[エストニアの小説] #5 グラバー (全10回)
「で、おれは荷馬車に座って待った。すぐに仕立て屋がやって来て、エプロンの下に何か隠して、荷馬車の後ろにそれを積んだ。そして『さあ、行け』と言っておれを送り出した。『さっき言ったことを忘れるな』 そう念を押した」
「おれはそれから喜び勇んで家に向かった。これからどう暮らそうか、グラバーには何をさせようか、いろんなことを考えた。ところが5、6キロも行ったところで、何か燃える臭いがしてきた。いったい何だと、グラバーが煙をたてているのか、それとも何か起きたのか。おれは振り返っちゃいけないんで、そのまま進んだ。だが背中に火がついたみたいになって、その先1キロも進めなかった。おれは荷馬車から飛び降りた、そして見た。荷馬車の後ろが燃え盛っていた。藁が燃え、積んでいた袋も火の粉、おれのコートの背中も焦げていた。毒づきながら大事なものを何とか取り出し、仕立て屋を呪った。おいこら、この悪党が、おれの荷馬車に火のついた石炭を置いたな。おれのような信心深い者をバカにするとは許せん。グラバーや悪魔の群れに食われようともな」
「2、3日たって、ラグリクーラで仕事があったんで、トックロースの家まで行った。あいつは道のずっと向こうでおれを見つけると、こっちに向かって走ってきやがった。それで目を輝かせて『よう、シルベル、グラバーは良かったか?』と訊いてきた。『よく聞け、この人殺し。あの酷い冗談はなんのつもりだ?』 そうおれは言い返した。『なんのことだ?』 トックロースはびっくりして訊いてきた。『おまえは火のついた石炭をおれの荷馬車に置いただろ、家畜にするみたいに、頭の足りない動物みたいにおれをバカにしたな』『してない』 仕立て屋は懸命に否定した。『そんなことしてないって! それともオレが正直者のおまえをだまそうとしたとでも? 友だちをペテン師呼ばわりするなんて、恥ずかしいと思え。間違いはどこか別のところで起きたに違いない。おまえは悪魔の名を口にしたりしなかったか?』『してない』 おれは自信をもって答えた。『でもおまえは肩越しに振り返っただろう?』『いやしてない』とおれ。『おれが見たのは、荷馬車が燃えさかってからのことだ』『じゃあ、おまえ臭いのを一発やらなかったか?』 トックロースが訊ねた。『いや、してないと思う、もししたとしても、ほんのちょっとだ』 おれは答えた。『あー、それだ、それだよ』 仕立て屋が騒ぎだし、コマのようにおれのまわりを回りはじめた。『おまえは酷いアホだ。まったくもってイライラさせるやつだ。何をしでかしたんだ?』 仕立て屋は声を荒げて怒りだした。『おまえはオレに恥をかかせた、おまえにやった幸運をだめにした。おまえとはもう関わりをもちたくない。オオカミにでも食われろ、幽霊の餌食になれ。じゃあな!』 仕立て屋はそう言うと、おれの目の前でピシャリとドアを閉めた」
「あとになって、おれはたびたび思案した。トックロースは真っ正直な人間だったのか、それともペテン師のゴロツキだったのか」 クディシームは話を締めくくった。
明らかにこのグラバーの出来事は、いまも森の住人クディシーム爺の立腹の種だった。クディシームは壁から銃を取ると、よろめきながら足早に外に出ていった。
「みてろ。おれは鳥を捕まえる」 そう腹をたてながら言う。
「グラバーを信じない人たちがいるんだ」とロキが突然口にした。「そういう人たちは妖精がいることだって信じない。そんなことはバカバカしいかぎりだって。その人たち、おかしくない?」
そのあとロキは頬を真っ赤に染め、不安げになり、恥ずかしさで顔を隠した。
「人というのはバカなもんだ、ロキ」 ニペルナーティは励ますように言った。「その人たちは何も信じない、それに何も知らない。その人たちは手に触れられるものを手にし、食べられるものを信じるだけだ。天の神よ、わたしはグラバーをこの手に捉えたことがないし、妖精と出会ったこともありません! でもどこかの間抜けのところに行って、そう言ってごらん。そいつは爆笑するか、こっちの頭がおかしいと思うさ」
ニペルナーティはこの話に夢中になり、続けた。
「そうだ、ロキ、こんな風にきみを見ていると、きみにグラバーをぜひともあげたいという気になってくる。故郷ではたくさんのグラバーを手にしていた。籠の中のオウムみたいにヒューヒュー、ペチャクチャやっている。いいかな。オスとメスがいれば将来子が生まれる。そうやってたくさん増える。イナゴの大群みたいにね。想像してごらん、ロキ、500匹、いや1000匹のグラバーが宙を舞っている。そのどれもがきみが喜ぶものをくちばしにくわえてやって来る。そいつらがどうやって耕し、種をまき、収穫するか、金をどうやって掘り出すか、湿地を乾かすか、家畜を世話するか、クマを捕まえるか、家を建てるか、子どもたちの世話をするか。あらゆる場所がグラバーの火であふれ、空気がタールの臭いと煙に満ちる。だけど小さなロキは、千人の奴隷に司令を与える女王のようにその真中にいるんだ」
「グラバーは繁殖しない。グラバーは作られるんだから」 ロキが小さな声で口をはさむ。
「そうなのかい?」 ニペルナーティが驚いて聞き返す。「なんでそれに気づかなかったんだろう。一度故郷に帰れば、10匹と言わず、100匹くらいはグラバーがいると思ったんだが。おかしなことだ。そうか、わかった。ロキが手をつけるには、二つのことで充分だろう。いずれにしてもここでは、それほどたくさんの仕事があるわけじゃない。まず雌牛を手に入れる、そして子豚も1匹、それから小屋を修理する」
'The Raftsman' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation ©: Kazue Daikoku