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誰か、いるの?

何度目だろう。トリートは後ろを振り返った。
そして、前へ向き直る。進もうとする先には雑草やゴミ、瓦礫が積み上がった乱雑な道。何かと物が多いくせに妙に足音が響く、蛇行した路地が見える。

コツ、コツ、コツ、コツ……、カチャン。

少しだけ重たいランタンを右手から左手に持ち替える。
夜更けをオレンジの灯りが照らし、他意なくすべてを包もうと迫る闇の侵入を払ってくれる。
ただし、路地は道の上部にぶら下がった街灯のおかげで心なしか明るい。
壁から物干し竿のような無骨な棒が伸びていて、街灯はそこにぶら下がっており、それがずっと先まで等間隔に続いている。
光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇……。
暖かさと冷たさを交互に感じて歩くかのような、そんな蛇行した道が続いている。

キィ……キィ……

路地の入口、最初に目に飛び込む街灯は古くなっているのか、かろうじて指一本で宙吊りになっているような状態だ。いつも危険に思って、真下を通るのはやめている。こんなところを通って家に帰らなければいけないことをまず一層嫌に思う瞬間だ。

ここを抜けると、またすぐに暗がりの道が闇の大口を開けて待ってはいるが、どうせすぐに家の灯りがぼんやりと見え始めることを知っている為、路地を抜けた後に不安を感じたことは、少なくともトリートはなかった。だけれどそこは足元が不安定なのも知っているから、このままランタンの明かりは絶やさないでいる。

ただただトリートはいつも、この路地を通るのが嫌いだった。
蛇行して妙に道がくねくねしていて、似たような風景が連続するが故に、ちょっとでも考え事をして歩いていると、自分がどれだけ歩いてきたのか、あとどれくらい歩けば出口に着くのか、体感が空気中に溶けて消えてしまいわからなくなってしまうのだ。その時の不安や焦燥感にも似た、あの気持ち悪く、路地に閉じ込められたような感覚は、仮に何度味わっても慣れることはないだろうと思っていた。

とにかく今日は少し遠くまで探検し過ぎた。怖い思いをして歩くのは嫌だからと、いつもは明るいうちに家路につくのだが、この日ばかりは好奇心に負けてしまった。カバンに詰め込んだ収穫品も普段より少しだけ重たい。
一端の魔法使いになる為に、今は魔法だけではく薬学の勉強もしている。試みようと考えている調合に必要な植物類は大抵近場で取れるのだが、探検の最中、今まで全く知らなかった、貴重な植物が生えている珍しいスポットを発見し、さらにそこでbqと描かれた不思議なコイン状のアイテムや異国の硬貨と思われるものなど、普段あまり目にしないものを偶然にも多く見つけた。故にそれらを「コレクションにしたい」という欲求も同時に芽生え、人知れず拾ってはカバンに詰めて、続けて目を皿にしながら同じところを二、三度調べるくらいにウロウロとしていた。
誰がどう聞いても、いつもとは違う収穫、出来事に遭遇したことが遅くなった明確な要因だ。

──ふと彼女は立ち止まる。
肩から下げたカバンの中の収穫品を改めて確認する為にカバンを開けた。
すると中に充満していた珍しい植物の、独特だが鼻の奥をくすぐるような良い香りが解き放たれる。
だが植物の香りを嗅ぐことを目的に立ち止まったわけではない。自分が肌身離さず持っているカバンの中身だ。中がどうなっていて、いま何が入っているのかくらい彼女は既にわかっている。
ただ立ち止まって、何の気無しに振り返る理由が欲しかった。

なぜなら先ほどから、背中に誰かがそっと触れようとしている……そんな感覚をずっと引きずりながら歩いているからだ。

「…………。」

無言のまま振り返る。
どうして”ひとり”というだけでこんなに不安になるんだろうか。
誰かが後ろからついてきやしないかと、背中の芯がそわそわするのだろうか。
……理由をわかっていながら、そんな疑問が心の中を過ぎる。
本能だ。そう、これは単なる本能なのだ。それをトリートも頭ではわかっている。
ひとりでいる時に怖さを感じるのは、守ってくれるものはなく、自分を守るのは他ならぬ自分自身以外にない心細さが故だ。
そして人間はそんな恐怖心を生み出してしまう程に、常に死角となる部分が多い。何故、人間は背中に目を付けなかったのだろうか?
見えないところから何かが現れれば、まるで電気を流されたかのうように、身体が一瞬跳ねる驚きを感じ、心臓が高鳴り、心拍数が上がり、思考は一時的に麻痺するだろう。全て自分の命を危険から守ろうと、心と身体が本能的に判断するが故だ。
……そんな思いをしたくないと思うから、返ってそれが恐怖となる。

何度目だろう。トリートは後ろを振り返った。

コツ、コツ、コツ、コツ……。振り返っても誰もいやしない。
地面から腕が生えてくる……、陰から何者かの顔がそっと覗いている……、誰かの足音か、囁き声が聞こえる……、そんな、起こってもいない事態を妄想しては身震いをする。

「誰か、いるの?」
思わず……、いや、たまらず蛇行する路地へ音を投げて聞いてみた。
声が路地に響く。虚しく、空虚に音が消えた。

返事は無い。当たり前だ。ここまで一本道……、誰かが後ろから歩いて、もしくは走ってくれば嫌でも気が付く。隠れる場所だってありはしない。

それからも、何度も後ろを振り返っては進む、を繰り返した。

コツ、コツ、コツ、コツ……。

……コツ、コツ、……コツ、コツ……。コツ、コツ、コツ、コツ……。

やがてもうすぐ路地を抜けようという所まで差し掛かる。
目の前、あの頭上でぶら下がった街灯で最後、出口のはずだ。

トリートは無意識にその街灯を見上げながら歩く。


そして、


足を止めた──。


キィ……キィ……


目に映していた街灯は古くなっているのか、ぶら下げておくための棒に、かろうじて指一本で宙吊りになっているような状態だ……。それはいつも危なく思って、真下を通るのはやめているあの街灯に似ていて……。

「……あ、れ?」

(似て、いる……?)


(……いや、


おんなじ、だ……。)

何度目だろう。トリートは後ろを振り返った。

雑草やゴミ、瓦礫が積み上がった乱雑な道。何かと物が多いくせに妙に足音が響いた路地、が続いている。

…………カチャン。

不意に”出口だったはず”の方から音がした気がして、短く息を飲み込みながら反射的に正面へ向き直る。

するとトリートの目の先で、誰かが蛇行している路地の影へと消えていったように、見えた──。それは、金髪の短い髪の女の子のようにも一瞬見えた。

少し、風が吹いた。
「誰か………いる、の?」

ふとトリートは、鼻の奥でくすぐったい感覚を覚えた。

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