昭和47年から来た男 第6章 最終章
まいど! 同僚の安田と令和4年の瓢箪山を訪れて、安田の元彼女とお会いしている小川ヨシアキです。
ミユキは40才でフランス人の元夫と離婚した後、帰国して心斎橋でブティックを経営しながら実家のある瓢箪山で悠々自適な独身生活を謳歌しているそうです。彼氏はいるみたいですが、結婚はしたくないとの事。
俺はひたすら肉を焼きながらミユキの話に聞き入っていました。
「コーちゃんに会えてよかった。お付き合いしてた時は本当に楽しかったよ。ありがとうね。」
安田は何も言わずただ感情が溢れ出てくるのをぐっと堪えてるようです。
俺らは舌鼓を打ちながら焼肉と生ビールを堪能していました。
そうして俺と安田はミユキと別れました。もう二度と会う事はないでしょう。
安田の落ち込みようは尋常じゃなく、余程ミユキに惚れ込んでいたと思われます。こうなったら新世界で飲み直そうと、安田を強引に誘いました。
「新世界行こか。この時代の酒飲みたいやろ?」
「ああ、気ぃ使わしてすまんな。おおきに。」
俺らはJR環状線天王寺駅で降りて令和4年の天王寺、新世界の街並みを徘徊しました。天王寺駅周辺はかなり近未来的な街並みに変わっていました。
特に驚いたのが、あべのハルカスです。そのビッグスケールに度肝を抜かれました。 「スゲーなぁ、おい。見てみぃよ。ようあんな高いビル建てよったな!」「ああ、50年でここまで変わるんやな。なんか街自体も小奇麗になってるしなぁ。天王寺とは思えんわ。」
俺らは天王寺動物園をブラブラ徘徊した後に新世界にたどり着きました。
通天閣と芝居小屋、周辺の串カツ屋などは昭和の佇まいをそのまま残しています。実に大阪らしいコテコテな風景です。
「ちょっとだけ引っかけるか?」「ええで!」
俺らは串カツとハイボールで改めて乾杯しました。
「なあ、安田よぉ。1つ聞きたいんやけどな、今後もタイムスリップやるんか?」
「いや、もうええわ。先の事知ってもロクな事ないもんなぁ……」 「そうやろ。俺もそう思う。時間移動はこれで終いや。俺ら、いらん能力を
持ち合わせてもうたな……ほんまロクでもない。マジいらんわ。」
「目の前の現実にだけ真剣に向き合うてたらええねん。」
「安田、会社辞めてフランス行くとか云うなよ。頼むで、しかし!」 「大丈夫や。ミユキの事は諦めついたから、心配いらんで。」
「よっしゃ!それ聞いて安心した。さあ、飲め飲め!」
俺らはしこたま飲んで食って程よく酔っ払いました。
すっかり酩酊した俺らは、ふらふらよたよたと千鳥足で難波方面へと歩いて行きました。
やがて千日前にたどり着いた俺らは、かつての千日デパートビルが建っていたビッグカメラなんば店のビルを感慨深げに眺めていました。
「俺らの数奇な運命はこの場所から始まったんやな……」
「そうやな。50年前の大参事が今は嘘みたいや。ほんまにあんな悲惨な出来事がこの場所であったんか?って思うわな。」
「あん時俺ら4人で行ったよな?」
「そうそう。江藤(同僚A)と林田(同僚B)が一緒やったな。あいつら可哀想にな……死んでもうたな……」
俺と安田と江藤と林田は全員が同い年の同期入社で、共に営業部の期待の若手社員として互いに切磋琢磨しながらも週末は飲んで騒いで友情を温めてきた良き仲間であり友なのです。
江藤と林田は不幸にもあの忌まわしい火災から逃れられず命を落としてしまいました。特に江藤はあの火災が起こる二ヶ月前に結婚したばかりの新婚ほやほやだったので、葬儀の時に江藤の奥さんが泣き崩れる姿を目の当たりにした時は胸が張り裂けそうになりました。
「あいつらの分まで俺らは生きなあかんねん。せやないとあいつらに申し訳立たんし、あいつら成仏できんぞ。」
安田は何かを決意したかのように表情を引き締めていました。
「なあ?もしかしたらあいつらが俺らに何かを学ばせる為に、タイムスリップ出来る能力を与えたんかな?変な話やけど……」
「さあな……けど人生観が変わったのは間違いない。」
さらに俺らはふらふらとさまよい歩き、いつしか戎橋に来ていました。
グリコの看板で有名な通称『ひっかけ橋』と呼ばれる戎橋は、興奮した阪神ファンが道頓堀川にダイブする場所としても知られている、良くも悪くも大阪らしい名所となっています。
「ようこんな汚い川に飛び込めるなぁ……」
この時代になると護岸整備がされているようで、昭和の時代よりも多少小奇麗な印象がありますが川の水はやはり汚いままです。
その時、最前からすこぶる酔いが回っていた安田が唐突に妙な事を言い出しました。
「ここからでも俺ら昭和に帰れるかな?」
正直俺は絶句しましたが、安田は真顔で橋の欄干に上ります。
うわぁ、こいつマジや……俺だけでなく偶然周りに居合わせた人達も、安田の奇行に狼狽していましたが、安田は迷う事なくサクッと道頓堀川にダイブしました。やがて淀川でダイブする時と同じように、水面にサイケデリックな色調の異次元空間が出現し安田は飲み込まれるように消えていきました。
周囲の人達は一部始終を目の当たりにして「自殺しよったああぁ…!!!」とか喚きだして大騒ぎになってしまいました。
ああ、やってもうたぁ…しかも他人に見られとるやないか…
俺は身の危険を感じたのでカオスと化した戎橋を猛ダッシュで離れました。あのまま居合わせていたら間違いなく騒動に巻き込まれて収拾がつかなくなると思った俺は、安田が無事に昭和47年に戻っている事を祈りつつ、地下鉄御堂筋線に乗り込み中津で下車して、いつもの淀川大橋を目指しました。
そうして俺も令和4年の世界に多少の未練を残しつつも、いつもの如く淀川にダイブして無事に昭和47年の大阪に帰還しました。
~時は流れて令和4年の大阪~
早いもので、あッと云う間に50年の年月が流れました。
俺はいつの間にか、かつてタイムスリップした時に遭遇した『75才の俺』の年齢に自分自身が到達していました。なんだか不思議な心持ちです。
あれから色んな事がありました。
あの時何を思ったか人目もはばからず戎橋からダイブした安田とは、その翌日会社で再会しました。無事帰れたようで安心したのも束の間、安田は何と退職してしまいました。
まさかミユキを追ってフランスに行くのか?と思い問い詰めるも、地元の徳島で人生をやり直したいとの事でした。その後も俺と安田の交友関係は続きました。
安田は徳島で運送会社を起業して成功し、現在息子が事業を引き継いで自分は一線を退き隠居生活を送っています。
安田はミユキへの想いを断ち切って、地元で見合い結婚をして3人の子供と5人の孫に恵まれて幸せな余生を過ごしています。
俺は団塊の世代と言われながら、終身雇用制度の恩恵を受け部長職まで出世した後に60才で定年退職しました。
しかし私生活の方は波乱万丈でした。俺は45才の時にちょっとした出来心で部下の女性との不倫に溺れてしまい、結局それが原因で嫁のカヨコと離婚しました。
息子と娘からも見放された俺は、自業自得、身から出た錆とは言え寂しい老後を送る事となりました。
5年前に娘からカヨコが胃癌で亡くなったと連絡があり、俺はカヨコへの懺悔の気持ちやら色んな思いが溢れ出て、数週間自宅に引き籠って泣いて過ごしました。
今は大阪市内で一人暮らしですが、不倫相手の部下の女性との交際は続いています。そうです。あの時の75才の俺の彼女とは、かつての部下で不倫相手の吉野エミリです。
エミリは親の介護を理由に早期退職して、神戸の実家に帰りました。
エミリは独身を貫いていましたが、俺との結婚は望みませんでした。
俺もカヨコに対する後ろめたさがあった為か、エミリとの再婚には二の足を踏んでいましたし、おそらくエミリもそんな俺の気持ちに気付いていたのでしょう。お互い会いたい時だけ会って愛し合う、そんなシンプルな関係で満足していました。
そんなある日の事、俺は所用で来阪した安田とおよそ10年振りに会いました。お互いすっかりジジイになりましたが、リアルに対面すると気持ちは若い頃に戻ります。
「よぉー、久し振りやなぁ。元気そうで何よりや。」
俺らは10年振りの再会を喜びあって、新世界の串カツ屋での昼呑みに舌鼓を打ちました。
「俺な、運転免許返納したんよ。そやから高速バスで来たんよ。」
「そうなんや。けど田舎やと車がないと不便ちゃうん?」
「息子夫婦が乗せてくれるからええねん。高齢者の事故が多いやろ?で、息子から危ないんで乗るなって言われて、ほんで去年返納したんよ。」
「そうかぁ…ええなぁ、家族に恵まれて幸せそうや。ええこっちゃ。」
「小川はあれか?再婚してないんか?」
「ああ、俺は一人でええねん。まあ彼女とは時々会うてるけどな……」
「まあ、頼むから孤独死だけはせんように気い付けてくれ。」
「ありがとう。心配掛けてすまんな。お互い先が短いから気を付けよう。」
「って言いながら、飲む量は若い頃と全く変わらんな。ハハハ!」
幸い俺も安田も健康状態は至って良好で75才の現在まで大病もせず元気に過ごしています。
酒の量も相変わらずで、まあほんまに呆れる程よく飲みます。加えて食欲も旺盛で串カツ盛り合わせも見てる間に食べ尽くしていました。二人とも先天的に身体が丈夫なのでしょう。
千日デパート7階のキャバレーで毎週末、飲んで歌って踊って騒いで楽しく過ごしていた若き日の思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡っています。
「久し振りやから、ちょいとぶらぶらしたいわ。」
程よく酔いが回った安田が外に出たいと言い出したので、俺らは店を出て当てもなくぶらぶらと徘徊しました。
やがて俺らは戎橋にたどり着きました。何やら人だかりが出来て騒々しいです。
「ん?何かあったんかいな?」
と人だかりの方向を眺めていると、欄干に上がっている若い男が見えました。あれ?もしかしてあれ、安田ちゃうんか?とかつて25才でタイムスリップした時、安田が道頓堀川にダイブして騒動になった過去を思い出しました。
「ああ、そやな。あん時の俺やわ。まさかこんな場面に出くわすとはなぁ…
我ながらおもろいなぁ、ハハハ!」
安田は実に能天気なもんです。よく見ると、安田の奇行にビビッている25才の俺もいました。
「おい、兄ちゃん危ないでぇ!飛び込むんは阪神が優勝した時だけにしときいや。」
周囲のギャラリーも若干引いています。しかし25才の安田の耳には全く届いていないようです。そしてついに安田はダイブを敢行しました。
「自殺しよったああぁ…!!!」
周囲は騒然となりカオスと化しました。25才の俺はあたふたしながら何処へと逃走してしまいました。
「あ~あ、やってもうたなぁ……ハハハ……」
「しかし50年前の俺ら、ほんまアホ過ぎて笑えるわ!」
この後何年生きれるかわかりませんが、俺と安田の一風変わった人生劇場は、これにて幕を閉じます。
読者諸君、ご清聴ありがとうございました。
完
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