[小説]『しまいこんだ初恋のこと』
私の初恋は、いつのことだったでしょう。
それはきっと、遥か昔。
確か、小学校の頃でした。
その方のお名前は、仮にMさんと呼称します。
その頃の私は、支援学級と呼ばれるクラスに所属していた、いたって普通の変わり者でした。
いつからだったでしょう。
私とMさんはいつも一緒でした。
クラスでも。
学童でも。
Mさんとの出会いは、いつだったでしょう。
Mさんとは、どんな会話を交わしたでしょう。
Mさんとは、どんなおやつを食べたでしょう。
Mさんといる私は、どんな気持ちだったでしょう。
思い出せるのは、あの胸の高まりです。
今恋をしたとしても、変わらないあの気持ちを。
恋をするという気持ちを、その時の私は初めて知ったのです。
胸の高まりと同時に、沸き上がってくるこのモヤモヤのこと。
悶々としていたある日のことです。
父親とお風呂に入った時、意を決して伝えました。
Mさんといる時は、胸が高鳴ること。
Mさんといない時は、心が苦しいこと。
恋を知らない私は、素直でした。
その時に初めて、私は「恋」を知ったのです。
父の言葉を、当時どれだけ理解できたかは忘れてしまいましたが。
Mさんのことが好きでした。
そんな私に、いつも神様は微笑みません。
両親の都合で、引っ越すことになってしまいました。
何故でしょう。
その日はとても悲しかったのに。
無駄に綺麗な晴天でした。
そんな時でも、支援学級のみんなは優しくて。
先生は私とのお別れに、当時大好きだった仮面ライダーの人形をくれました。
すごく嬉しかったことを覚えています。
先生、ありがとう。
それにしても。
Mさんとは、どんな話をして別れたのだろう。
何か大切なことを話したんだろうか。
今もなお、思い出せないままでした。
あれからしばらくたって。
Mさんから手紙が来ました。
内容を見てみると、進級後の日々についてを書いているようでした。
当時の私から見て、とても綺麗で素敵な文字が書き連ねられていたこと。
Mさんの言葉だったこと。
その全てが。
私はすごく嬉しくて。
大切な記憶として、手紙をしまいこんでしまいました。
以降、Mさんとは連絡をとっていません。
当時は、子供が携帯を持つことが信じられない時代でもありましたから、連絡先を交換できなかったのもあるでしょう。
けれど。
私がしまいこんでしまったから。
新たな場所で息をしたから。
きっと、会わないままで。
美しい思い出のままだったのでしょう。
幼い私達は、知らなくたっていい。
暗い思い出なんて、初めから必要なかったのです。
そんなことを、今更思いながら。
こんな日のために。
久しぶりに棚から出した、あの手紙の文字をなぞりながら。
今となっては間違いだらけの、拙く愛おしい手紙を手にしながら。
「……元気にしてるかな。」
明かりのついた、六畳半に。
そんなことを、ふと思いました。
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今作についての作者コメント
「とても、素敵な思い出でした。」