Day405 エズラ記 2章
バビロンの王ネブカドネツァルがバビロンに引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれてエルサレムとユダに上り、それぞれ自分の町に帰ったこの州の人々は次のとおりである。
捕らえ移された先から上って来たこの州の人々は次のとおりである。彼らはバビロンの王ネブカドネツァルによってバビロンに連行されたが、それぞれエルサレムとユダにある自分の町に帰った者たちである。
エズラ記 2章では
帰還した捕囚の民
バビロンの王ネブカドネツァルが
バビロンに引いて行った捕囚の民で、
その捕囚の身から解かれてエルサレムとユダに上り、
それぞれ自分の町に帰ったこの州の人々は
次のとおりである
彼らは、ゼルバベル、ヨシュア、ネヘミヤ、セラヤ、
レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、
ビグワイ、レフム、バアナと一緒に帰って来た
イスラエルの民の人数は次のとおりである
バルオシュ族、2172人
シェファテヤ族、372人
アラフ族、775人
ヨシュアとヨアブの2族からなる
パハテ・モアブ族、2812人
エラム族、1254人
ザト族、945人
ザカイ族、760人
バニ族、642人
ベバイ族、623人
アズガデ族、1222人
アドニカム族、666人
ビグワイ族、2056人
アディン族、454人
ヒゼキヤ族、すなわちアテル族、98人
ベツァイ族、323人
ヨラ族、112人
ハシュム族、223人
ギバル族、95人
ベツレヘム人、123人
ネトファの人々、56人
アナトテの人々、128人
アズマウェテ人、42人
キルヤテ・アリム人と
ケフィラ人とベエロテ人、743人
ラマ人とゲバ人、621人
ミクマスの人々、122人
ベテルとアイの人々、223人
ネボ人、52人
マグビシュ族、156人
別のエラム族、1254人
ハリム族、320人
ロデ人とハディデ人とオノ人、725人
エリコ人、345人
セナア人、3630人
祭司は、
ヨシュアの家系のエダヤ族、973人
イメル族、1052人
パシュフル族、1247人
ハリム族、1017人
レビ人は、
ホダウヤ族のヨシュアとカデミエルの2族、74人
歌い手は、
アサフ族、128人
門衛の人々は、
シャルム族、アテル族、タルモン族、アクブ族、
ハティタ族、ショバイ族、合計139人
宮のしもべたちは、
ツィハ族、ハスファ族、タバオテ族、
ケロス族、シアハ族、パドン族、
レバナ族、ハガバ族、アクブ族、
ハガブ族、シャルマイ族、ハナン族、
ギデル族、ガハル族、レアヤ族、
レツィン族、ネコダ族、ガザム族、
ウザ族、パセアハ族、ベサイ族、
アスナ族、メウニム族、ネフシム族、
バクブク族、ハクファ族、ハルフル族、
バツルテ族、メヒダ族、ハルシャ族、
バルコス族、シセラ族、テマフ族、
ネツィアハ族、ハティファ族
ソロモンのしもべたちの子孫は、
ソタイ族、ソフェレテ族、ペルダ族、
ヤアラ族、ダルコン族、ギデル族、
シェファテヤ族、ハティル族、
ポケレテ・ハ・ツェバイム族、アミ族
宮のしもべたちと、ソロモンのしもべたちの子孫は、
合計392人
次の人々は
テル・メラフ、テル・ハルシャ、
ケルブ、アダン、イメルから引き揚げて来たが、
自分たちの先祖の家系と血統がイスラエル人で
あったかどうかを証明できなかった
デラヤ族、トビヤ族、ネコダ族、652人
祭司の子孫の中では、
ホバヤ族、ハ・コツ族、バルジライ族
このバルジライは、
ギルアデ人バルジライの娘の一人を妻にしたので、
その名で呼ばれていた
これらの人々は自分たちの系図書きを捜してみたが、
見つからなかったので、
彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた
そのため総督は彼らに、
ウリムとトンミムを使える祭司が起こるまでは、
最も聖なるものを食べてはならないと命じた
全会衆の合計は4万2360人であった
このほかに、彼らの男女の奴隷が7337人いた
また、彼らには男女の歌い手が200人いた
彼らの馬は736頭
らばは245頭
らくだは435頭
ろばは6720頭であった
一族のかしらの中のある者たちは、
エルサレムにある主の宮に着いたとき、
神の宮を元の場所に建てるために、
自分から進んでささげ物をした
彼らは自分たちの財力に応じて、
工事資金として金6万1000ダリク、
銀5000ミナ、祭司の長服100着を献げた
こうして、祭司、レビ人、民のある者たち、
歌い手、門衛、宮のしもべたち、
すなわち、全イスラエルは自分の元の町々に住んだ
※文中の表記は『聖書 新改訳2017』を使用しています
エズラ記2章では、帰還した民の人数が
いくつかのグループに分けて記されています