
(舞台感想)セツアンの善人
東京公演の劇評を見てチケットを取りました。
兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール。
事前に劇作家のベルトルト・ブレヒト氏と、作品について調べました。
「セツアンの善人」て何のこと?と思っていましたが、ウィキペディア(英語)を見ると“Good Person of Szechwan ”とありました。不思議と英語のほうが分かりやすい。
「人はどこまで善人でいられるのか」「人はお金で幸せになれるのか」という現代社会に生きる我々にも通じる痛切な問いかけが、(中略)心優しき女性シェン・テと、ビジネスに徹する冷酷な青年シュイ・タという真逆な人物を通して描き出されていきます。
カネ儲けが最優先の資本主義社会において、善行は人を幸せにするだろうか?
そういうテーマのお話と思いました。
善行は人を幸せにするのか
古今東西、多くの人が悩んできたポピュラーなテーマだと思います。
善因善果(善い行いをすれば善い果報を得られること)という仏教の教えがあるようですが、これを実践できるのは、余程の徳がある方でしょう。
劇中では、善い人のシェン・テが金を得たことから、心ない隣人達にたかられるという話が演じられました。
資本主義について
タバコ工場を成功させ、金儲けの才を発揮する資本家のシュイ・タ。労働者を怒鳴りつけ、効率を上げる管理監督者のヤン・スン。
工場設立には「社員を幸せにしたい」という理念が元にはあった筈と思いますが、資本家のシュイ・タは、善人のシェン・テを殺したに違いないと労働者たちから非難されます。
この劇中の資本家と労働者の構図は、今日でも通ずる部分があると思いますが、正直なところ、少々古典的に見えました。
ブレヒトの時代は、労働者といえば工場労働者だったと思います。しかし現代では働き方が多様化し、資本家と労働者の関係は一様ではなくなりました。
労働者の働き方改革、自律的なキャリア開発などが推奨され、また、労働者が起業したり、投資することが普通になりました。
ブレヒトの時代からわずか100年も経っていませんが、資本主義はものすごいスピードで変化したのだと思います。
八頭目の象の歌
円陣を組んだ労働者の「ダンス」が印象的でした。
象、象、と聞こえたので宮沢賢治のオツベルと象を思い浮かべていましたが、調べてみると反対で、労働者が象に搾取されるという歌だったようです。
葵わかなさんの迫力
感動したのは、最後の葵わかなさんの長台詞です。
シュイ・タの、あるいはシェン・テの言葉と言うべきですが、ここは葵わかなさんの迫力に押されたと言いたいです。素晴らしかった。
カーテンコールではスタンディングオベーションとなり、私も2階席から必死に拍手をしました。
理念と志
この感想を書く途中で、「徳がある」の用法をネットで調べたところ、松下幸之助氏の名言「人間として一番尊いものは徳である」が検索に出ました。
実は「資本主義」の項で、“工場設立には「社員を幸せにしたい」という理念が元にはあった筈” と書きましたが、奇しくもその時、松下幸之助氏の「水道哲学」を想い起こしていました。
水道哲学とは、貧しい昭和の時代にあって、安価で良い商品を、水道の水のように世間に行き渡らせたい、という松下幸之助氏の経営哲学とされているものです。
私は若い頃にこの考えを知り、とても感動しました。
今作の資本主義の描写を古典的と言いながら、昭和の経営者を引き合いに出して恐縮ですが、松下幸之助氏の言葉・理念には、今でも人に訴えかける力があると思いました。
昭和の時代には「世を良くしよう」という機運があったのでしょうか。又は松下幸之助氏だからこそ、「志」が高かったのでしょうか。
翻って自分の現状を鑑みると、「正直者が馬鹿を見る」と決めつけ、損得勘定の綱引きに疲れ果て、荒れ果てた心持ちとなってしまっていると気付かされました。
かつては自分も共鳴したはずの理念や志は、昭和に置いてきてしまったのかもしれません。
お読みいただきありがとうございました。
●データ
公演日程
2024/10/16(水)~11/4(月)
東京・世田谷パブリックシアター
2024年11月19日(土)~2024年11月20日(日)
兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
キャスト・スタッフ
【作】ベルトルト・ブレヒト
【音楽】パウル・デッサウ
【翻訳】酒寄進一
【上演台本・演出】白井晃
【訳詞・音楽監督】国広和毅
【出演】
葵わかな 木村達成 渡部豪太 七瀬なつみ あめくみち
栗田桃子 粟野史浩 枝元萌 斉藤悠 小柳友
大場みなみ 小日向春平 佐々木春香
小林勝也 松澤一之 小宮孝泰 ラサール石井
【演奏】(兵庫)
加藤優美(Vn. ) 島津由美(Vc.) 熊谷太輔(Perc.)