【小説】連立のアキレス 第2話
前回のあらすじ
【注意】この物語は事実を元に解釈を広げたフィクションです。
2021年夏、新型コロナウイルスのまん延で行動に制限がかかる中ではあるが、柳本さんが地元の選挙区に無所属で出馬する決意を固めてから私たちは本格的に動き出そうとした。
しかし柳本さんは「下手に動かない方がいい」と行動を抑制してきた。
「どうしてですか?いまからその意向を話して、自民党本部と公明党をけん制しましょうよ」
「今はその時期ではない。衆議院の解散間近に話すことでただでさえ忙しい中では離党と出馬を認めざるえない状況にさせることが大事だ」
「な、なるほど・・・焦らずにいくんですね」
流石は真面目なお方。ここは変に動かずに離党は選挙直前まで温めておくことにしたようだ。すぐ離党して妨害されるくらいなら直前に話すのが妥当という算段なんだろう。
ひとまず選挙運動に必要な名前入りのタスキやポスター、選挙はがきの製作を始めることにした。
2021年8月頃、公明党は私たちの動きを既に察知しており、東京で自民党本部に牽制をかけていたようである。
「自民党さん・・・大阪で柳本顕くんが出馬の準備をしておるぞ。もし我々の選挙区に無所属で出馬しようものなら我々はすべての自民党候補に推薦を出しません」
早速公明党の幹部は自民党の幹部に忠告したが、
「大丈夫でしょう、1年前に大阪都構想の住民投票と総選挙が同日で行われるなら地元の小選挙区で出馬すると言い出したが結局は『やるやる詐欺』でしたよ」
過去にも同じような事を言い出していたから自民党本部の幹部は軽くかわしていた。
「忠告はしましたよ・・・」
連立内閣を行う二つの党の温度差は明らかだった。深刻に考えている公明と楽観的な自民。この自民が慌てふためくほど柳本顕が本気で動いてたことをその時は知る由もなかった。
一方私たちは柳本さんの出馬に向けて着々と準備をしていた。来たるべき選挙に向けて様々ものを手配していた。選挙ポスターや名前入りのタスキは出来上がっており、これを柳本さんが掛けて地元の選挙区で演説する日が近づいていると思うとこちらも熱くなる。だが選挙はがきは解散時期にあわせて刷る予定なのでまだデザインのままパソコンに保存してある。というのも「自民党籍を離脱」旨を入れるのは選挙と同じ時期にするためだ。そう柳本さんは解散間近に離党届を提出するためまだ自民党に籍をおいているのだ。
「出来上がりましたね。いやー柳本さんがついに国政選挙に出るんですね。公明と自民の者共に目にモノを見せてやりましょう!」
名前入りのタスキをかけた柳本さんをカメラに収めた。公職選挙法によりこれらを公の場やネット上には出せないものの、関係者だけで柳本さんの勇士を写真に残した。
「ええ、ここまでこれたのは皆さんのおかげです。今日は新しい柳本顕の本格スタートです」
意気揚々と拳を天に掲げた柳本さんを私たちは拍手で激励した。しかし我々は思い知らされることになる。自民党と公明党が本気で連立を維持したいがために我々のことなんてどうでもいい扱いをしてくる事を…
2021年10月、衆議院が満期解散になり総選挙が始まろうとした時、私たち柳本陣営も本格的に動き出した。
「それじゃあ行ってくるよ!」
「柳本さん、いってらっしゃい!」
10月5日の早朝、柳本さんは今回の総選挙に自民党の離党して無所属で地元の大阪3区に無所属で出馬する意向を伝える為に東京の自民党本部に向かっていった。今は自民党の一般党員である柳本さんはお金がないため、普通に新幹線に乗るのではなく旅行会社が提供する旅行商品である格安の日帰り新幹線プランを使っていくようだ。柳本さんを見送った我々にできるのは祈る事のみ、そして自民党本部が彼の離党届を受理してくれる…いや最悪除名処分してくれる事だ。今の柳本さんには自民党を除名されたとしても私たちがついている。どんな形であれ自民党を離れて地元の力で柳本顕を国会議員に押し上げるのだ。だが待ち受けていたのは最悪の手段で止めようとする党本部の醜悪な実態だった。
翌10月6日の朝、5日の深夜に大阪に戻ってきた柳本さんに党本部の反応がどんなんだったかを聞く為に集まった。
「昨日はお疲れ様でした。どうでした?」
「結論から言うと、あまり感触は良くなかったよ…離党届は受理されなかったよ」
「じゃあ除名…」
「それもしないって…除名しても出馬するのがわかっているなら除名しないと言い出した。公明にケンカ売るような行為はどうしても止めたかったんでしょうね」
初っ端から渋い結果に一同顔をしかめてしまう。その後柳本から語られたのは自民党が「自分党」であるかがわかる、どれだけ自分勝手なのかを思い知らされるものだった。
10月5日夕方、東京の自民党本部を訪れた柳本は党幹事長に衆院選の出馬する意向を突きつけた。
「私は10月31日に行われる衆議院議員選挙に地元の有権者に選択肢を与えるために自民党を離党して無所属で大阪3区に出馬いたします。本日は衆院選に出馬するために離党届を受理して頂きたく自民党本部に参った所存でございます」
柳本の意向に自民党本部の幹部達は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をした。
「あの小選挙区に無所属で出るって正気か?あそこが我々自民党にとって犯してはいけない『聖域』だって君だってわかるだろ」
「もちろん熟知しております。でもこのままでいいのですか?私や該当する選挙区の自民党員や支持者の皆さんは不満を抱え続けています。そんな皆さんに選択肢を与える為にも私は自民党をやめる覚悟です」
「それは困る。頼むから出馬を取りやめてくれ。代わり翌年の参議院選挙で比例の中でも確実に当選できる『特定枠』に入れる。確実に国会議員になれる待遇を与えるから、大阪3区から出るのをやめてくれ」
「そんなんでは地元の有権者は納得できません。それに私は一昨年の参院選に出る予定でしたのに、無理やり大阪市長選に出されたあとそのままほったらかしにされたことを許していません。こんな自民党にいるくらいなら辞めて大阪3区に出馬するのみです」
これには党本部は大慌て。柳本に出馬取りやめの説得に出る。しかし彼は取り合わなかった。当然だろう、これまで冷遇されてきた意趣返しでもあるのだから。
取りやめる代わりの対案である『翌2022年の参院選での優遇』も今の柳本には魅力的ではない埋め合わせだ。
このままでは柳本が本当に自民党を離党して無所属で公明党の選挙区にケンカを売ることになる。この騒動を党内で止めてマスコミを通じての公表を避けておきたかった党本部の幹部たちはさらなる対案を提唱する。
「だったら自民党のままで大阪8区への出馬はどうだ?」
大阪8区。前任の自民議員がある不祥事を起こし離党したため空席になっていた大阪北部の選挙区に柳本を入れることで手打ちと考えていたが柳本には
「ふざけてます?私は生まれ育った西成を含んだところで出馬したいんです。縁もゆかりもない場所で戦っても負けるに決まっている。これ以上負ける戦いには・・・」
過去に大阪市長選で2連敗を喫していた柳本に、負ける可能性の高い選挙区への出馬はこれ以上御免といったところだ。この時点での策が付き、言葉が出ない党の幹部たちに柳本はさらに言い放つ。
「話になりませんね。帰りの新幹線の時間も近づいてきたので今日のところはこれにて失礼致しますが、私は無所属で大阪3区に出馬する意思は変わりませんので公示日までに離党届を受理するか、除名処分にするか考えておいてください。これにて失礼します」
柳本は自民党本部を去ってその日のうちに最終の新幹線に乗り大阪に帰ってきた。
「そりゃ私だって離党届をすぐ受理されるとは思っていないよ。何より自民党を裏切ろうとしているのは事実ですから…でも皆さんの事を思って粘っていたけど時間が限界で…こうなれば報道陣を呼んで無所属で出馬する意向と出馬会見の予告をすぐに手配しましょう」
こうして柳本さんは7日の朝に自宅前に報道陣を呼んだ。
「今回の衆議院選挙にあたって出馬の意向を示す会見です。顔ぶれという意味においては客観的にですが衆議院選挙を間近にして選択肢がないなという事で地元の選挙区・大阪3区に自民党を離党して無所属で出馬する所存でございます。明日8日の夕方、離党して出馬会見を開きますのでよろしくお願いします」
これは連立政権を組んでいた公明党相手に喧嘩を売ることとなり、それを知った公明党は怒りをあらわにした。柳本さんの出馬の意向を聞いた公明党の代表は、
「そういう動きが出ることは好ましくない。大阪3区のみならず自公の協力を既に進めているところでも様々な影響が出かねない」
と自民党相手に牽制を仕掛けてきた。これにあわてた自民党はなりふり構わず柳本顕を抑えこむ作戦にうって出ることとなる。
続く
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