1章第2話(居酒屋の続き)
【目 次】
第2話 居酒屋「いらっしゃい」
<場面は、男性にとって身も凍える実話から、物語の居酒屋に戻ります>
恵 美: 私ら高校の時、なんかしら楽しかったよね。ほら、クラスの窓の外の空き地に庭作ったことあったっしょ。あんな馬鹿みたいことが、とても楽しい思い出だわ。
千 葉: いやいや、あれ、学校の許可も貰わないで、勝手にワイワイやったけど、よく何でもなかったなー(笑)。ベンチ作って持ってきた奴がいたよな。
ヤ ス: それ山田よ。それから池も作ろうって言ったら、誰かがセメント持って来てさ。結局あれは水漏れしたけど、面白かったなぁ。俺たち、65過ぎたって、気持ちはあの時のまんまのMG5だ。若い。千葉ちゃんは東京に就職したからいいけど、こっちの連中は殆どこの辺にべったりくっついて生きてるみたいもんだべさ。だから、何かやりたいなー。なんかやろうよってなるぅ。
加 藤: 仮装行列とか合唱とか。キャンプもしたな。
ミッチ: 仮装行列も合唱も「今さらジロー」だべ。
ヤ ス: もちょっと、冥途の土産になるやつ、したいよな。
皆でワイワイ話をする中、次の美和の一言が注目を集めた。
美 和: 話は違うけどさ、千葉ちゃんたち社交ダンスやってたんでなかった? 私も昔、札幌に出てた時、ちょこっとしたのよ。今度、踊りたいわね。
さとし: なに、社交ダンス!?
千 葉: 会社勤めの傍ら、趣味でね。
ヤ ス: 教えれんのか!?
寿 美: 基本くらいなら。
(全員、顔を見合わせる)
ヤ ス: それ、いいんでないかい。みんな、ダンスやるか。そしたら、旭川とか行って踊れるしな。決まりでないかい?
恵 美: でも、まーだ白い目で見る人がいるからねぇ。わたしの旦那もそうかも…。私はやりたいけどさ。
ヤ ス: いや、決まりだ。(女性たちを指して)そしたらお前らとも、遠慮なくくっつけちゃうしなぁ。俺たちみんな、一気に若返ったりして。ウヒヒ。
美 和: うまくリードして、うっとりさせてね。あはは!
恵 美: そんな話してっから、白い目で見られるっしょ!
さとし: いや、それにするべ。この町にダンスの文化を持ってくるべ。チャミちゃん、教えて下さい!
ヤ ス: そしたら俺たちで「白い目追放運動」だな。
恵 美: あんたが言うと、なーんか、説得力ないけどね。
(大笑)
寿 美: あのー。社交ダンスってそんなに簡単じゃないのよ。
ヤ ス: なーに、任せろっちゃ。ワルツでもなんでも、すぐだって。なあ、カトちゃん!
加 藤: おおよ。スナックでチークやってっからなー!
美 和: そこかい!
寿 美: 本当に「そんな甘いもんにゃ、おまへんにゃー」なのよ。
さとし: くっついてればいいんだべ。すぐだって。チャミちゃんは知らないだろうけど、俺たちみんな運動神経抜群なの。みんな、千葉ちゃんより遥かに運動神経ある。
千 葉: 誰だっけ、流氷から落ちたのは。
さとし: その話やめろって。ミッチも賛成だべ? お前さ、奥さんに逃げられたからって酒ばっかし飲んでても、何の解決にもならん。一緒にやるべ。
ミッチ: 酒で解決しないことくらい、俺だって分かってる。けどさ、これがまた、牛乳飲んでも、一向に解決しないんだわ。腹ふくれるだけよ。
(大笑)
さとし: そりゃそうだ。ま、酒飲んでていいから、一緒にやるべや!
全 員: 賛成!
千 葉: しょうないなー。じゃあ明日の昼、うちに来るか? ビデオ見せちゃるから。そしたら、そんな甘いもんじゃないって分かるから。な、いいだろ?
そう言って、寿美を見ると、
寿 美: い・い・けど、不安…。
千 葉: 何が?
寿 美: あなたのお友達、こんなに自信過剰ばっかりで本当に大丈夫なの?
大笑が起きた。それに紛れて「なーんもだ」「大丈夫、大丈夫」の声も小さく聞こえた気がしたが、とにもかくにも、そんな感じで楽しい再会の宴はお開きを迎えた。
一同、銀座通りを出たところで別れの挨拶を交わしていると、旅人らしき人が訴えるような目つきで「あのー、これは…」と話しかけてきた。彼が指さしたのはこの看板だった。
何を言いたいのか直ぐに察知したさとしが返事した。
さとし: ああ、気にしないで大丈夫。子供は減るし、酔っ払いは増えるから、俺たちでこそっと「大人の」に書き換えておいたの。警察には内緒にね。
そう旅人を安心させて去り行くさとし達の背後から、つぶやきが聞こえてきた。
旅 人:いやいやいや、絵も変えちゃってるし。この街、なんか面白そうだぞ。
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)
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