キリン「桃花」が諦めないことの大切さを教えてくれた
今年2月、岡山市の私立・池田動物園で飼育されていたアミメキリン「桃花」(24歳、めす)が天国に旅立ちました。日本にキリンが約170頭いる中で、5番目の長寿でした。経営が厳しいとたびたび報道される小さな私立動物園ですが、限られた環境下で桃花の幸せを願った飼育手法、およびその意識の広がりは全国で高い評価を受けました。飼育員の中山広子さんに桃花の飼育について寄稿してもらいました。
岡山市にある池田動物園の中山広子です。
2020年2月10日に亡くなったキリン「桃花」のお話をさせていただきます。24歳6か月の彼女の人生を振り返り、思い出をお伝えできればと思います。
桃花は1995年8月6日、埼玉県こども動物自然公園で生まれました。
この時は、「マナツ」という名前でした。お母さんの名前「マツエ」から一字をもらって名付けられたそうです。
私は桃花という名前が可愛くて好きですが、マナツという名前もお母さんに守ってもらっているようで大切な名前でした。
歴代の飼育担当者は、「マナツ」「まなちゃん」と呼んでいることが多かったです。
マナツとして埼玉で約1年4か月暮らし、1996年12月10日、はるばる岡山までやって来てくれました。
当園では、園を代表する人気動物だったキリンが死に、いなくなった状態でした。そこで、岡山のみなさまから愛される名前をと一般募集し、桃花という名前が選ばれました。桃の生産で有名な岡山らしい名前をいただきました。
私が飼育担当になったのは2005年。キリンの担当は初めてでした。
その頃の桃花は9歳になり、身長は約4.5mと立派なキリンに成長。「美人」「優しい目」「まつ毛長くて羨ましい」。お客様からもたいへんな人気者になっていました。
桃花は健康問題を抱えず、平穏な日々を過ごしていました。
でも心配ごとがありました。
実は、これまでの当園でのキリン飼育はなかなか上手くいかず、10歳ほどの短命で生涯を終えることがほとんどでした。
桃花にはなんとか長生きしてほしい……。当時の飼育スタッフはキリンの飼育管理方法を改めて見直していました。
2010年7月。14歳になった桃花の蹄に変化が表れました。
キリンの飼育で、蹄が伸びてしまう足元のトラブルはよくある話です。伸びすぎるとつまずいたり、転倒したりする可能性が高くなり、骨折など致命的なけがをすることがあるのです。
蹄は歩くことにより土で自然に削れると考えられていますが、根本的な原因はわかっていません。
私は蹄の状態を毎日注意して見てはいたものの、対策が分からず、何もできませんでした。
そして11年9月には、蹄がとんでもなく伸びきってしまいました。
長生きするには、伸びた蹄を管理しないといけない――。
でも当時の動物園は、安全面の問題からキリンに触ることはもちろん、同じ空間にいたらダメ、という考えが普通でした。
蹄が問題になっているのに何もできない。「明日脚が痛くて立てなくなったらどうしよう……。つまずいて倒れてしまったらどうしよう……」。不安になってよく眠れない日が続きました。
このままではいけないと、まず取り組んだのは、距離を取りながら削蹄(さくてい、蹄を削る)をすることです。自分の身長ほどの鉄の棒とやすりを溶接してくっつけ、桃花がえさを食べているときに蹄を削ろうとしました。
桃花は武器みたいなものを持つ私と、微妙な距離感をもつようになりました。むしろ逃げていました。えさを食べている間に削ろうとしても無理。
失敗でした。
悩んでいた時に参加した「有蹄類会議」(2011年)で、竹内振作さん(羽村市動物園→横浜八景島シーパラダイス)に出会いました。
キリン飼育の関係者が集う会議で、キリンをトレーニングして、竹内さんから健康を管理する話を聞きました。
頑張れば削蹄ができるようになるかもしれない!
希望の光の一筋が見えた瞬間でした。
全国の動物園でキリンに近づくのは危険と考えられていたものの、蹄の課題はどうにかしないといけないと感じる飼育員は少なくありませんでした。
その中で、当時数人だけがキリンのトレーニングをしていたのです。竹内さんは、わざわざ岡山にきてくれて、その方法を教えてくれました。
トレーニングは、飼育員が求める行動をしたときに笛を鳴らし、ごほうびとしてえさをあげることを繰り返します。
削蹄したい脚を前に出す、削っている間はじっとすることが「求める行動」です。ただ、トレーニングをやるかやらないかの選択はキリンにあり、強制ではないのが大切なポイントです。
私は蹄を削る道具に、配管を切るためののこぎりを使いました。ぎざぎざの彫りが小さく、振動が少ないためです。
蹄はかなり形が悪くなっていました。蹄への体重のかかり方を頭に入れ、1ミリだけ削る日もあれば、ただのこぎりをあてるだけの日もありました。
そして、たくさんのサポートを得て、約1か月後に桃花の蹄の伸びた分を切ることができたのです!
削蹄は私にとって大きな経験でした。
桃花のためにできることはもっとあるはずと、考えるようになりました。
健康管理のために採血や体温測定などのトレーニングをスタート。一頭で暮らしている桃花が、少しでもより良く暮らすためにどうすればいいか、飼育の手法そのものも見直していきました。
新しく取り組んだ採食エンリッチメントもそのひとつです。
のびのびbranch・・・ゴムで枝を止めることでしなりを出して、キリンが引っ張ると枝がついてきて、切ってない枝を食べるように力が必要になります
見えるおやつ箱・・・少し食べにくい場所に「おやつ箱」を設置して、ふだんとはちがう採食行動を引き出します
桃花は好奇心旺盛で、よくわからないものに対しても近くまで寄って確認します。飼育員が何か設置すると、また新しいアイテムが来たな!と思っていたのかもしれません。
桃花の健康管理やエンリッチメントは、当園の他の動物へと広がりました。エンリッチメントに使う道具は、100円ショップなどどこにでもあるようなものばかりです。
お金がなくても工夫してアイデアを実践に移していく。こんな取り組みが市民zooネットワークから評価され、「エンリッチメント大賞 奨励賞」を受賞しました。
(エンリッチメント大賞の授賞式。中央が中山広子さん=2018年12月、東京大学)
桃花との別れは今年2月に突然やってきます。朝、飼育係が出勤したときに倒れていました。
キリンは飼育下で20~25年生きるといわれます。桃花の24歳6か月は、国内で約170頭いるうちの5番目の長寿でした。解剖の結果、内臓の疾患が一部で見られました。
今ゆっくり振り返ると、私にとって桃花は、動物を飼育する上で必要なことを教えてくれる先生のようでした。
諦めずに取り組むことの大切さを教えてもらいました。この経験を無駄にすることなく、今生きている動物たちへ恩送りしていきたいと思います。
当園は経営が厳しく、飼育環境の整備が遅れている園と言われます。
それでも個体の健康管理をきちんとしていくことで、他の動物園から「池田に動物を送り出しても大丈夫」と言われるようにしたいと思っていました。そういう意味でも、桃花の存在は大きかったです。
桃花は多くの岡山の方にかわいがっていただきました。お別れ会は新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、開催できるときがきたらまたSNSなどでお知らせします。
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