第018話 焦り
――数ヶ月前。
瑛斗先輩の配信に色々な問題が起こった時、オレたちはこのまま進んでいっていいのかと自問自答する様になった。
オレがこのままだから先輩も一歩を踏み出せないんじゃないか。
オレがもっと動けば先輩も変わってくれるんじゃないか。
そんな事ばかり考える様になった。
「やぁ、ハチピ。今日も訓練?」
「クゥイン……。いや、まぁ……そうかな……」
闘技場で剣を振っているとクゥインがやってきた。白のハピバトスーツ。オレと色違いのそのスーツはS.S.さんが敵対しているG社のものだ。
自分の心を見透かされないように笑ってみせると、クゥインは探るようにじっと見つめてくる。クゥインは瑛斗先輩みたいに可愛い顔をした男で、黄色い髪もなんか先輩みたいだ……。オレは咄嗟に視線をそらした。
「……ねえ、スコアも大分良くなったし、G社でちょっとバイトしてみない?」
「バイト?」
「そう、バグ退治。まぁ、取り敢えず話を聞くだけ聞いてみてよ」
クゥインは何も聞かずにそう切り出す。
先程考えていた"オレがこのままだから"という言葉が頭をよぎった。
「そう……だね。わかった、話聞いてみる」
「じゃあ、G社には転送で行くから私とリンクさせるね」
グループを組むように紐付けるとリーダーが選択した別のワールドへ移動が出来る。オレがG社に入るためのパスがなくても入れるというわけだ。ネオガイアに浮かぶ、あの無機質な建物に入れるのか。なんかちょっと楽しみ。
転送が始まり緑の光線がいくつも体を突き抜けていく。
すぐにローディングが終わり、G社のオフィスらしき室内に立った。周りにはガラス張りの部屋がいくつもあり、その中では動物やモンスター、家具や武器などの小道具を作っている人たちがいた。
「現実世界で作っているんじゃないんですね?」
「え? ああ、あれ? そう。私は技術のことはよくわからないけど、パソコンで作った後、ネオガイアに持ってきて、こっちで微調整するみたい。細かい作業はここでやる方が楽なんだって」
「へ~……」
初めて見る光景にオレは凄く興味を惹かれた。凄い。本当に凄い。まるで世界を作っている神様のようだ。
「ミスターP.K.、ご無沙汰しています」
「え?」
ずっと横を見ていたオレは、クゥインの声で前を向く。そこにいたのはテレビでしか見たことないあのP.K.社長がいた!! 赤のスーツにハーフマスク。相変わらずコスプレのような出で立ちだけど、かっこよさはハンパない!! オレの背筋が勢いよく伸びた。
「クゥイン。ご苦労さま。この前のSSクラスのバグを倒した映像を見たけど、素晴らしいね。これからも頑張って」
「ありがとうございます」
「やあ、こんにちは。初めましてP.K.です」
急に伸ばされた手にオレは馬鹿みたいにぼうっと立ち尽くしてしまった。
「ハチピ、緊張しているの? 大丈夫だよ、ミスターP.K.は怖くないよ」
くすくすと笑うクゥインの声に、オレは慌てて握手を交わす。
「初めまして! ハチピです!! お会いできて光栄です!!」
「リラックスして。クゥインといるということはハチピもバグ退治をしているのかな?」
「いえ、今日はそれについて話を伺いに」
「ああ、そうか。ネオガイアを守るヒーローの仕事だ。正義のヒーローは好きかい?」
「はい!」
「オーケー。ならきっと君にとって天職になるよ。ユーザーが楽しく過ごせる世界を一緒に創ろう」
P.K.社長は気さくにオレの肩を叩いて立ち去った。
はあああああああ。
すっげーーーーー!!!
有名人に会ったーーーーーーー!!!!
「ははは、私も最初は興奮したよ。じゃ、こっちに来て。説明するよ」
大きなモニターがある部屋に通されたオレは、バグ退治についてと報酬の説明を受けた。
「ハチピは配信者だし、何かを生み出したいって思ってるんだろう? G社はそういう若者を応援したいと思っている。クリエイティブな活動のバックアップ。それが報酬になる」
「活動のバックアップ……」
いい機会だと思った。
オレはG社の手伝いをすることに決め、Gスーツを身に着けて瑛斗先輩に別れを告げた。
◇
クリエイティブな活動をすると決めて屋根裏部屋を作り、ギターを持ち込んだりして意気込んでいた。
『すごいっ』
『次はどんな風になっているか楽しみ!』
『待っているね!』
皆からの言葉は支えになった。けれど、期待は毒にもなっていたみたいでオレの心を激しく蝕んでいく。
それは学業とインターン、塾のバイトが忙しすぎて手が回らないこと。あれもこれもやりたいという自分の心と身体と時間が追いつかないのだ。やりたいことが出来ない。作れない。
辛い……。
自分が掲げた目標や理想が高いのだろう。
もっと上へ。もっと……もっと……!!
そう考える度に、どれだけやれば成功と言えるのか、どれだけやれば成功できるのか、道が見えないことに不安がどんどん膨れ上がっていた。
瑛斗先輩はもう側にいない。
果てない荒野を一人で歩いている気分だった。
週ニ回しか配信がない事も不安に拍車をかけていた。
毎日配信をやっていた時は、熱が出ても声が出なくても何が何でも配信を続けていて、それが自分への積み重ねとして自信に繋がっていた。
だけど今はそれがない。
僕の配信には何の価値があるんだろう。
応援してくれる人たちのために何が出来ているんだろう。
何も出来ない自分が不甲斐なかった。
インターン先でも自分の不甲斐無さに、人前で泣いてしまった事もあった。
正直、どうすればいいか自分でもわからなくなっていた。
もうだめだ。限界だ。
――活動をやめよう。
思ってはいけないそんな言葉が頭に浮かび上がっていた。
◇
配信でお世話になっている人達に会う機会が出来た。心に深い影を抱えているオレは終始言葉が出てこない。印象は良くなかったかもしれない。
だけど、そんなオレでもみんな凄く優しくて温かく迎えてくれた。
技術的なことを学び、二本の動画を作成した。
一本は雑な動画。
もう一本はオリジナル曲の動画。
素人丸出しの酷い出来の動画だった。
だけどこれをSNSで発信すると沢山の人が笑ってくれて、褒めてもくれた。
オレはそれに救われたんだ……。
ああ、こんなのでも笑ってくれる人がいる。
もしかしたら自分を責めすぎてたのかもしれない。
もっとできる!
もっとやれる!
目標を高く自分を追い詰め、完璧な自分を求めすぎていた。
それに気がついたら張り詰めていた心がふっと軽くなった。
もっと自分ができるスピードでいいのかな。
時間はかかるかもしれないけど、ゆっくりでもいいのかもしれない。
オレはもう一度前を向いた。
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