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【長編詩】空気未満

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綺麗な言葉ばかり呟いていたいの。ずっとずっと無意味で、どこまでもどこまでも空っぽで、少しだけまわりの二酸化炭素濃度を上昇させるだけの、そういう言葉を。ずうーといっても延々と変わることがない、白んだ空模様。いまにも雪が降りそうだけれど、でもほんとは、それ以上でもそれ以下でもない、ただ薄暗いだけの空模様。わたしの虚無が、わたしの、死にたくも生きたくもないという、いまにも軽蔑されそうな、この空気未満の気持ちが、自然に赦されていると感じる。なんだか、意味をもった言葉を口にするのは、死にたくなったときだけでいいような気がしてくる。うん、それまでは文字化けしたみたいに解読不能な言葉を吐き出すだけの、名もない吟遊詩人でいよう。馬は持っていないから、切符を買って、働いて貯蓄が増えたら定期券を買って、私鉄の電車に乗る、千円払ってタクシーに乗って、一駅分の距離で降りる、それでも風に靡いた長い黒髪みたいに、いろいろな場所を行き交って(行き交ったような気になって)、季節とか星とかのことばかりを詠うの。ほんとは、雲の名前も星の名前もよく知らないし、昔同じクラスだった?(記憶が正しければ同じクラスだったと思う)あの子のほうが、きっとよく知っている。背と同じくらいの望遠鏡を持っていた、理科だけが得意で、ほかにはなにも出来なかったあの子。わたし、知らず知らずのうちに仲間意識を感じていたことだけは今でも覚えていて、けれどももう顔もはっきりと思い出せない。ああ、でも、もう、なにもかも、どうでもよくなってきたな。星も雲も友達なんかじゃないし、詳しく知りたいとも思わない。あの子も、最後には、友達になってくれなかった。だから、藍色の空の上で、名前がなんであろうが、ただそこで綺麗に光っていればそれでいいし、たとえ知らないうちに違う星に成り代わっていたとしても、わたしが気づかなければ、それでいいよ。
目を覚まして、朝陽なのか夕陽なのか、それすらも分からないまま空を見上げて、ああ、生きてて楽しいことなんて、なにひとつないけれど、死ぬのが怖いって、いざぐるぐるぐるぐる考え始めるのは、家具屋で買った低反発の布団の上だけだから、ひとことでもわたしが「死にたい」とか言ったら、痩せ細った誰か、誰なのかは分からないけれども、哲学者みたいな誰かに怒られそうで、ああ、やっぱりなにも言えないまま、息が苦しい。もうすでに、死生観は哲学なのかもしれないし、学問なのかもしれない。それはつまり、死にたい気持ちは、みんなのものってことで、味気ないし、そもそもわたしはそんな勉強なんてしてない。いきなり、二酸化炭素の濃度が上昇してきたみたいね。わたしの言葉、綺麗で無害なだけ、とか、どうやらそうは行かないらしい。わたしも、道行くひとも、気づけば、みんなみんな瀕死。
 
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宿酔いみたいな気分が一年中続くようになったとき、わたし、無意識に、出会ったこともないきみを絵に描いていた。そう、あくまで脳内で。絵が描けないのは、はるか昔の図工の時間から、もう知っているから。
きみが医者だと知っていて治療させたいのかもしれない。いやほんとのところは自分でも分からないのだけれど、ただ、話すことがひとつもないのに、友達がほしいってだけは思うの。その感情を、どうやら世間では性欲と呼ぶらしいけれど、それは、ただ辞書で調べた知識みたいに、なんだか腑に落ちなくて、だからわたしは、ひたすらに碧い湖面を見つめていた。朱色の陽差しの先にある消失点、凪いだ漣を眺めるときの虚無を、希死念慮だと曲解して、わたしはいつまで経っても変わらない。息苦しさだけが増していって、綺麗な綺麗な詩を詠んでいる。わたしが意味のある言葉を口にするのではなく、きみ(きみが果たして誰なのかは分からないけれど)が意味のある言葉を口にすること、その言葉で、わたしの言葉を、わたしの存在を意味のあるものにすること、きっと、そうなって初めてわたしは死ねるのだとようやく気がついた。周囲で熱狂する観客みたいな心情、ってよく知りもしないものに喩えてみるけれども。
たぶんだけれど、きみは、ロボットを修理する機械工なのかもしれないね。でたらめに吐き出すだけの言葉。わたしの手足が、少しずつ、ぎこちなく、軋んでゆくのを感じる。ねえ、どうして?わたしに背を向けないで。わたしには、きみが、なにも言っていないのに、「本当は、心から死にたくなんてないんだろ」と言っているような気がして、なんだか目に見えない透明な力で、緩やかに首を絞められているみたい。ほんとは、言葉じたいに意味なんてないこと、誰も彼も、どこまでも空っぽな言葉を発しながら、愛とか友情とかでかろうじて結び付いていること、わたしはいったいどうすれば信じられるの?嘔吐するみたいに、透き通った無色の言葉を吐いて、満身創痍。みんな瀕死だけれど、ほんとはわたしだけが苦しいように思える。そう、なんていうんだっけ?ゾンビ?哲学を詠っても、愛を詠っても、誰も、わたしの手を握らず、誰もわたしを星に喩えない。
醜悪な表情で、めぐる季節と一緒に歳月を重ねて、それでも詠い続けていて、ねえ、ただ死ぬときだけでもいいから、きみだけは、ただひとりの、わたしの友達になって。

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火葬されて、立ち上る煙になった。季節と一緒に濾過されて、もうそれはたぶん、わたしとはとても言えないようなものだけれど、きみの肺を、動かすために、そして風が吹き抜けるみたいに、めぐる。難しいこと、なんも考えなくても、みんないつしか他の人を生かすための空気になれるって気がついた三回忌。きみは、いつまで経っても、わたしを知ることのない、どこかの星の住人だった。

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