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一汁一菜でよいという提案

土井善晴さんがたどりついた、毎日の料理をラクにする方法

子育てに追われて時間がとれない、仕事で疲れて料理する気になれない、一人分を作るのは面倒……。「食べること」が大切だとわかっていても、おろそかになってしまいがちな毎日の料理。そんななか、台所に立つ人を楽にしたいと『一汁一菜でよいという提案』という本を書いたのが、テレビや雑誌でもおなじみの料理研究家・土井善晴さんだ。家庭料理の研究の末に行きついた“一汁一菜”とはどんな食事スタイルなのか、土井さんに聞いた。
基本の形さえもっていれば、食事作りに悩むことはない

――ご著書のなかで、「お料理を作るのがたいへんと感じている人に読んで欲しいのです」という最初の1行がとても印象的です。どんな想いで、この本を書かれたのですか?
土井 何か、私の周りにいる人たちが皆、「毎日の食事作りが大変だ」と訴えるんです。どうしてそんなに大変なのかというのが私にすれば疑問だったわけですが、いろいろ聞いてみると、仕事で帰りが遅くて家でお料理する気になれない、外のことで忙しくて家のことは後回しになってしまう、子どもが手を離れてモチベーションがなくなった……と、お料理をしない、できないという理由はいくらでもあるのです。

 でも、皆決してそれでいいとは思っていない。たいていの人が、毎日の食事をきちんとしたいと考えていることもわかりました。外食ばかりでは落ち着かないし経済的にも続かない。食がきちんとしないと何か自分の暮らしに自信が持てず、未来にも不安を感じる。皆食べることの大切さは体で知っているけれど、何をどうすればいいのかがわからない。そんな風に、食との向き合い方に悩んでいるんですね。
 「食」とは人が生きるための基本となる行為なのに、何かに強制されるように義務感で料理しているとしたら辛いですよね。生きることそのものが辛いことになりかねない。だから、少なくとも自分と家族を守るということなら、何もそんなにむずかしく考えなくてもいい、心の置き場、基本となる形さえもっていれば、もう食事作りに悩むことはないんだよと伝えたかったのです。
「一汁一菜、ええことだらけですわ」

――心の置き場となる基本、それが「一汁一菜」ということですね。
土井 そう、食との向き合い方に悩む人にとって、わかりやすい入口になるのではと考えたのが“一汁一菜”やったんです。一汁一菜とは、ごはんを中心として、汁(みそ汁)と菜(おかず)それぞれ1品を合わせた和食の原点ともいえる食スタイルです。
 昔の庶民の暮らしではおかずはつかないことも多かったから、実際には「みそ汁、ごはん、漬物」だけで一汁一菜の型を担ってきました。だから、いまだって、おかずをわざわざ考えなくても、ごはんとみそ汁を作り、みそ汁を具だくさんにすれば、それで充分「一汁一菜」なんです。

「みそ汁、ごはん、漬物(おかず)」の型にこだわらずとも、ごはんと具だくさんのみそ汁さえあれば「一汁一菜」になる(写真・料理=土井善晴)
 ごはんを炊いて、具だくさんのみそ汁をつくる。これだったら料理の上手下手もないし、男女の違いもないし、一人からできる。10分もあれば食べ始められます。栄養面でいえば、日本人はずっとこれを続けてきたのだから、毎日3回ずっと食べ続けたとしても元気で健康でいられるはずです。まあ、ええことだらけなんですよ。
 考えることはいりません。日常の食事を一汁一菜と決めてしまえば、食事作りのストレスはなくなります。これなら料理が大変と言っている人たちにも、顔洗ったり部屋を掃除したりするのと同じ、毎日繰り返す日常の仕事の1つとして受け入れてもらえるんじゃないでしょうか。
一輪の花を愛でるようにみそ汁を味わう

――長年、家庭料理を探究してこられた土井さんに、「ごはんとみそ汁だけでよい」と太鼓判を押されると気持ちが楽にはなります。でも、本当に、それだけでよいのですか?
土井 ごはんとみそ汁だけなんて言ったら、手抜きと思われるかもしれませんね。でも、一汁一菜は決して手抜きではありません。手抜きだと思うと後ろめたさを感じてしまいますが、そもそも和食の身上は素材を生かすこと。素材の持ち味を引き出すにはシンプルな料理がいちばんです。家庭料理は手をかけないことがおいしさにつながるのです。
 もちろん、野菜の泥を洗い、食べやすく切って、火を入れる。これは手間ではなく基本的な当たり前の調理。ここはていねいにする。でも、それ以上に手をかける必要がないのが一汁一菜です。

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