昭和47年から来た男
昭和47年(1972年)5月13日土曜日の夜、俺は職場の同僚たち数名と大阪ミナミの千日デパート7階のキャバレーに来ていた。 夕方から来店していた俺らは、飲めや歌えやと終始ゴキゲンで騒いでいた。 ここのキャバレーは俺が勤務する会社で接待用で頻繁に利用しているので、いつも週末は社内の同僚らと連れ立って飲みにくるのだ。
平日の疲れを癒すべく、俺らは馴染みのホステスを同席させてベロベロになるまで飲んでいた。どうせ明日は日曜やし、嫁も子供もとうに寝とるやろから、かまへんわいと何本もボトルを空けてハメを外しまくっていた。
夜も更けてふと時計を見ると10時を過ぎていた。 店内はバンドの生演奏で同僚Aと他数名の客がホステスとダンスを踊っていた。同僚Bは最前からトイレに駆け込んで戻ってこない。どうせ悪酔いして吐いてるんやろと、俺は隣に座るホステスの太ももを触りながらタバコを吹かしていた。そこへ同僚Bがトイレから血相を変えて飛び出して来た。
「火事やー!逃げろー!」 トイレ方面から火災の煙がフロア内に侵入してきた。 バンドは演奏を止めて方々から悲鳴や怒声が飛び交いフロア内は騒然となった。煙は瞬く間にフロア内に拡散して、逃げ場を失いパニックになった人たちがエレベーター、非常階段に殺到しフロア内は地獄絵図となった。
千日デパート周辺では複数台の消防車が駆けつけて放水が開始されたが事態は更に悪化、はしご車による救助の準備が整わないうちから、窓から地上目がけて飛び降りる者がでてきた。 俺は同僚たちの安否を気にする余裕もなく、恐怖のあまりに衝動的に窓から飛び降りてしまった。もはや冷静な判断が出来ない精神状態に陥っていた。
飛び降りたその瞬間、俺の目の前に今まで見た事のない不思議な光景が広がった。このままどこへ行くんやろと考える間もなく、俺は気を失ってしまった。
意識が戻り目覚めた俺は、目の前に広がる風景に違和感を感じていた。 ミナミの千日前で間違いないのだが、何かが違う。俺が火災で死にかけた千日デパートが無いのだ。そこにはなぜかビッグカメラのビルがそびえ立っていた。俺はたまらず通りすがりの青年に問い掛けたが、青年は千日デパートなど知らんと答えた。俺は次に通りかかった老人に問い掛けた。 「あんた、おかしな事言うなぁ、いつの話やねん。50年も前やで。千日デパートなんかとうにつぶれたわ。」 俺は衝撃を受けた。どういう事や。50年前って…はあ? 「ええっ!今って昭和47年とちゃいますの?」 「兄ちゃん、頭大丈夫か?今は令和4年、西暦2022年やで。」 なんやそれ、令和?2022年?俺は混乱を極めていた。 にわかに信じ難いが、どうやら俺は火災に遭遇したショックで50年後にタイムスリップしたようだ。
俺は愕然としながらも、ある事に気が付いた。この老人の顔立ちがどことなく俺に似通っているのだ。体格もほぼ同じ位やし……まさか、この爺さんは50年後の俺か?俺は恐る恐る、目の前の老人にある質問を投げかけた。 「あのぉ、失礼ですけど、あなたのお名前教えて頂けますか?」 「わしか?わしは小川ヨシアキや。」 「俺も小川ヨシアキですわ。昭和22年4月13日、枚方市樟葉の生まれです。」 老人、もとい75才の俺も驚いていたが、よくよく聞くと25才の時タイムスリップした過去を思い出して納得していた。 俺は興味本位で25才以降どうなるのか聞いてみたが、75才の俺は教えてくれなかった。因みに75才の俺は大阪市内で一人暮らしとの事だ。
俺は75才の俺に促されて、ある方法で昭和47年に無事帰還した。
fin
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