不純な動機で入った合唱部
■中学時代は合唱部。
中学に入って少し経ったとき、音楽の先生(男性)から「合唱に入らないか」と誘いを受けました。少し躊躇する態度を見せたものの、心の中は真逆のウキウキ。だって、小学4年から思い続けていたMTさんがいたから!
「うわっ、近づける!」
そうは思っても、彼女に好かれるとは少しも思っていませんでした。自分のことは良く分かっているし、なにしろKM君と言う存在もありました。
小学校の時から彼女にはKM君が相応しいと思っていました。周囲にも何やらそんな雰囲気が漂っていた気がします。どっちがどっちか忘れましたが、確か生徒会長と副会長だったと思います。KM君は、何しろルックスが良い。スラっとしていて脚も長い。しかも成績抜群と、三拍子も四拍子も揃ったカッコいい奴だから、無敵に近い。
小学6年の時だったが、その彼の、半ズボンに「黒」の長靴下を履いている姿を見たときは、まるで映画に出てくるようにカッコよくて、カッコよすぎて、完全に打ちのめされました。
合唱部に話を戻すと、そんな不純な動機で入部したわけですが、それでも、自分で言うのもなんですが、結構、硬派で純情な面もあって、彼女の名前を呼ぶことが出来ませんでした。恥ずかしすぎて。
■全国合唱コンクール地区大会
昭和40年(1965)7月29日、全国合唱コンクール地区大会に参加しました。中3の時です。朝6時10分、僕たちは紋別駅に集合して北見市に向かいました。僕には初めての北見市。
記憶が正しければ、課題曲は「水」
♪谷川を流れる水よ、清らかに流れる水よ♪ ―― というような…。
随意曲は「白い山茶花」…だった気がする…。
♪白い山茶花ゆらゆらと、お寺の庭に咲いてます♪ ―― というような…。
往きの汽車の中で騒ぎ過ぎたせいではないだろうが、結果は優良校。つまり、ダメってこと。
ダメなものに「優」や「良」をつけても何の意味もない。何もない方がましだ――帰りの汽車で、そんなことを考えていました。けれど、歌が好きなことに何の変りもありませんでした。自分たちの合唱も十分素敵でしたし。
■放課後の教室で
とある放課後。合唱の練習も終わり、教室に戻ってかばんを取って廊下を歩いていると、薄暗い教室の中に、一人ぽつんと黒板に向かうMTさんの姿がありました。あの時間で、すでに結構暗かったので、秋の終わりだったかもしれません。
教室に入って行って、「何してるの?」と聞くと、
「…ん? 人間方程式…」と、淋しそうな返事。
黒板には「人間」とか「家族」と書いてあった気がします。
すると、次の瞬間、ニコッと無理に笑顔を作って「帰ろ」と。
学校を出ると、二人の帰り道は逆方向。
少し歩いてから振り返ると、彼女の後姿がとても寂しそうでした。
何もできない僕も淋しいです。
それから間もなく、彼女のイニシャルが突然MTからMKに変わりました。
「同じイニシャル!」などと喜んでいられません。彼女は新しいイニシャルと共に転向して行ったのです。あの合唱コンクールで行った北見に。
好きだった人が転校したのは悲しかったです。
転向しなければ、同じ高校に行けたはずだったのに…。
何もできない、何もしてあげられなかった無力な自分は、今も悲しいです。
(まこと)
■(追記)同じ高校に進学していた!
今朝(2023・08・16)高校のアルバムを見ていたら、MTさんが別撮りの小さな写真でG組の中にいるのを発見。僕は中3と思っていたが高1で転校したのだろう。僕が合唱ではなくバレーボール部に入った理由を思い出してきた。
■くちびるに歌を(追記)
2015年09月、ツタヤでレンタル開始されたので、さっそく借りました。DVDをレンタルすることなど殆どないので、こんな風に飛びつくのは初めてでした。
とても面白かった! 本編2時間半近くあるのだけれど、一瞬も飽きさせる場面がなく感動する映画でした。泣き虫の僕のティッシュはグチャグチャ。だから、こういう映画は映画館では見られません(笑)。
「くちびるに歌を」のあらすじをウィキペディア から引っ張ると――
中田栄一の青春小説の映画。ウィキペディアで調べると、本名は安達 寛高(あだち ひろたか)で、乙一、山白朝子(やましろ あさこ)、中田永一(なかた えいいち)の別名義でも活動を行っている、というから驚きだ。
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