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「子どもが熱を出した、早退します」。そこに罪悪感が発動しない会社の話

【100人duet NO.9】

働く母親にとって、子どもの体調の急変は脅威だ。
かつて私もそうだった。
昼間ご機嫌に遊んでいた子どもが夕方になって無口になると緊張が走った。

こ、これはもしや発熱のパターンか?!

そうなると頭の中には、病院の診療時間の確認、仕事のタイムスケジュールの組み換え、夫の予定の確認(ダメもとでやってみる)、シッターさんの仮押さえなど予定外のタスクが浮上する。それだけならまだしも、「仕事先の〇〇さんにまた『ごめんなさい』しなくちゃ」みたいなことを考えると胃が痛んだものだ。
 
そんな経験をしているので、母親が働きやすい職場にはちょっとしたセンサーが働く。先日、取材に行った大阪市内の株式会社王子商会さんは私のセンサーが反応した企業さんだ。
 
そこで、『社員さんが働きやすい会社』というテーマでお話を聴かせていただけませんか、と再度取材を申し込んだ。
 
代表取締役の黒田さんは「そんなたいしたことやってませんけど、うちの話でよければ」と快く応じてくださった。実はこの「思い当たるフシがない」という感じがとても良い。そういう企業さんのほうが当たり前に働きやすさが浸透しているからだ。
 
王子商会さんは社員10人のメーカーで、半分以上が子育て中の(あるいは子育て経験のある)お母さんだ。
 

お母さんの多い職場は緊急事態が起こりやすい。
子どもは予告なく熱を出すからだ。
保育園からのお迎え要請は突然やってくる。
 
企業サイドから見て困るのはこんなときに業務に突然穴が空くことなのだが、王子商会さんはお母さん社員の緊急出動は織り込み済みで、穴を空けない体制をとっている。黒田さんの言葉を借りると「この人にしかできない仕事を極端に少なくしている」のだ。つまり、誰かが不在でも別の誰かが対応できるように、どの仕事も他の人がすぐ代行(部門移動)できる体制をとっている。
 
10人という規模で仕事を重複させるのは生産効率の面からみると厳しいかもしれない。でも、視点を移して取引先からみると、いつ連絡しても必ず誰かが応えてくれるのは安心だ。信用につながり、長期の安定した取引に育っていく。
 
なによりお母さんが安心して子どもを迎えに行けるし、「〇〇さんに迷惑かけた」というような精神的負担がかからないのがありがたい。
 

「こんなふうに社員さん同士が助け合っていらっしゃるんですね?」と、ある社員さんに聞いてみた。
 
すると「助け合う?そういう感覚はないですね。ふつうに子どもを迎えに行って、ふつうに仕事をする感じです」と返ってきた。
 
それを聞いて、ああ、そういうことかと腑に落ちた。
この会社には子育てが業務のハンデになっているという感覚がない
 
聞けば、人によって始業時間も終業時間もさまざまで働く時間が違うらしい。それぞれの予定をホワイトボードで共有していて、そこには子どもがらみの予定も書き込まれるが、それが何のための予定なのか誰も気にしないという。子どものお迎えは会社の業務と同列なのだ。
 
「業務に支障をきたして申し訳ない」という罪悪感が発動しない環境
王子商会さんで私のセンサーがビビッと反応したのはそこだった。
 
 
では、なぜそのような環境を創れるのか。
 
黒田社長には「子どもは地域と社会で育てるもの」という理念がある。
 
「昨今の子どもを巻き込む痛ましい事件は、親がひとりで子どもを育てなければならないという思い込みからきている」。自身も3人の子どもを育てた父親としての背景があり、「家のことがうまくいっていないと仕事に力を注げない」とも。
 
仕事と家庭は非分離なのだ
 
実はここに紹介した以外にも具体的な支援の方法を話してくださり、中小企業診断士的にレポートは書けるのだが、それはまた別の機会にするとして。
 
私がもっとも大切だと思ったのは、
たとえどんな手段やサポート体制を持っていても、
運用する側に「子育ては業務に支障をきたすもの」という見方がある限り、それはいつまでたっても課題のままだという点だ。
 
王子商会さんはそこを抜け、一歩先のフェーズにいるような気がした。

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