み干して、合間に揚げ餃子と手羽先をつまむのを繰り返していた。ケイコは異常に早いペースでテーブルに並んだ瓶ビールを全部飲み干して、ビールだけでは物足りず焼酎水割りを口にして、延々と職務上の愚痴や不平不満、既婚の部下に対する嫉妬・妬みを吐き続けた。 「なあ?フユヒコはうちと結婚してくれるんかぁ?」 酔いが回ると必ず口にするセリフである。俺は不本意ながらも、ケイコの肩を抱き寄せて見つめながら甘く囁くのであった。 「当たり前やん、俺はマジやで。ケイコを嫁にしたいよ~」 ケイコは腰砕けになって、俺にもたれかかってきた。酔いのせいなのか、俺の囁きが功を奏したのか、ケイコは大きくてエキゾチックな目をとろ~んと潤ませていた。 「ありがとう。嬉しいわぁ。」 身長170㎝と女にしては大柄でがっしりした骨太な体格のケイコは、身長165㎝で筋肉質だが細身で小柄な俺を、強引に押し倒して覆いかぶさって鼻息を荒くして興奮していた。俺は柔道の寝技を掛けられているように押さえつけられて、ふがふがと間抜けなうめき声をあげてもがいていた。 「あかん、辛抱たまらんわぁ…」 ケイコは猫をつまみ上げるように俺の襟首をつまみ上げて寝室のベッドに放り投げた。有無を言わさずいきなり放り投げられ、あわわ…と無防備にのたうち回る俺の衣服をケイコは力まかせにむしり取った。 ケイコは蛙を狙う蛇の如く「はぁぁ~はぁぁ~」と妖しく舌なめずりしながら、衣服を脱ぎ捨て程よく熟した大柄で豊満な裸身を露わにした。 「フユヒコの元気やん…頂戴…」 ケイコは脂ぎった大きな目をギラギラさせ唾液を垂らしながら、血管が浮き出る程にメリメリと脈打って屹立した俺のイチモツに喰らいつき、じゅるじゅると淫靡な音を立て頬張り舐めまわした。 寝室はむせ返るようなイカ臭さとチーズ臭さと汗臭さが充満して、俺は朝までノンストップでケイコに貪られ幾度となく昇天し果てていた。