プランクトン
南が丘海水浴場にあった岩場の右側の海は、水際から急に深くなり、その辺りが薄茶色に見えたのは昆布が生えていたからだ。急に深くなるし、昆布に足が絡む恐れもあるので、水泳禁止だったのはそうしたことからだろう。従って、この辺で投げ釣りをすれば、昆布や岩に引っかかり、「地球」という大物を釣ることになった。
■プランクトン
ここの波打ち際には素晴らしい思い出がある。それは、波が寄せて引いていく時に、無数のピチピチ跳ねては砂の中に隠れるものがいた。隠れると小さく黒い跡を残すが、それは、あっという間に寄せ返す次の波に消されてしまう。そして、その波が引くと、また同じように、ピチピチ跳ねては砂に潜り、波打ち際一帯に小さな黒い跡を残した。
小さかった時、母がハンカチですくって、「プランクトンよ」と教えてくれた。たくさんのプランクトンがいたので、小さかった僕でも両手ですくって何匹か捕まえることができたが、指の隙間から零れ落ちる水に紛れて海に逃げた。そのとき、ピチピチ跳ねながら手の中をくすぐる感じが楽しかった。
■もう一つの危なかった話
あれは小学6年の時だったろうか、それとも中1だったろうか、一人で海に出かけて岩場で釣りをしていた。離れたところに大人が二人位居ただけで、殆ど人がいなかった。
「何も釣れないなー。餌もなくなったし帰るか」と思っていると、目の前を大きなカレイが泳いで行った。「こいつを釣らなきゃ」と思ったが餌が無い。その時「そうだ! プランクトンを餌にしよう」と思いついた。そこで、手拭を広げて5匹くらいのプランクトンを捕まえたので、それを針先に刺して釣りを再開した。
「こんなので釣れるかなー」と不安もあったが、流石にプランクトンは魚の好物だけあって、暫くして、そのカレイを釣り上げることができた。大物だった。
そして、「よーし、帰るか」と目を砂浜に向けて、僕は驚いた。足元を残して、辺りは海に変わっていたのだ。僕がカレイに夢中になっている間に潮が満ちていたのだ。あの大人たちの姿もない。見渡す限り、僕は海の中でぽつんと一人ぼっちになっていた。岩が一つも見えないので、どこを歩いて行けばよいかも分からない。僕は泳げないので、万が一、深みに落ちたらやばいことになる。
もし、この様子を誰かが見ていたなら、大騒ぎになったに違いない。
一人で出かけたときは、その分、親兄妹に心配をかけるようなことがあってはならないと思っていたので、何としても砂浜に戻らなければと思いながら、砂浜を見つめた。
「どうやって砂浜に戻ろう」、「深みに落ちるのを覚悟で歩き出すか」と思案していた時、いつだったか親父が話してくれた言葉が突然浮かんできた。
「白波が立つ場所は浅い」
確かにそうだ。そこで、大小の白波を捜しながら、慎重に慎重に足を運んでいくと、無事砂浜に戻ることができ、大いにほっとした。
家に帰った僕は、ズボンがかなり濡れてはいたが、この危なかった話は、勿論、誰にもしなかった。
今、思い返しても心底ザワーっとする体験だったのに、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とは良く言ったもので、「もしかすると、海の上を歩いているように見えたかもしれない」と馬鹿な想像をしている自分がいる(←こりゃ、ダメだ…)。(笑)
それにしても、あの波打ち際には、無数のプランクトンが跳ねていた素晴らしい時代があった。
(まこと)