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恋慕の音響#2「君に焦がれた冬上夏下(Ⅰ)」
1.調月奏の憂い
仕事帰りの12月。
冷たい外気が身体を震わす。
夜の街は毎年のように輝きに満ちている。
お店の中も、大通りのイルミネーションも。
俺以外の大勢の人間の心を照らしている。
なんちゃってキリシタン達が、各々クリスマスに沸き立つ中で。
無神教の俺は思案にくれていた。
(……新曲、どんなの作ろうかな?)
気付けば、今年も終わっている。
会社と家を往復し続けた、あっという間の一年が終わる。
(去年がリア充爆発をイメージしたロックだろ……?なら今年はあえてバラードで行ってみるか……?)
高校生の頃から、音楽をyoutubeに投稿し始めてはや三年。
社会人になっても、未だにこの趣味だけは続いている。
最初期は有名な曲を弾いてみるところから、今では初音ミクを中心にオリジナルのVOCALOID曲を投稿している。
今では登録者も数万人いて、投稿した動画には、いつもそれなりに嬉しい評価を貰える。
「ここまで自分の弱さを赤裸々に吐き出した曲、最近あんまり聞かなくなったよな……」
「なんか凄くまっすぐなギターだなぁ……」
その度に、自分の曲が誰かに届いていることを実感して、いつも嬉しくなる。
それなのに。
いつもどこか満たされない。
それはきっと。
「約束だからね!いつか一緒に………」
アイツの声を覚えているからだ。
「はぁ……」
思い出す度、自責が募ってしまう。
(……なんで、あんなことしちゃったんだろうな。)
考えたって仕方ないのに。
願ったって取り返せないのに。
また、俺はため息を吐いた。
2.奏でた雫とクリスマス
今日は12月24日。
浮き足立つ周りを羨みながら、今年最後の吹奏を終えた俺は帰り道を歩いていた。
時刻は18時を既に回っている。
いつも知っている道のはずなのに、今日だけは「普段と同じ」であることにむなしさを感じていた。
せっかく、好きな人と一緒に歩いているのに。
「はぁ……リア充め。」
吹奏楽部の同期三人と駅に向かって歩きながら、俺は虚空に悪態をついた。
「ホントにね!リア充なんざ滅べばいいのに……」
俺に続いて同期の結は言う。
「流石に二人とも過激すぎない?」
そんな俺らに、アイツ……雫は呆れているようだった。
この時期になると何故か街行くカップルが目につきはじめて、その度に俺の心は揺れていた。
結と喋ってる雫の横顔を見る。
雫とは小学生の頃からの付き合いだ。
学童保育で一緒だったこともあったっけ。
人付き合いがあんまり上手くないやつで、いつも部屋の隅っこにいた。
子供の頃の俺は、そんなアイツをほっておけなかった。
女の子と何を話していいか分からなかったからか、話す時はいつも音楽の話をしていたな。
戦隊もののOPが好きだとか、親の車で流れてる曲のタイトルが分かんないんだとか。
そんな他愛ない話だけど。
アイツは笑ってくれていた気がしたんだ。
思えば、その時から。
「……あっ!ねぇ見て!綺麗……!」
思考を遮るのは雫の声。
いつもと変わらない笑顔だ。
いつの間にか着いていた駅前では、イルミネーションに包まれていた。
光が空を駆け抜けて、小さな灯りが辺りを点々としている。
「ホントだねぇ……毎年通りだけど。」
結も何かを感じてるようだったけど。
俺は、ただ雫のことを見ていた。
光になんて目もくれず。
「……奏?」
あの頃とは違う、彼女の姿を。
あの人と重なる、彼女の姿を。
3.奏でたギターに込める夢。
小学生六年生の頃だっただろうか。
ロックバンド好きの母親に連れられて、とあるバンドのライブを観に行った。
ライブが始まる前は薄暗かったのに。
始まった途端に、照明が激しくなって。
「それでは聞いてください。」
「「「「羨望の夢!!」」」」
メンバーの向上が木霊する。
一斉に演奏が始まっていく。
掻き鳴らされるロックなギターに。
ドラムやベースが追従する。
直視出来ないくらい眩しいはずなのに、それが気にならなくて。
髪の長いギタリストの高いボーカルが響く。
「気づいたんだ
私にだって
好きなものがある
私にだって
興味がある
好きに出会う
その瞬間
雷鳴のような
出会いだった」
その声はまっすぐで、かっこよくて。
でも少し寂しくて。
「憧れて
走って
転んだのなら
本当の気持ちに
気づくだろう
きっと貴方は
私の憧れ」
あの声を聞いてると、いろんな感情が溢れてきて。
気づいたら、あのギタリストに憧れてしまっていた。
それと同時に。
僕も、あの舞台に立ちたいと思った。
少しでもあの人に、近づきたいと思った。
正直、今でも無謀な夢だ。
家に帰った僕は、サンタさんに願った。
「お願いします。なんでもするので、僕をあの人みたいにしてください。」
クリスマスの朝、ベットにはあの人のものに似たアコースティックギターが横たわっていた。
4.諦められない
(…………)
自宅のベランダ。
ぼおっと夜空を仰いでいる。
相変わらず星は輝いていて。
相変わらず俺は変わらない。
突き刺すような冬の風に心は引き戻されていく。
気づけば涙が溢れ落ちる。
けど。
泣いたってなんにも変わらない。
あの人がライブを開かなくなってから。
アイツの元を離れてから。
俺を助けてくれる人はもういないって。
そう、錯覚してしまったから。
だから。
涙を拭い、前だけを静かに見つめた。
全てを失った訳じゃない。
あの日僕が願った夢だけは、終わってない。
だから。
あの日の想いを、曲にするんだ。
あの日出会ったアコギと共に。
確かな信念を持って。
今の後悔を埋め尽くすほどに。
(……俺じゃ、まだまだあの人に届かないけど。)
「……まだまだ、作らなきゃな。」
そう呟いて。
俺は。
ミクとギターが待っている、薄暗い部屋の中へ戻っていった。
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