3章第6話 ふたつのアイディア湧く
子供と年寄りは早寝早起きが相場ですが、千葉家の二人は今日も深夜を過ぎてもまだ起きています。きっと、物忘れが過ぎて、高齢者であることも忘れているのでしょう。二人して「深夜」のことを「お昼」と言ってますしね。
寿 美: こうやってストーブをガンガン炊いているから家の中は暖かいけど、最近寒さが増してきたわね。これは流氷が近づいているからでしょ?
千 葉: そうだねー。
寿 美: 明日にでも水平線に流氷の白い帯が見えるかしら。すっごく楽しみ。
千 葉: そうだねー。
寿 美: だって、流氷が来る街なんて世界でも珍しいんでしょ?
千 葉: そうだよ…。
寿 美: ちゃんと話を聞いていないってことは、決まりそうなの?
それまで寿美ちゃんの話を半分しか聞いていなかった千葉ちゃんが、散乱するLPやCDコレクションから目を上げて、やっときちんと返事をしました。
千 葉: うん。ブルースとチャチャにしようかと思う。でも「お昼」も過ぎたし、もう寝て明日から編集するわ。
寿 美: 振り付けは、どう?
千 葉: はっきりしているのは、こないだのフォーメーションみたく「曲があって踊る」一般的な物じゃダメだってこと。そこで、こんなストーリー展開するショー仕立てを考えているんだけど、どう思う?
もう眠たそうな目をしている千葉ちゃんが、大まかなアイディアをぼそぼそ話すと、寿美ちゃんの目が大きく開きました。
寿 美: よくそんなの考え付いたわね!
千 葉: いけそうだろ? まずは曲の編集。そして、振り付けは少しアイディアが湧いてるから、出たところから部分練習しよう。
寿 美: あなた楽しそうね ! 私も楽しい! 年取ってから、ダンスで、こんなにワクワクする時間が持てるなんて、私たち幸せね。
時は1時を回った所です。神様は「あんたたち、はよ寝なさい」とあきれ顔で呟いているに違いありません。
次のレッスン日が来ると、さっそく千葉ちゃんが説明をしました。
千 葉: あれから、夜も寝ないで昼寝して考えていましたが、ふたつのアイディアが湧きました。ひとつは、フォーメーションの構想です。少し固まってきたので説明します。
みんなの目が「キラリン」と輝きました。
千 葉: フォーメーションはブラックプールにある大きなカフェという設定にしようと思います。勿論、架空の店だけど、そこの従業員たちは仕事をサボっては踊って遊ぶというストーリーにしようと思います。今の所、踊りはブルースとチャチャで構成します。
みんなは目を合わせて、喜んでいます。
千 葉: 今日から、後半の1時間を使って少しずつ部分練習を始めるので、よろしくお願いします。踊りの構成については勿論のこと、誰と組むか等、なんだかんだの反対意見は一切受け付けません。
全 員: 分かりました!
寿 美: では、二つ目のアイディアです。参加する人はこれにサインをお願いします。
と、用意していた紙を配布すると、ざわめきが起こりました。
さとし: なに、これ!
寿 美: 見ての通り、誓約書です。四の五の言わず、みんなで声を出して読んでみましょう。はい!
全 員:
①先生の決定に文句を言ってはならない。
②怪我や病気をしてはならない。
③ましてや、死んではいけない。
④親兄弟、親戚に不幸があってもいけない。
寿 美: 良くできました。
さとし: なに、これ!
千 葉: さっき、「なんだかんだの反対意見は一切受け付けない」と話したばかりだろーに!
寿 美: 人数が変わると、振り付けも変更しなくてはなりません。フォーメーションそのものができなくなる可能性も出ます。この誓約書はそうしたことを避け、全員無事にブラックプールに行くための物です。
千 葉: 雪道で転んで怪我をしないように。家の中も安心できません。お風呂も怪我しやすい場所です。お風呂から出る前に「ちゃちゃっと掃除しちゃおう」なんて考えないこと。裸でひっくり返って、救急車で運ばれてみろ。かなり恥ずかしいぞ。俺はそう言う奴を知ってるんだ。
さとし: そいつ、大丈夫だったのか?
千 葉: 危なかったけど、ひっくり返って記憶が薄れていくとき、「隠すべきところは、しっかり隠した」って言ってた。
さとし: ばかか。聞いてるのは「そこ」じゃないべ。
寿 美: ほんとよね。真面目な話、本当に日々の生活では十分注意してください。では、行く人は今すぐサインして提出してください。
ミッチ: いくら注意したって、親兄弟、親戚のことはどうしようもないべさ。
寿 美: 「その位」思っていないとダメってことなの。
ミッチ: もし、守れなかったらどうするのよ?
寿 美: えっ? そ、そのときは…どうするかって??
ミッチ: そうだよ。どうするんだよ?
想定外の質問に、寿美ちゃんは動揺しています。それに追い打ちを掛けるように全員からも声が上がりました。良くも悪くも、すぐに一致団結するのが元3年F組の特徴です。
全 員: どうするのよー!
寿 美: どうするの、あなた。
寿美ちゃんのおどおどした態度をよそに、千葉ちゃんは「つらーっ」とした顔で言い放ちました。
千 葉: そのときは…
ここで「コホン!」とひとつ、勿体ぶってから ――
千 葉: そのときは ―― オホーツク海に流します。
すかさず、サークル員から大声で返事が返ってきました。
全 員: 分かりました!
こうして無事、ブラックプールに行く人達の「誓約書」が集まりました。
忘れかけていましたが、ここは、良くも悪くも、いえ、単なる、お調子者たちの集まりなのでした。
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)