3章第3話 壮大なる馬鹿げたアイディア
笑顔の寿美ちゃんしか知らない仲間たちは、立て続けに本気で怒鳴る寿美を見て静まり返りました。
千 葉: 大声出すな! 店の中だぞ!
小さいながらもきつい口調で千葉ちゃんが寿美ちゃんを叱ると、場が静まり返りました。
少しの間をおいて、シーンとした静けさを破って千葉ちゃんが説明を続けました。
千 葉: ブラックプールは9日間続き、アマチュアとプロのいろんな部門の競技会でスケジュールはぎっしり詰まっている。参加者たちは各部門で世界チャンピオンを狙う者ばかりだ。まあ、中には単なる思い出作りで参加する者もいるから、この中でカップル組んでエントリーすることだって可能だ。だけどそんなの安っぽ過ぎるじゃないか。その点、フォーメーションなら、みんなで力を合わせるから、「みんなでなんかやりたい」になる。
どうやら、先ほどの千葉ちゃんのひそひそ話しは「ブラックプールへ行って、フォーメーションを踊ろう」という考えだったようです。それじゃー、寿美ちゃんが怒鳴り声をあげるのも無理ありません。余りにも無茶で馬鹿げた話ですから。
でも、バカな考えをもっている男は話を続けました。
千 葉: ブラックプールにはフォーメーション部門もあるけど、俺たちが出られるようなレベルじゃない。
寿 美: 当然でしょ! だから「バカ言わないで!」って言ってるじゃない!
寿美ちゃんの気持ちは収まりません。
寿 美: あ~、皆さん、ほんとごめんなさいね。この人、時々こう言う恐ろしく馬鹿なことを言うのよ。前なんか、「UFO見た」なんて真顔で話したりして、ほんと、そういう人なの。ごめんなさいね。
これで一気に、仲間たちは寿美ちゃんに同調すると思えたのだが…
さとし:あー、申し訳ない。俺も一緒に見ました。
河 合:すんません、俺も見てます。
美 樹:黒池の人たちは、結構見ているんじゃないかしら…。
と、真逆の方向に話が展開したものだから、 寿美ちゃんの目が、完全に点になりました。
加 藤:あだー。チャミちゃん先生、ど壺に嵌っちゃいましたねー。
ミッチ:まあ、ご心配なく。俺たちみんな、こいつが全然普通じゃないのは良く知ってるんで。それを前提に、こいつの話を聞きましょうよ。
寿 美: そ、そ、そうしましょうか…
完璧を目指して生きている人は、自分が間違えたり不利になったりする想定外の場面になると、急におどおどして、どもってしまうものです。彼女も「こんなはずじゃなかった」と慌てて挽回作を考えていたので、つい ――
寿 美: 黒池町にいることを忘れていたわ。
と言ったものですから、全員から一斉に「見苦しい!」と容赦ない言葉を浴びせられてしまいました。
目玉が飛び出る程驚きました。これまでの人生で、このように「一刀両断」されることなど一度もありませんでしたので、心の中も頭の中も大混乱を起こして赤面です。
でも、次の瞬間、なぜか、心が軽くなっていく自分を発見して驚きました。その理由はすぐに分りました。ここに集う人達は寿美ちゃんを丸ごと受け入れ、既に、本当の友達になってくれていたのです。
寿 美: 皆さんごめんなさい! じゃあ、あなた、話の続きを聞かせて。
千葉ちゃんは、ちょっぴり神妙になった寿美ちゃんを可愛く感じながら話を続けました。
千 葉: そこで秘策だ。上手くいくかどうかは賭けだけど……
と、顔を突きだすと、再びみんなの顔が一つの輪になりました。そして、再び皆の顔がそっくり返って、全員が声を張り上げました。
全 員: えええーーー!!!!!???
千 葉: 静かにって言ってるだろ!!
どうやら、千葉ちゃんの真の考えは、みんなでフォーメーションを練習して、できればそれをブラックプールのフロアを独占して踊ろうという考えのようです。
美 和: でも、でも、みんな踊っているでしょ。ダンスタイムでしょ?
千 葉: そこをうまく「ハイジャック」するんだ。
とひそひそ声で言いました。
寿 美: 音楽はどうするのよ?
「馬鹿なアイディア」と非難していたにも関わらず、つい間違えて突っ込んでしまいました。しかも、ひそひそ声で。
千 葉: 担当者はCDをかけたら控室に下がるから…
ミッチ: 何でそんなこと知ってる?
千 葉: …って、なんか、聞いたことがあるから、CDを入れ替えちゃう。
さとし: ダメダメ、そりゃーダメだべさ。それに、沢山踊ってたら、ハイジャックどころか、俺たちが踊るスペースさえない位だべや?
千 葉: まあ、そうだな。だから「かけ」なんだけど。
ミッチ: でもよ、その「くっだらない」考えがダメでも、みんなでワイワイ踊って来れるんだべ? どっちにしても、フォーメーションは練習できるんだべ? ロンドン見物できるんだべ? やるべ。オレ、いっぺん外国に行ってみたいしさ。
美 和: その「あほらしい」考えの場合、こないだのフォーメーションなの?
千 葉: それも考えられないことはないけど、あの程度だと会場の広さに埋もれてしまうと思うんだよね。
さとし: 広そうだったよな。どの位あるんだべ?
千 葉: おおよそ縦13m、横34m位のとんでもない広さ…
さとし: 随分詳しいな
千 葉: DVDで見た感じ、そんな気がする。
加 藤: どこまで信用できるのかなぁ。お前が真面目に話しても、なんか嘘くさいんだよなぁ、昔っから。
千 葉: 恐縮です。
加 藤: 褒めてないって。
カトちゃんの「嘘くさい」と言う言葉に、反射的に笑ってしまった寿美ちゃんがこう言いました。
寿 美: この人、結婚するときもそうだったのよ。
えっ。いったい、どういう事なのでしょう?
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)
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