昭和47年から来た男 第5章
まいど! 昭和47年の大阪在住、小川ヨシアキ25才です
千日デパート火災の発生から二か月経ちました。季節はすっかり夏。
田中角栄内閣発足、沖縄返還、ミュンヘンオリンピック開幕と世間は相変わらず賑やかです。 俺は金曜の夜、新しく始まった刑事ドラマ『太陽にほえろ』を自宅で嫁と晩酌しながら観ています。嫁がテンプターズの頃からの熱狂的なショーケンのファンなもんで、まあテレビの前で騒がしくってしゃあないですわ(笑)
仕事の方は可もなく不可もなくといった所で、粛々と毎日マジメに働いております。 ところが奇跡的に助かった同僚Cこと、営業部の安田コージ君と俺に対するマスコミの取材攻めもようやく落ち着いてきた矢先、新たな懸念が浮かび上がってきました。 どうも最近、安田の様子が明らかに以前と違うのです。 冗談ばかり言っては周囲を笑わせていた根っからのお調子者の安田が、あの火災以降まるで人が変わったように無口で無愛想な男に豹変したのです。あまりの変わりように周囲は戸惑いを隠せないでいました。 火災に遭遇したショックが、彼の人格や神経に何らかの影響を及ぼしたのだろうか?と思わずにはいられないです。
そんなある日の事、所用があって淀川大橋の近くを通りかかった時、淀川にダイブする男を偶然見かけました。よく見るとその男は紛れもなく安田でした。 安田は水面に衝突する瞬間、水面に現れた例の異次元空間に飲み込まれるように姿が消えてしまいました。安田は間違いなくタイムスリップしているようです。 何を思ったか、俺も安田の後を追うようにダイブしていました。 なぜに安田がタイムスリップしてるのか?安田の人格の変化とタイムスリップが何らかの関係があるのか?またもや俺の悪い癖である知的好奇心の揺さぶりが、75才の俺からの忠告を遮断してました。 俺は安田の行先が不明にも関わらず、いつもの如く無意識のうちに50年後の大阪と念じていました。
出てきた場所は京橋でした。昭和46年に開業したばかりの総合レジャービル・サウナグランシャトーはそのままで、「京橋はええとこだっせ、グランシャトーがおまっせ♬」のテレビコマーシャルでお馴染みの歌が流れていました。周辺の飲み屋街も健在なのでいつの時代なのか不明ですが、行き交う人たちが例の手帳型電話を手にしているので、おそらくは50年後だと思います。 やや挙動不審気味に周囲を見渡しながら徘徊していると、唐突に背後から声を掛けられました。 「あれ、小川か?自分、何でここにおんねん?」 振り返ると安田がいました。安田はなぜかこの時代のペットボトルの緑茶を飲んでいました。 「おう、安田おったか。探したで!」 「あのな、もしかしてあれか?小川も千日デパート火災の時にタイムスリップしたんか?」 「そうやで。自分も雨どい伝って降りた言うんは、あれ嘘か?」 「バレてもうたらしゃあない。さすがにほんまの事は言えんわな…」 予想どおり、安田もあの火災がきっかけでタイムスリップが出来るようになったとの事でした。
「立ち話もあれやから、喫茶店でゆっくり話そうか?」 「ええけど、この時代の貨幣持ってるんか?」 「心配いらん、持っとるで。奢ったるわ。」 安田はこの時代の貨幣をどないして調達したんやろ? 俺は安田の後をついていき、京阪モール内のとある喫茶店に入った。 俺はこの際なので、安田に根掘り葉掘りと疑問に思ってる事を遠慮なく問いただしました。 「今おる時代は、50年後?令和か?」 「そうや、令和4年や。小川は未来の自分に会うたか?俺は会うたよ。」「会うたで、75才の自分に。なあ、なんでいつも50年後なんやろ?」「俺も詳しくは知らんけど、時間移動の法則みたいなんがあるらしい。それによると、25年、50年、75年、100年と25年単位で区切りがあって、その区切りの時間でしか移動出来んみたいや。今の俺らはたまたま50年後ばかり移動しよるけど、そのうち他の区切りの移動も経験するかもしれん。あ…あのな、なるたけ小声で話してくれるか?他の人に聞かれるのはマズい。」 俺はアイスコーヒーを飲みながら、食い入るように安田の話に聞き入っていた。安田はタイムスリップに関する知識が、思いのほか豊富であった。 「その知識は未来の自分に教えられたんか?」 「それもあるけど、あの火災より半年ほど前から2~3時間とか長くても半日程度の時間移動は経験してたんよ。原因はわからん。で、当初は思考が追いつかんでちょっとしたノイローゼみたいな状態になってた時、夜寝とったら夢にある人物が現れて、ほんでそいつが色んな事を教えよったんよ。」 「ある人物って誰?」 「わからん。なんせ全身が光っとって、人なんか何なんかさっぱり見当つかんかった。」
「最近の安田は人が変わったように無口で無愛想になった言うて、みんな戸惑ってるし心配しとるぞ。何かあったか?体調悪いとか。」 俺は今現在最も懸念されている事を安田にぶつけた。しかし安田から返ってきた答えは意外な物だった。 「今の俺が本来の俺なんよ。お調子者の俺は、俺のもう一人の裏の人格が出てきとっただけや。」 にわかに信じ難いが、神妙な面持ちで語る姿を見るに嘘ではなさそうだ。安田は俺と同期入社なので、入社以来少なくとも3年間の安田はもう一人の裏の人格が現れていたという事か…… 「本来の人格が出てきたんは、タイムスリップが引き金になったんか?」「おそらくそうやと思う。あ、俺な今からある人と会う予定してるんやけど、一緒に行くか?」 「行ってええの?ええんやったら行くわ。」 俺はまた例によって知的好奇心をくすぐられたので、喫茶店を出て安田の後について行った。しかし50年後の人間と対面して大丈夫なのか?75才の俺が言う所の、未来の人間への干渉になるのでは?と少々不安になったが、やはりここでも興味本位と知的好奇心が勝ってしまった。
俺と安田は国鉄が民営化されたJRの環状線に乗って鶴橋まで行き、鶴橋から近鉄奈良線に乗り換えて東大阪市の瓢箪山駅で降りた。 瓢箪山は中学生の時、野球部の練習試合で訪れた事があったがその時以来だ。俺が中学二年の時やから昭和36年と随分大昔の事なので、その当時とはかなり街並みも風景も変わっていた。 俺と安田は駅前にあるサンロード商店街の入り口付近で、ある人物が訪れるのを待っていた。と、そこへ50代位の上品な雰囲気の中年女が現れて安田に声を掛けてきた。 「25才のコージくんやね?久しぶりやわぁ。」 「こんにちは、ミユキ。やっぱ歳取っても綺麗やなぁ。」 ミユキと名乗るこの女は、安田の友人か知人かと思われる。 「こちらはどなた?めっちゃイケメンやね。」 「ああ、こいつは俺の同僚で小川ヨシアキやねん。」 またもやイケメンと称する単語が出て来た。今回は単語の意味を問うつもりやった。 「はじめまして。安田君の同僚の小川と申します。いきなり妙な事をお伺いしますが、イケメンってどういう意味ですか?」 俺の唐突な質問に安田とミユキは目を合わせて、ぷっと吹き出した。 「小川はこの時代の事知らんもんなぁ。あのな、イケメンは男前とか美男子って意味や。お前は見た目だけはええもんな。羨ましいわ。」 「そうやったんか……しかし俺はこれまで女にモテた事はないで。」 「しゃあないやろ。彼女おって早くに結婚してもうたからな。」 「とりあえずどこかお店に行きましょう。お昼まだなんでしょ?」 俺らはサンロード商店街にある焼き肉店で食事をする事とした。
俺らはとりあえず生ビールで乾杯した。ぷはー、美味い! 「改めて紹介するわ。山下ミユキさん。俺の大学時代の彼女やねん。」 「そう。私が短大1年の時、友達にコージくんを紹介してもうたんよ。」 「ミユキは俺らと同い年やねん。そやから今、75才やったかな?」 俺は正直驚いた。ミユキはとても75才に見えない程に容姿が若い。せいぜい50代半ば位やと思うてた。この時代の老人はあまり老けないのか? 「コージくん、女性に年齢の話したらあかんわぁ。」 「ははは……そうやな、ゴメンゴメン。ところで今日こないして50年後のミユキに会いに来たんはな、俺とミユキが将来どうなるんかを知りたくて来たんよ。就職してからも交際してたけど、昭和46年の9月にいきなりミユキから別れを告げられたんや。あれからおよそ1年程経つけど、やっぱ俺、ミユキの事が忘れられんわ。」 ミユキは穏やかな表情に上品な笑みを浮かべて、ゆっくりと語り始めた。「あの時はゴメンなさいね。私は短大を卒業して大手のアパレル会社に就職したんやけど、入社4年目でフランス支社へ転勤の話が出たんよ。で、どうしようかめっちゃ悩んで、結局フランス行きを決めたんです。コージくんとの結婚も考えてたけど、どうしてもフランスに行きたかったから……本当にゴメンね。でも後悔はしてないよ。」 安田は複雑な表情でミユキの話に聞き入っていた。 「フランスにはいつまでおったん?なんなら俺、今の仕事辞めてフランスに行くで。」 「コージくん、ムチャ言うたらあかんわ。フランスには20年程おったし、向こうで知り合った人と結婚したんよ。離婚して日本に帰ってきたんやけどね。今の仕事辞めたらあかんで。コージくんには私よりもっと相応しい人が現れるから、ね。」 安田はミユキとの将来の望みを絶たれて、ひどく落胆していた。 75才の俺が、むやみに未来の事など知らない方が良いと言った意味が今回の安田の件ではっきりと理解出来ました。良い未来か悪い未来かどちらが待ち受けているかは「神のみぞ知る」のだ。所詮ちっぽけな存在の俺たちは、今を生きるだけなのでしょう。
fin
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