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2章第4話 偵察者

【目 次】


 今日は夜のサークル活動2度目です。

 千 葉: フォーメーションの曲を決めました。Dear Heart”という曲です。

 そう話して、音楽を流そうとしたところに公民館の館長さんが、「ちょっと見学」のジェスチャーで静かに入室してきました。

 寿美が「どうぞ!」と明るい声で迎えると、すかさず椅子を出してきて、館長さんに勧める河合。ナイス・リアクションです。こうした反応の良さも社交ダンスに求められる要素のひとつです。

  改めて千葉が話し始めました。

 

千 葉: 選んだのはこの曲です。曲名は”Dear Heart”。演奏はイギリスのトニー・エバンス楽団。イントロ含めて2分20秒ほどです。

Tony Evans "Dear Heart"

 曲が流れると、みんなの目が輝きだしました。きっと、「この曲で踊るんだ」とワクワクして聞いているに違いありません。そして、曲が終わると、「いい曲!」と喜んでくれたので、千葉は心の中で、選曲に時間を掛けた甲斐があったと喜びました。

 

千 葉: スタート時のパートナーも決めました。異議申し立ては一切受け付けませんので、宜しく。

 すると、新しく参加した昭ちゃんが手を挙げた。

鈴 木: あのー、曲が2分20秒と言ってたけど、それだったら、あっという間に終わっちゃって物足りなくないですか?

寿 美: 早速3年F組らしい発言が飛び出してきたわね。

全員大笑いだ。

 

寿 美: 一般的に競技会やパーティーで使用される曲はこの位の長さなのよ。それに、初心者が半年でこの1曲のフォーメーションを仕上げるのは結構大変よ、例えあなたたちでもね。(笑) なにはともあれ、始めてみましょう。

鈴 木: 分かりました。

寿 美: 素直でよろしい!じゃあ、最初に音楽について少しだけお話します。もう一度音楽を流しますが、イントロが何小節あるか教えて下さい。

そして、音楽が流れた。


寿 美: では、さとしさん、これはワルツの曲ですが、ワルツは何拍子ですか?

さとし: 簡単、簡単。「1,2,3,1,2,3」の3拍子。

寿 美: その通り。では、カラオケ高得点のヤスさん、イントロは何小節ありましたか?

ヤ ス: 4小節。

寿 美: 素晴らしい! イントロは一般的に4小節あります。そこから曲の本番に入るのですが、そこでは一般的に8小節構成になっています。もう一度曲を流しますので、一緒にそれを確認しましょう。

こうして、音楽の構成について簡単な説明が行われた。

 

寿 美: では、振り付けに入りましょう。決められたパートナーと位置についてください。フォーメーションのイントロも少し考えてきたのでやってみましょう。

寿 美: 女性は男性の右に立って内側の手をつなぎます。音楽のイントロは4小節あるので、その形のまま聞きます。次から音楽のメインの部分が流れます。一般的に音楽は8小節構成になっていて、このひとつの纏まりを「フレーズ」と言いますが、第1フレーズは踊りのイントロに使います。1小節で男女外側に1歩ステップしながら繋いでない方の手をこんなふうに開きます。

さとし: 簡単すぎるなぁ。

寿 美: 簡単よ。そしたら、2小節目で男性は右手で女性をくるりと左に1回転させて正面に持ってきます。女性の背中が見えたら、左手で左手を取り、男性の右手は女性の腰に置きます。こんな風に。


さとし: やばっ! なまら難しいじゃ。(なまらとは北海道弁で「非常に」という意味です。)

寿 美: すんなりやられては私たちの立場がありません。ここまでで2小節。そこからすかさず、その形のまま、こんな風に女性は男性の左足を軸に走り2周します。ここまでで6小節。残りの2小節で、こんな風にします。さあ、やってみましょう。

 

 全員、焦りからくる笑い声を上げながら、四苦八苦練習を続けていると、しばらくして館長が、軽く会釈をして去っていきました。

 

千 葉: 館長さんニコニコしてたね。

さとし: 奴には気をつけろ。気にすると思って話さなかったけど、最初、予約に来た時、利用目的を話したら、「ええーっ、社交ダンス?」って、すごく嫌味な言い方されてよ。

全員から「ええー」と驚きの声が上がった。

千 葉: そうだったのか…。

さとし: 偏見持ってっから、偵察に来たのさ。

寿 美: じゃあ、毎回偵察に来て欲しいわ。

さとし: なんで!

寿 美: 毎回見ていたら、その偏見が間違いだって気づくと思うわ。

千 葉: その通りだね。さあ練習するよ!

全 員:はいっ!

千 葉:よし、いい返事だ!

 その後、こうした感じのレッスンが続きます。そして、館長は頻繁に見学に来るのでした。

「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)


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