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恋慕の音響#1「孤立とギター」

「詠春 雫(エイシュン シズク)……だったっけ?あの人、いつも一人でいるよね……」


一人の女生徒が、横にいるもう一人に声をかける。


「不思議だよね。あんなに綺麗な人なのに……」


「毎日ギター持ってきてるけど、講義の後はどこ行くんだろうね?」


後期が始まったばかりの、とある3限の講義中。


窓側の席からは、紅葉が見れる頃。


後ろの方では今日も変わらず、集中力の欠けた奴が、誰かを噂する声が聞こえてくる。


今日の噂は、私に対して向けられていた。


人の目とは、なんとも気まぐれなものだ。


私なんてまだ、たいしたこともない人なのに。


黒髪に白のシャツ、黒色のロングスカートというシンプルな服装に、ハートのネックレスと、見た目だってあまり他の大学生と変わらない。


唯一他人と違うところがあるとすれば、人と関わらないようにしているというところだ。


講義ではなるべく前に行き、誰の横にも座らないし、持ってきたギターは、ご丁寧にいつも机の下に置いている。


そんな感じの、おとなしくて暗い女。


みんなには、そういう風に見えてると思う。


事実、噂をしている奴らどころか、担当ゼミの教授以外くらいしか喋っているところを見たことがないことだろう。


それはそうだ。


私はいわゆる「孤立型」の大学生である。


一人で履修を組み、一人で食堂のご飯を食べ、一人で一日の講義を終える。


そして、一人図書館で課題を終わらせてから帰路に立つ。


こんな何気ない日常に対して、つまらないと感じながらも、私は心の底から安堵していた。


誰にも傷つけられない平和な日々。


きっとそれが、私が一人で息をする理由なのだろうと、そう思いながら。


夜。


今日も、4限後の吹奏楽部の活動を終えてから家に帰る。


部活の人たちとは、それなりに話す。


特に同じ部活に所属している高校時代からの友人である文月 結(ふづき ゆい)は、私にとっては唯一の友達と言える程の存在だ。


帰り道が同じなので、時折同じ電車に乗って長く会話する時すらある。


そうやって、たまに結と他愛ない会話をして、人恋しい気持ちを埋め立てる。


そんな日々が続いたある日、結はこんなことを私に言ってきた。


「雫って凄いよねぇ。聞いたよ、路上ライブしてるんだって?うちのサークル、ライトな感じだし、そこまでガチなやつもそういないし、すぐ噂廻ってきたよ。」


「……そっか。」


「聞けば雫に投げ銭してくれるファンもそれなりにいるらしいじゃんか。やっぱギタリストは目ぇ引くなぁ……」


「私にしてみれば、結も凄いよ。リーダーシップもあるし、いっつもドラムでみんなを支えてくれるじゃん。」


「ドラムの腕もリーダーシップも、一年の中では比較的にあるってだけなんだけどね。ただ経験者なだけだし。

一息ついて、結は言った。

「そんな私も、結局は誰かに支えてもらってばっかりだし。授業とかもだけど、いつも一人で頑張ってる雫はやっぱり凄いよ。」


「……そんなことないよ。」


本当に、そんなことなんてないんだ。


「ところで、話は変わるんだけど、雫って彼氏とか作る気はないの?」


「えっ……」


考えたこともなかった。


日々が忙しいのは当たり前のことだし、人に頼れないことも当たり前だと思って生きてきたから。


「……正直な話、私雫のことが心配なんだ。」


結はまっすぐな瞳で、私のことを見つめる。


「私だって、学部違うからあまり側にいてあげられないし、そういう存在がいてくれたら割と安心できるんだけどな。」


「……少なくとも、私はもう男の人とは関われないよ。」


だって、アイツにあんなことを……


「……あー。奏のことでしょ。」


ほんと、結には叶わないや。


「大学入る前だったよね。奏と大喧嘩したみたいで。大分凹んでたのは覚えてるよ。」


「………」


全部見透かされてるみたいで。


つい、何も言えなくなってしまう。


「話したくなったらでいいけどさ。いつでも相談してくれていいんだよ。」


まだなにもない、そんな私にも。


真剣な面持ちで、結はこういってくれる。


「……私、待ってるから。」


電車を降りて、結と別れる。


駅からしばらく自転車に乗って帰るのもあって、家に帰る頃には、時刻は既に22時を過ぎており、丁寧に片付けられた部屋が私を迎える。


玄関先の風呂場から、洗濯かごがチラリと見えた。


「……あー。そろそろ洗濯しなきゃか。」


けだるげに、ため息を吐く。


しかし。


両親には無理を言って一人暮らしをしているのもあり、あまり頼れない。


仕方なく、家事を済ませていく。


「……いただきます。」


片付けられた丁寧な部屋。


私にはまだ、何もない。


休日にやることはまちまちだ。


自分で言うのもなんだけど、比較的アクティブに動く方だとは思う。


学校帰りも含めて、週に4~5回くらい飲食店のバイトに行ったりもするし。


ギターの練習もかねて、たまに路上ライブをしている。


場所は最寄り駅から数駅離れた、とある大通りだ。


ライブをするにあたって、もちろん警察の許可もきちんと取ってる。


警察のおじさんのぼやきを聞く。


「いつも行っているけど、路上の人の迷惑にはならないようにね。」


その警官は気だるげな表情で、愚痴をはくように言葉を続けていた。


「最近は苦情はないけど、いつ騒音の苦情がいっても不思議じゃないからね。」


「……はい。気を付けます。」


そんな会話をしながら、交番を後にして、いつもの場所でギターを掻き鳴らす。


観客の数はそこそこ。用意が出来たら演奏を始める。


いくらかみんなが知ってる曲を引いた後、決まって最後にこの曲を引くことにしている。


「それでは聞いてください。オリジナル曲で「渇望」」


「愛する気持ちに

線は引けない


だけど貴方が

分からない


本当の思いが

聞きたいよ


説明もなしに

消えんなよ


貴方に委ねた

未来の展望 


貴方に焦がれた

私の気持ち


それだけが

全てだから」


路上でギターを持って。


メジャースケイル掻き鳴らす。


歌詞と演奏に思いを込めて。


そんな重いが響いたのだろうか。


ファンは一定数いるみたいで。


拍手だって聞こえてくるし。


まだ少ないけど、投げ銭してくれる人もいるみたいで、缶は少しだけ満たされていた。


こうやって私の腕が評価される度に、「私はまだ生きている」って気持ちが沸々と涌き出てくる。


「渇望」


この曲は高校二年生の頃、私にとって片想いの相手だった「調月 奏(ツカツキ カナデ)」がメロディを着けてくれた思い出の曲だ。


歌詞を作るのは得意だけど、未だにメロディがつけれなくて、この曲ばかりを擦ってしまってる。


それが悔しくて。


つい声を荒げてしまう。


直さなくちゃって、分かっているんだ。


投げ銭の入った缶を懐にしまって、家に帰っていく電車の中で、ふと物思いに耽る。


私は、アイツのことが嫌いだ。


もちろん悪いやつじゃないのは知ってるけど。


アイツのことが、今でも分からない。


何処か近寄りがたくて真面目な堅物だけど。おっちょこちょいな子供らしさに、ついつい世話を焼きたくなる奴で。


そんなアイツは、私と違って多くの人に囲まれているようで、少し前まではとても輝いて見えた。


そんななのにさ。


アイツ、あんまり自分に自信ないみたいでさ。


私と会ったあの日から、暇さえあれば、音楽のことを必死に学んでいて。


「将来は総再生数億越えのボカロPになるんだ!」

って、息巻いてたっけ。


それもあったのかな。


いつも「まだ俺は何者でもない」みたいなこといってたっけか。


私にとっては、誰よりも素敵な人だったのに。


そんな彼に、私は魅せられたみたいで中学から同じ吹奏楽部に入って音楽を始めた。


君は、どこか嬉しそうだった気がする。


来る日も来る日も。


一緒にギターを練習する日々。


君の演奏に惹かれ。


君の横顔に惹かれ。


そして、君の優しさに惹かれ。


私は、君が好きになっていたんだ。


なのに。


高校三年生になったあの日。


「ごめん。雫にはもう会えない。」


あんなことを言われてしまって。


つい、言い返してしまった。


突然だったんだ。


少し前まで、楽しくお話出来ていたのに。


なんでそんなこと、言われなきゃいけなかったんだろう。


分からない。


何も分からないままで。


ただ。


後悔と苦しみを、一人で抱えながら。


今、私は生きている。


生きてしまっているんだ。


あとがき
いかがでしたでしょうか。この作品は以前pixivに投稿した「禁断少女「詠春シズク」シリーズ」のリメイク作品になっております。最終回投稿の2024 3/20から、はや8ヶ月ほど。この間での投稿者としての成長が今回の作品に滲んでればいいなと思っています。よろしければコメント下さると作者も嬉しいです!

↓この作品についての概略を知りたかったり、原作を実際に読んでみたい方はこちらのリンクからどうぞ!



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