5分で虚しくなれる短編小説:仙台のアーケード街で元カレを見かけました。
仙台のアーケード街で元カレを見かけました。
私には見せたことのない彼の笑顔がそこには、ありました。
彼は私なんかよりも顔の造形が良く愛嬌のある姿形をした女の子を連れていました。
服装も私のシンプルで気取った、黒のダウンジャケットとジーパンとは違い、彼女はブラウンのロングコートに革の手袋をしてマフラーを巻いた、いかにもくだらない恋愛映画のヒロインのような格好をしていました。
化粧も私は顔と首の色の濃さが分かるくらいに白く塗りたくった下地とファンデーション、過剰に赤い口紅とセンスの悪いイヤリングをぶら下げ、髪は美容師に唆されてかけた似合わないショートパーマに対し、彼女は、ほぼすっぴんに近く髪もアイロンを5分くらいで終わらせたようなストレートの茶髪ロングヘアー。それでも彼女の方が私よりも美人なのは明らかでした。
…私と付き合っていた時よりも彼は幸せそうな顔をしてました。
彼は私を見つけるなりギョッとした顔をした後、目線を
私とは逆方向の牛タン屋に目をやり見ないフリを決め込みました。
連れていた彼女も彼と同じ顔をした後、目線を下ろしました。
なぜ連れていた彼女も私に恐れ慄いたかというと、大学の部活の後輩だからです。彼もその部活に所属しています。
部活といっても私も、あの彼女もマネージャーですが。
そうです。私は部活の後輩に彼を寝取られたのです。
いや別れた後なので寝取られたとは言えませんが。
私は顔も美人というわけではなく醜悪でもないとは思いますがモテる顔ではありません。男に媚を売るようなタイプでもありません。なのに同じ部活のエースの彼と付き合うことができたのです。
彼とは大学2年の時に同じ講義を受けていたことがきっかけで知り合えました。
彼はマネージャーになるように私を唆しました。
当時私は部活もサークルにも所属していなかったので就活時のアピールポイント程度になればくらいに考えていました。
彼に好意がなかったといえば嘘になります。
バイトの知り合いの巨根医学部君と別れたばかりだったこともあります。
彼とは1ヶ月も経たない内に付き合うことができました。
彼が二人乗りできる400ccの大きなバイクで私の家まで送ってくれた後、私の家に無理矢理泊めました。彼の背中を感じながら乗るバイクは私の楽しみの1つになりました。
告白なんてそういったものはなく、ただただそういう行為をしただけです。
付き合う前にセックスをするというのは、
なんて不純なんだと思うかもしれませんが大学生だった私には少しだけ大人になれたような気がしてうれしかったです。彼もそう感じていたと思います。
それからは彼は大学が近かったこともあり私の家に居座るようになりました。いや私が強要していたに近いかもしれません。
他の人には付き合っていることがバレないようにしました。彼が決めた約束です。
中高生みたいですし私と付き合ってることがそんなに恥ずかしいものなのかなと思い少し嫌でしたが、選手とマネージャーが付き合ってるのは、些か周りが気を遣うこともあり、しかたがないと考えることにしました。
彼との半同棲生活は幸せだったとは言いませんが、楽しかったことに変わりはありません。
私も彼を、彼女を、なるべく見ないように(見たくありません)通り過ぎることにしました。
それからどうして私は彼にフラれたのかを思い返すことにしました。
彼自身、そこまでかっこいい訳ではありません。
似ている芸能人は…和牛のシュッとしている方。
それでも私には、かっこよく見えていたし、愛していました。
彼は私のわがままに不満を言わずに付き合ってくれました。そこに甘えに甘えたのが私です。
理不尽なこともたくさん言ったと思います。
「他の人にバレることが、そんなに嫌?」
「生理のときに私のこと避けてない?生理のときくらい優しくしてよ」
もちろん、いつも優しいです。
彼の嫌いな食べ物を無理矢理食べさせて、えずく彼に
「私の料理はそんなに不味い?、だったら食べなくていいよ」
多分美味しくなかったと思いまし苦手な物を食べてえづくのは、ほぼ生理現象です。しかも彼はいつも全部平らげてくれました。
「私の方が賢いからってテスト前に頼ってこないで」
私が彼を頼ることもあります。
セックスをした直後ですら彼に理不尽に怒ったことだってあります。
喧嘩をした後は決まって彼のバイクで目的地なんて決めずにドライブをして仲直りをしました。
彼のバイクに乗っている時だけが私が彼の愛を最も感じる瞬間であり特別な時間でした。
彼を独占できる特等席に座れる喜びは他の喜びよりも変え難いものでした。
そんな甘えに甘えまくった私は彼にフラれたのです。
彼から別れようと告げられた私は今までの気取った態度とは打って変わって無様に泣き喚きました。5歳児が母親に駄々をこねるように。
嫌がる彼のズボンを脱がせて愚息を咥えてまで。
萎んだままの彼を見上げた時に見えた彼の私を憐れむ顔は今でも夢に出て私を苦しませてきます。
その日私の…彼との付き合いは終わりました。
部活には行きづらかったですがなんとか私の理性を保ち平気な顔を装いました。
大学4年の時に入学し入部してきた彼女は、天真爛漫という言葉がピッタリな明るく誰にでも分け隔てなく接することができる私には無い"ナニカ"を持っていました。
その時は何も考えてはいませんでしたが、彼ととても距離が近く何かあれば彼とよく話をしていました。
心のどこかで疎ましく思っていました。
薄々勘づいてはいましたが、その時から彼女は彼に気があったんだと思います。
彼女と彼は音楽の趣味も映画の趣味も合うようで意気投合していました。私とは何もかも合わず、彼が私の趣味に無理矢理合わせてくれてたなぁ…
ただ付き合うことになるなんて思いもしませんでした。いや考えたくはなかったです。
そんな彼と彼女が手を繋いで歩いているところに遭遇したんです。何も考えられなくなると同時に吐き気やら
めまいやらがしてきて耐えられませんでした。
近くのドトールに入りホットラテを注文して心を落ち着かせます。
多分彼女は私とは違い、理不尽を生理のせいにはしないし、彼の嫌いな食べ物を強要したりもせず、簡単に彼を否定することもないでしょう。
彼女に勝てる部分はほとんどありません。
ただ彼のバイクのあの特等席に彼女が乗ることだけは
どうしても許せません。
彼の大きな背中を感じて、振り落とされないように、しがみつきライダースーツ越しでも彼の体温を感じていたあの特等席…。
今は私よりも3つも下のクソガキにあの特等席に座られていると思うと涙が溢れそうになりました。
ドトールの硬い椅子と狭い席で涙で塗りたくったファンデーションやらチークやらが、ぐしょぐしょになった顔は、とっても醜かったと思います。
大学を卒業したあと、彼は就職するにあたって、あのバイクを売ったそうです。私と彼の思い出の詰まったバイク。後輩に彼もバイクも寝取られた私。
あの冬を思い出すだけで今でも心臓がぎゅっと締め付けられます。
ある日、レッドバロンで彼の乗っていた物と同じバイクが展示されていました。あの頃の甘酸っぱくて苦い思い出を再度フラッシュバックさせて、その場から数分間動けませんでした。
もう2度と見たくはありません。
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