BORN TO BE 野良猫ブルース 第6話 『シクラメンのカオリ』
わては新たに天満橋界隈を活動拠点とする事になりました。
専務理事の計らいで天六の裏通りにある現在では廃墟となった5階建てビルの屋上のペントハウスが、わてとおケイはんの住居兼自警団指令室になってます。非常時には下階に30匹の部下が全員集合します。
ガチで独身のメス猫と同居するのは生まれて初めての経験故に、わては終始そわそわと落ち着けまへんでした。
おケイはんも親元から離れて独身のオス猫と同居するのは初めてのようで、わてと同じく終始緊張の面持ちで佇んでいます。
「ボンさん、むっちゃ緊張しますね。なんか同棲カップルみたいですね。」
えっ?何云うてまんねん。わて、そないなつもりは微塵もないだす。
と胸の内の本音を云いたかったが、露骨に云うて秘書であるおケイはんとの関係がギクシャクすると職務に差し障ると思われたから、そこはオブラートに包んでやんわりと伝える事にしました。はあ~、気ぃ使うわぁ……
「おケイはん、わてまだまだ未熟もんやさかい、至らんとこようけございますけど、あんじょうよろしゅうたのんます。」
おケイはんは、クスっと笑って返しました。
「ボンさんっておもろいわぁ。イケメンやのに喋り方が浪速のあきんどみたいwww 言われたことあるでしょ?」
わては自分が生後間もないチビん時、初対面のミーさんから同じことを云われたのを思い出しました。
なまじミーさんに瓜二つの美形のおケイはんから同じことを云われたとあって、なんやこれをデジャビュ現象って云うんやなと思わずにはいられまへんでした。
おケイはんがますますミーさんに思えてしゃあないだす。妙な心持ちだす。
わては脳内で上記のような思いを巡らせながら、一言も返せず無言でひたすらにおケイはんの美しいお顔をガン見していました。なんてリアクションしてよいのやら考えあぐねておりました。
「いややわ、ボンさん。そないじっと見んとって…恥ずかしいわぁ…」
おケイはんは顔を赤くしてしきりに照れてます。何度も云いますが、わてはほんまにそんなつもりはないんです。おケイはんは何かしら勘違いしてはるみたいだす。
「ところでボンさんに聞きたいんやけど……最前うちが知り合いに似てるって云うてはったやろ?それって元カノ?」
わては不意打ちを喰らって大いに狼狽しました。
「へぇ、そうだす。あ、いや元カノちゃいます。わての一方的な片想いだす……せやけどフラれましたわ。」
わては核心を突かれてしどろもどろ返答しました。あぁ、変な汗かくわ…
「へぇ~そうなんや。で、なんでフラれたん?」
おケイはんの詰問はなかなかエグいとこ突いてきます。
「あ…いや、他に好きな方がおったからだす。しゃあないだす。」
せっかく忘れかけていたのに、痛い失恋の思い出が再び甦ってきますわ。
「そうなんや。ヤなこと思い出させてゴメンなさいね。」
おケイはんに悪気はないと思いますが、しかしこれはちょっとなぁ…
「ね、うちで良かったらその方の代わりになるかも……ね、うちをボンさんの彼女にして下さる?……ええでしょ?」
わてはリアクションに困り果ててしまいました。わては気まぐれで小悪魔なお嬢さんに振り回されています。
しかしさすがに思うことがありましたので、わてはおケイはんに苦言を呈しました。
「おケイはん、そない軽々しくオスの気持ちを弄ぶような振る舞いはやめなはれ。もっと自分を大事にしなはれ。男手一つで育ててくれはったお父上に申し訳が立ちませぬぞ。」
自分で云うときながらも、ちょっとキツく云い過ぎたかなぁ?とやや自己嫌悪になりました。案の定、おケイはんは涙目になってわてをじっと見つめております。
「ゴメンなさい…うち、ボンさんを初めて見た時からキュンってなったんです…迷惑やったら自重します。ほんまにゴメンなさい…」
わてはいよいよ困り果ててしまいました。おケイはんの気持ちはぶっちゃけ嬉しいだす。出来ることなら、おケイはんの気持ちに応えたいだす。が、しかしわて自身ミーさんを完全に忘れ去るまでには、もうちょい時間が掛かりそうだす。わてはきょうびのオス猫にしてはマジメ過ぎるんやろか?
「ありがとう。せやけどもうちょい待ってもらえますか?落ち着いたらまた改めてお返事させてもらいます。今は職務優先やから一緒に頑張りましょう。わてらほんまに大変な任務を背負ってるんやからね。」
「はい。うち、ボンさんが好きです。ボンさんのマジメで誠実で優しいところがほんまに大好きです。いいお返事待ってます。」
いじらしいおケイはんが可愛らしく思えました。ミーさんとは違う魅力があります。わては知らず知らずのうちに、おケイはんに惹かれていってるかもだす。
いよいよ年の瀬でございます。
天六の商店街ではこの時期恒例の山下達郎のクリスマスイブが流れています。街はクリスマス色に染まっています。
わては部下の野良たちにパトロールの強化を命じて、自らも巡回に出向きます。おケイはんは随時指令室で待機だす。
そんな矢先、部下のナポリからある重大な報告がありました。
「長官、ヤバいっすよ。近々に神戸の黒猫会が攻めてくると情報屋のサバオが云うてましたわ。」
因みにわては部下から長官と呼ばれております。おケイはんも職務中は、わてを長官と呼びます。
「マジか?おケイはん、神戸方面に緊急事態宣言を出しとってくれ。」
「アイアイサー!」
早速おケイはんは黒猫会に関する企業情報を公開しました。
「黒猫会は神戸市兵庫区に拠点を置く犯罪猫組織です。構成員の総数はおよそ50匹、テロ活動を専門とする老舗の中小企業で、主な資金源は子猫の臓器売買との黒い噂があります。奴らのトップは、このメス猫です。」
なんとも貧相な悪党面の熟年のメスの黒猫がモニターに映しだされました。
「伴侶で先代のオス猫を3年前に交通事故で亡くし、未亡人となった現在組織を継いでいます。名はカオリ。通称シクラメンのカオリと呼ばれ神戸市内の凶悪な野良猫連中からも恐れられている元ヒットマンのメス猫です。奴らの最大の強みは殺傷能力の高い猫用ウイルスを不法所持している事です。不用意に応戦すれば間違いなくウイルスに感染して大量の犠牲者を出してしまう懸念があります。十分対策を練る必要があります。」
さすが理系女子のおケイはん、よう調べてくれてますわ。頼りになります。
「シクラメンのカオリかぁ…ん?布施明の歌にそんな歌あったんちゃう?」
「ええ、昭和50年のレコード大賞受賞曲です。ってそんなん云うてる場合とちゃいますやん、長官!」
「そうよ、長官。マジメにやって。もう、根はマジメなくせに時々こないしてボケるんやから……」
そこへ追い討ちをかけるように部下のカルボナから新たな報告が上がった。
「長官、淀川区のA市営住宅敷地内が黒猫会に襲撃されたとの連絡が入りました。被害状況は現在確認中です。」
恐れていた事態がついに現実の物となった。身震いする程の緊張感が電流火花となってわての全身を駆け巡った。おケイはんも、ナポリ、カルボナも同じ思いであろう。司令室内には緊迫した空気が漂っている。
「よっしゃ!カルボナ隊長はレッド隊を連れてA市営住宅へ出動せよ。わても後から行く。ナポリ隊長はブルー隊と本部で待機や。イエロー隊のラザニア隊長には引き続き泉南方面の警戒を頼むと伝えといてくれ。」
「アイアイサー!」
「待って!丸腰で行ったらあかん!うちが用意した防護服着ていって下さい。」
「ああ、そうやな。ウイルス対策せなあかんな。おケイはん、おおきに。」
こうして特殊防護服で身を固めたカルボナ隊長率いるレッド隊の10匹は、A市営住宅へ出動しました。
わてには一つ気になる事があった。淀川区のA市営住宅は、かつて生後間もないチビやったわてが生まれて初めてお世話になった偉大なる師匠が暮らしてます。
あれから師匠にはお会いしてまへんが、お元気でいてはるんやろか?
今回の襲撃事件でもしも師匠の身になんかあったら、わては黒猫会を絶対に許さない。奴らを必ず地獄に叩き落としたる。なによりも師匠に被害が及んでいない事をひたすら祈るばかりだす。
そのような思いを胸に秘めながら、レッド隊に遅れてわても現場に到着しました。
そこで目にした光景にわては絶句しました。
「父さん!父さん!目ぇ開けてくれー」
カルボナは絶命し無残な姿で横たわっている大柄な虎模様のオス猫にすがりついて号泣していました……師匠でした。なんと師匠はカルボナの実父やったんです。
わてとレッド隊隊員たちは、その場で師匠に黙とうを捧げました。
愛する実父をこのような形で失ってしまったカルボナの深い悲しみと激しい憎悪は計り知れまへん。わてにとっても師匠は父親のような存在だす。わてにボンと名付けてくれたのも師匠だす。くやしいだす。ただひたすらくやしいだす。そして悲しいだす。涙が止まりまへん。
云われてみれば師匠とカルボナの外見はよう似ており、やはり親子やなと改めて思いました。光沢のある鮮やかな虎模様と大柄でがっしりした現役時代の朝青龍を彷彿とさせる堂々たる肉体、加えて威厳と自信に満ちた野獣そのままの険しい表情と鋭い眼光は、誠にそっくりだす。野太くドスの効いた低い声までそっくりだす。
師匠の意志は、わてら自警団に受け継がれております。どうか天国でわてらを見守っていて下さい。
カルボナよ…お前の偉大なる父上で、わてが尊敬してやまない師匠の敵は必ず我ら自警団で討たねばならぬ。黒猫会の外道どもを一匹残らずこの世から一掃するのがわてらに課せられた使命なのだ。わてらが本気でぶちキレたらどうなるか目に物見せてやろうではないか。
翌日、師匠の葬儀が天満橋の自警団本部ビルにて行われた。
わてとカルボナを始めとする我が自警団は、師匠のご遺体に手をあわせながら黒猫会への復讐を誓いました。
fin
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