Connecting the dots
朝のルーティンから始まった私の人生散歩
朝起きて瞑想する。そして、その後、白湯を飲んでほっと一息つく。庭に出て目を閉じ、自然の音に耳を澄ます。木の葉擦れの音や小鳥の囀り、リスが忙しく木の枝を渡り歩く音など、生命の音がいろんな方向から暗い静かな世界に入り込んでくる、、、。
これが私の最近の朝の日課。
ある朝、ふとこの自然の音を自分の真っ暗な世界に取り込む延長で、今ここの現在に至るまでを辿ってみた。
カナダに来た。仕事を辞めた。カナダ人の旦那さんと結婚した。カナダ人の旦那さんに出会った。関西で就職した。コロナ禍に休学してカナダに留学した。……もっともっと遡れば、看護学生になった。センター試験に失敗して地元ではなく地方の大学に進学した。
いろんな人と出会い、別れを繰り返してきた、、、。
そして今、私の周りには大好きな友人や家族、そして旦那さんがいる。
私の周りにいる人たちはどんな人生を辿ってきただろう。どんな選択をしてきたんだろう。
もし私があの時違う道を選んでいたとしたら、、、もし旦那さんが彼の人生においてどこかで実際と違う選択をしていたのなら、、、。
さらにさらに遡って両親が若い頃違う選択をしていたら、、、彼らが出会っていなかったら、、、。
私たちが違う選択をとったバージョンのパラレルワールドがあるとするならば、果たしてその世界では私たちは出会っているのだろうか?今私はどこにいてどんな生活を送っているだろうか。もしかしたら日本にいるかもしれない、仕事に疲弊しているかもしれない、もしくはバリバリのキャリアウーマンライフに突っ走っているかもしれない。
そもそもこの世界にいないかもしれない。
その夜、旦那さんの幼馴染カップルが家に遊びに来て一緒に夕飯を食べた。
いろんな話で盛り上がったのだが、話題はコロナ禍時代に移り、旦那さんがどういう経緯で日本に来ることになったのかという話になった。
その話は旦那さんから一度聞いたことがあったのだが、再び聞くと、とても興味深く、私にとってはタイムリーなテーマの話でもあり改めて感動した。
旦那さんが辿ってきた軌跡
旦那さんは2022年の春にワーキングホリデービザで約5回目となる来日を果たした。
彼は何度か交換留学等で日本を訪れる内に日本の食事や文化、人々に惚れ込み、いつしか日本に住む日を夢見るようになった。そして毎日必死に日本語を勉強した。当時の彼を知る彼の友人や家族が口を揃えて、彼はクレイジーなほど勉強していたというのだから、よっぽどの勤勉家だったのだろう。
努力の甲斐あり、大学卒業後は、JETプログラムで秋田県に国際交流員として派遣されることが決まっていた。
そんな矢先、コロナウイルスが大流行した。もちろん、彼のJETプログラムはキャンセルになった。そこでも彼はめげず、神戸の翻訳会社に就職し、リモートで働くことになった。その会社からはビザのオファーがあり、いつでも渡航の準備はできていた。
しかし、コロナが終息する気配はなかった。
辛く長い1年を経て、少しずつ国の行き来が可能になりだした。
しかし、依然として日本は国を閉ざしていた。
しばらくすると、日本への渡航も可能になり始めたが、学生ビザか就労ビザがないと渡航できないという規制があった。彼は既に日本の翻訳会社は辞めており、以前から独学で取り組んでいたウェブデザイナーの道を進んでいた。
彼は、日本に行くのを泣く泣く諦め、何かを求めて、また極寒のカナダから逃げるように、10月末から5ヶ月間ヨーロッパと南アメリカを旅して回っていた。旅の途中で、いつか日本に行ける日が来ることを信じて、隣の国の韓国にワーキングホリデーをすることを決意した。
3月にカナダに帰国し、韓国渡航までの残りの日々を実家で過ごしていた。
韓国行きが迫るも、彼は依然どこかで日本行きを諦めきれないでいた。
そんな中、偶然、会社からスポンサーしてもらいワーキングホリデービザで日本に渡航できる可能性があることを知る。
そしてそれを知ったのは、まさかの韓国に行く前日。
ここが彼のすごいところなのだが、なんと、彼は一か八かに賭けて前日に韓国行きをキャンセルし、彼をスポンサーしてくれるという会社に連絡した。
それから2ヶ月後、彼は、晴れて再び日本の土を踏んだ。
そして日本に来て1ヶ月も経たない内に私と出会い、今は結婚しているというんだから彼の人生は面白い。
あの時、韓国行きを辞めて日本に行く決意をしてくれた当時の彼に感謝だ。
Connecting the dots
スティーブ・ジョブスの名言に「connecting the dots」という言葉がある。今となって振り返ってみれば、様々な選択肢の中で、時には自然災害や疫病など大きな力によって限りなく選択肢が限られることや、思いもよらない選択を迫られることがあるが、それでも選択をして、点をいくつも作り上げてきた。
そして、それらがその時は想像もし得なかった形で繋って今があったりする。当時は失敗した、別の道を選べば良かっと思っていたようなことも、今になってみれば良い選択だったと思い直せることもあるだろう。
こんなことを書いている今だって目の前に沢山の選択肢が広がっている。
次は何の仕事をする?いつ日本に帰国する?それともカナダに永住する?どこに住む?などなど。
挙げ出すときりがない。そしてその先には無限に点の可能性がある。
そう思うと、時々選択肢が多すぎて何が一番最善の選択なのかわからなくなり、どうしようもなく不安になってしまう。
でも、逆に考えるとどんな選択をしたってちゃんと点になるんだ。そしてそれらの点は未来にちゃんと繋がっていく。
きっと未来の私たちは、今から作って行く沢山の点を振り返って、あれは良かったな、悪かった〜なんてあれこれ振り返って言いながらも、でもきっとそれらの点が繋がった先にある今を感謝するんだろうなと思う。
だから選択をすることを必要以上に恐れる必要はないんだ。
必ずどこかで点は繋がると信じて、今の自分たちが納得できる選択をしていこう。そして1個ずつ点を作っていこう。