『ラッキーアイテム』 第5話
○○君が手術を受けると決めてから数週間が過ぎた。
今日は彼が手術を受ける日。
和:「…」
今は昼休み。
クラスのみんなが仲良く話している中
私は青空に広がる雲の動きを自分の席から眺めていた。
桜:「さっきから空を眺めているけどどうしたの?」
桜が私を心配するように話しかけてきた。
和:「今頃、○○君は手術を
受けているのかなと思ったら…不安で…」
彼は私たちが4限の授業と
昼休みを過ごしている間に手術を受けている。
桜:「だから、4限の体育の動きも悪かったの?」
和:「そんな感じ。シュートを決められなくてごめんね…」
4限の体育はバスケットボール。
桜と同じチームでプレーしたが
私はシュートを一本も決めていない。
和:「桜は○○君のことが心配じゃないの?」
今日も桜は普段と変わらず、マイペースだった。
桜:「心配だけど…○○なら大丈夫と信じている!
昨日、○○は心配するなとメールで言ってくれたから。」
桜:「和も信じよう?○○を。」
和:「そうだね!」
彼は優しいし、真面目だから神様が必ず味方をしてくれる。
手術は必ず成功する。
だから、私も信じないと。彼なら大丈夫。
菅:「お二人さん、何を話しているの?」
咲月が学食から帰ってきた。
和:「○○君のこと。」
菅:「あ、手術は今日か。
今日の放課後に病室に行っても大丈夫かな?」
桜:「大丈夫だと思うよ。
というか来てほしいって頼まれたから。」
菅:「よしっ。じゃあ…今日の放課後も一緒に行きますか!」
普段は咲月、桜と一緒に病室に行っている。
5日に1回は美空と茉央ちゃんと行く。
和:「ごめん。私、美術部があるから
みんなと一緒には行けない…」
1週間に一度は美術部に顔を出すようにしており
今日がその日になってしまった。
和:「美術部の活動が終わったら、必ず行くから!」
桜:「分かった!待っているね!」
菅:「来なかったら許さないから!(笑)」
和:「必ず、行くよ!」
○○君にノートを渡した日から
私は毎日欠かさずに彼に会いに行っている。
だから、今日も会いに行きたい。
菅:「お菓子とかは持っていっていいの?」
桜:「史緒里先生が許可するまではダメだと思う。」
菅:「そっかぁ…何を持っていこう…」
______________________
・美術室
瑛:「今日、彼は手術を受けているんだね。」
放課後の美術室に私は瑛紗先輩と一緒にいた。
和:「手術はもう終わっているみたいですけど。」
咲月と桜は先に彼の病室に向かった。
瑛:「美術部の活動に来なくてもよかったのに。
彼のことが心配なんでしょ?」
和:「心配ですけど、美術部に週一回は
顔を出さないといけないので。」
転校生で部活に所属させてもらっている立場。
だから、私は守らないといけない。
瑛:「相変わらず、真面目だね。」
瑛紗先輩は画用紙に鉛筆を走らせる。
瑛:「今日はどんな絵を描くの?」
和:「前の続きですね。」
数日前から石膏のデッサンをしている。
瑛:「今日は○○君の絵を描けばいいのに。」
和:「えっ?」
瑛:「彼は手術を受けて、疲れているかもしれないでしょ?
彼を元気づけるために描いたほうがいいかなと思って。」
和:「確かに…」
私は彼の絵を描いたことがない。
和:「じゃあ、予定変更。」
彼の大事な日だから
元気づけるために描いてみるのもありかな。
瑛:「ほら。私も描いているから!」
瑛紗先輩も彼の絵を描いていた。
瑛:「あとで、私が描いたのもついでに持っていって?」
和:「自分で持っていけばいいのでは…(笑)」
瑛:「だって、夜は予備校があるから。
私にはそんな時間はないです!」
いや、彼の絵を描いている時間はあるんかい!
とツッコミを入れようと思ったが心の中に閉じ込めた。
和:「何を描こうかなぁ…」
私はどういう絵を描くべきか数分ほど考えた。
和:「〜♪」
そして、鉛筆を走らせた。
・咲月サイド
菅:「手術はどうだった?」
○:「分かんない。麻酔をやっていたから
いつの間にか終わっていた感じ。」
手術を終えた彼はベッドに寝転がり、ゲームをやっていた。
桜:「成功したんだよね?」
○:「そうみたい。あっ、負けた。」
菅:「呑気だねぇ…命に関わることなのに…」
彼は普段と変わらなかった。
桜:「気分はどうなの?手術前と違う?」
○:「スッキリした感じはするよ。
そこそこ気分は良いかな。負けたから、やる気失せた…」
彼はゲームを仕舞う。
○:「しばらくの間は薬を飲んだり
運動をやる体力がないから
リハビリしながら体力作りをする感じ。」
○:「12月くらいにはリンクで滑れるように
体力作りを頑張るかな。」
桜:「学校にはいつ来られるの?」
○:「分からない。
でも、リハビリする為にいつか行くと思う。」
彼は立ち上がり、水を口にした。
菅:「高校卒業は出来ないよね…?」
彼の出席日数は明らかに足りない。
○:「うん。だから、高2で辞めようかなと思って。」
桜:「そっか…」
○:「大学に行くかどうかはまだ分からないよ。」
彼は高卒認定の試験に合格していたから
大学への進学は可能だ。
でも、彼が学校から居なくなるのは寂しい。
桜も私も和もきっと同じ気持ちだ。
○:「それより、和さんは?今日は学校休んでいるの?」
菅:「ううん。来ているよ。
でも、今日は美術部の活動があるから
終わった後に来るって言っていたよ。」
○:「そっか…」
彼はなぜか安心した様子だった。
桜:「そんなに和に会いたいの?」
桜はニヤニヤしながら、○○君を見る。
○:「会いたいというわけでは…///
ただ、毎日来ているのにいなかったから
何かあったのかなと思っただけで…///」
彼は急に早口になり、慌てて理由を述べる。
菅:「ふーん…(笑)」
これは…これは…
○:「何だよ…咲月さん…」
彼は私を少し睨んできた。しかし、威圧感は全くなかった。
菅:「なんでもないよっ!」
○:「はぁ…」
彼はため息をついた後、ベッドに再び寝転がった。
菅:「そうだ。手術の成功祝いに
雑貨屋でぬいぐるみを買ってきたよ。」
先ほど、私はクマのぬいぐるみを買ってきた。
○:「ありがとう。そこの机に置いておいて。」
菅:「了解っ!」
私は机の上に小さなぬいぐるみを置いた。
○:「桜は何かないの?」
桜:「桜は○○の似顔絵を描いてきたよ!」
桜はとんでもない絵が書かれた紙を彼に見せた。
○:「あのさぁ…もう少し上手くなってよ…」
桜:「ここに飾っておくね!」
桜は彼の言うことを無視して、紙を机に置いた。
______________________
・和サイド
和:「描けた!」
彼の絵を描くことができた。
映像で見たことがある
スケートリンクに笑顔で立っている彼がモデル。
彼がまた笑顔でスケートが出来るように
と想いを込めて、この絵を描いた。
瑛:「ようやく描けたんだ。」
瑛紗先輩は先に描き終えていた。
和:「大切に描きたかったので
時間をかけてしまいました(笑)」
こだわってしまうのが私の悪い癖。
彼がこれを見て、元気になってほしい。
だから、大切に慎重に描いた。
瑛:「満足な絵を描けたならいいけど…
○○君の病室に行く時間は大丈夫?」
瑛紗先輩に言われて、私は腕時計を確認した。
和:「やっば!」
現在の時刻は17時。面会時間が終わるまで残り30分。
和:「急いで行かなきゃ!」
私は荷物を素早くまとめる。
瑛:「あっ、私の絵も持っていってね!」
私は瑛紗先輩の絵を受け取り
和:「はいっ!」
ダッシュで学校を後にして、病院に全速力で向かった。
・病院
和:「やばい…やばい…」
エレベーターに何とか乗ったものの
面会時間の終わりが徐々に近づいていた。
和:「あと20分しかない…」
エレベーターに乗る時間も考えると
実質あと15分しかない。
和:「着いた…」
エレベーターが8階に到着した。
和:「ごめん!遅くなった!」
早歩きで廊下を歩き、彼の病室に入った。
菅:「遅い!」
桜:「面会時間、あと少しだよ?」
和:「ごめん…絵に夢中になっていて…
それより、○○君はどこ?」
彼は病室にいなかった。
桜:「トイレ。もうすぐ戻ってくると思うよ。」
菅:「5分前に行ったかな。」
桜と咲月がそう言った直後に
○:「あっ、和さん…」
病室の扉が開いて、彼が戻ってきた。
○:「今日はもう来ないかと思っていたよ。」
彼はクスッと笑って、ベッドに腰掛ける。
和:「ごめん…美術部が長引いちゃって…
あっ、手術は成功したのかな?」
○:「うん。無事にね。
まだまだ、治療は続くけど…ふぁ…眠い…」
彼は大きな欠伸をする。
和:「寝不足?」
○:「麻酔がちょっと抜けないんだよね…」
彼は眠そうな声で目を擦る。
和:「そうなんだ…」
眠いなら、私は帰るべきかなと思ったその時
桜:「咲月、お手洗い行こう〜。」
菅:「う、うん!」
桜が咲月の手を無理矢理引いて
2人は病室を出ていった。
○:「さっきも行ったのにどうしたのかな?」
和:「えっ?」
○:「桜は20分前に行っていたのに…
水でも飲み過ぎたのかな??」
和:「さあ…?」
○:「いいや…戻ってくるまで2人で話そうよ。」
和:「そうだね!」
・咲月サイド
菅:「お手洗いって嘘だよね?」
桜に手を引かれて、私たちは廊下に来た。
桜:「バレた?」
菅:「手を力強く引っ張られたし
桜はお手洗いに行ったばかりでしょ。」
桜:「まあね。」
桜はニコっと笑みを見せた。
菅:「どうして、○○君と和を2人きりにしたの?」
桜:「だって、○○は和と話したがっていたから。」
菅:「確かにそうだったけど…桜は○○の彼女だったでしょ?
いいの?2人きりにしても。」
桜は○○のことをまだ好きな気がするけど…
嫉妬とかはしないのかな?
桜:「うん。確かに○○のことは
好きだけど、好きだからこそかな?」
菅:「好きだからこそ?」
桜:「うん。○○の隣に相応しいのは桜じゃないから。
好きだからこそ分かるの。」
桜は真っ直ぐな目で答える。
桜:「別に嫉妬とかはないからね?
○○が楽しく過ごしてくれるのが一番だから。」
菅:「そっか…」
桜:「さて…自販機で飲み物を買おうかな。」
・和サイド
和:「手術が成功したなら良かった!
今日の学校でも私はずっと不安で…」
○:「不安?和さんが不安になることなんてないでしょ。」
彼は笑いながら、話す。
和:「不安になるよ。だって、命に関わることだから。」
○:「そっか。優しいね。
僕の心配をしてくれて、ありがとう。」
彼は笑わずにお礼を言ってくれた。
○:「和さんが心配してくれたおかげで
手術は成功したのかもね。」
和:「えっ?いやいや、私のおかげじゃないよ!」
私は手術に何も関わっていないし
ただ、心配をしていただけで
○:「和さんのおかげだよ?
手術をする事を決めたあの日から…」
○:「毎日、病室に来てくれて
僕とずっと話してくれた。そのおかげで僕は元気を貰えた。
和さんから貰った元気で手術は成功できたと思っている。」
和:「○○君…」
○:「だから、本当にありがとう。」
彼は真っ直ぐな視線を私に向けてくれた。
感謝を素直に伝えてくれた。
和:「うん…///」
素直に感謝を伝えられると
やっぱり、嬉しくて、照れてしまう。
でも、今は少し違った。
幸せという特別な感情が生まれている。
彼に感謝をされると幸せで
他の人に感謝を伝えられるよりも
本当に嬉しくて、顔が真っ赤になるくらい
照れてしまいそうになる。
○:「美術部はどうだったの?」
○:「長引いたって事は絵に夢中になっていたの?」
和:「えっとね…○○君を
元気づけるための絵を今日は描いていたの。」
私は鞄の中に入った絵を探す。
○:「僕を元気づけるための絵?」
和:「そう。瑛紗先輩も描いていたから
私も描こうと思って…これが瑛紗先輩の絵だよ。」
最初に瑛紗先輩の絵を見せた。
○:「おお…相変わらず、上手いことで…」
彼は絵を受け取り、眺める。
○:「凄いなぁ…美大受かってほしいな…」
じっくりと瑛紗先輩の描いた絵を眺める彼。
和:「…」
しかし、その姿に少し嫉妬してしまった。
私の描いた絵もまだ見せていないのに…と。
○:「和さんは描いていないの?」
和:「あっ!描いたよ!」
その言葉を待っていましたと
言いたくなるくらい嬉しくなった。
私は自分が描いた絵を彼に渡した。
○:「…」
彼は無言で絵を見つめていた。
和:「どうかな…?いいと思う…?」
恐る恐る彼の反応を伺う。
○:「好きかも…」
和:「好き⁈///」
彼の口から急に飛び出したワードに
私は動揺してしまった。
好きって…///
○:「この絵の感じが好き。
見るたびに元気を貰えそうなこの感じが。」
和:「そっか…」
そうだよね…好きって
私に言っているわけじゃないよね…
あれ…?でも、なんで…
がっかりしているのだろう…
○:「ありがとう。大切に飾っておくよ。」
彼は立ち上がり、机の上に絵を置いた。
○:「それにしても、雲泥の差だね(笑)」
彼は机の上に置いてある何かの絵を見せてきた。
和:「…何これ?」
○:「僕の似顔絵だって。桜が描いた(笑)」
和:「似顔絵…なかなかの芸術的な作品(笑)」
○:「桜にはもう少し上手く描いてほしかったけど…
2人とも気持ちは伝わるから上手さは関係ないかな。」
彼は桜の絵の横に私が描いた絵を置く。
○:「和さんが長時間かけて
絵を描いてくれたお礼にこのノートを見せるよ。」
和:「ノート?」
○:「うん。桜たちには話していないけど…」
○:「和さんにだけ見せるよ。」
彼はそう言うと、引き出しからノートを取り出す。
和:「願いノート?」
奈央ちゃんが願いを記していたノートの名称と
同じだけどノートは明らかに新品のものだ。
○:「そうだよ。奈央が書いていたように
僕も願いごとを書こうかなと思って、作った。」
和:「どんな事が書いてあるの?」
○:「えっと…まだ願いごとは2つだけなんだよね…」
彼は私に近づき、ノートの中身を見せてくれた。
和:「生きたい…メダルを獲りたい…」
ノートの1ページ目には
その2つの願いだけが書かれていた。
○:「願いごとというよりも決意に近いかも。」
和:「○○君なら必ず叶えられるよ!」
神様は必ず○○君の味方になってくれるだろう。
○:「ありがとう。」
彼はノートを閉じて、引き出しにしまった。
○:「これからは願いごとを
少しずつ書いていこうかな。
あっ、これ以上は見せないからね?
自分だけの秘密にするから。」
和:「うんっ!いつか見られる時が
来るのを楽しみにしているね!」
彼がどんな願いごとを書くのか
私は気になるし、楽しみだ。
○:「あっ、そろそろ…時間になりそう。」
和:「本当だ…」
もう少し、早く来ていれば話す時間はもっとあったのに…
和:「もっと話したかったなぁ…」
願望をボソッと呟いたその時
○:「連絡先を交換する?」
と彼が提案した。
○:「連絡先を交換すれば
もっと、やりとり出来るでしょ?
それに和さんと出会って、1ヶ月経つのに
連絡先を交換していないのは変だから。」
彼は自分のスマホをポケットから取り出す。
和:「私と交換してもいいの?」
彼は連絡先を人にあまり渡さないと
咲月や桜が言っていたのにいいのかな?
○:「うん。和さんは大切な友人だから。」
和:「じゃあ、お言葉に甘えて…///」
私もスマホを取り出して、連絡先を交換した。
和:「電話は厳しいよね?」
○:「うん…厳しいけど…
メールのやりとりは大丈夫だよ。」
和:「良かった…
あっ…そろそろ…時間になりそう。」
時計をふと見ると、面会時間の
終了まで残り5分になっていた。
○:「結局、桜と咲月さんは戻ってこなかったね。」
和:「確かに。あとで探さないと…
じゃあ、明日も来るね!」
○:「うん。ありがとう。」
私は彼の病室を後にした…
廊下に出ると、桜と咲月が居た。
なんで、戻ってこなかったの?と聞くと
お手洗いの後にコンビニに
行っていたと桜は言っていた。
その一言で私は何となく気づいた。
桜が私と彼の2人きりの
時間を敢えて作ってくれたのかなと。
気を遣ってくれたのかなと。
でも、それを桜には言わなかった。
病院を出て、私は帰宅した。
和:「なんて、送ろうかな…」
帰宅した私は自室の椅子に座り
どういうメールを彼に送ろうかなと
私は数分間悩んでいた。
和:「お願いしますとシンプルに送ればいいか…」
私は彼にメールを送った。
和:「早っ…」
私がメールを送った3秒後に既読がついた。
“文章が堅すぎでしょ(笑)”と彼から送られてきた。
“どういう風に送ればいいのか
分からなかったの!(笑)”
と私が返信するとすぐに既読がついて
“和さんはやっぱり真面目だね。”と送られてきた。
和:「ふふっ…///」
“そんなに真面目じゃないよ?
私の部屋は汚いから”と返した。
“えっ、意外かも。部屋の写真を見せて。”
“嫌だよ!(笑)”
“ちぇっ…つまんないの…”
和:「楽しいな…」
彼とのやりとりが本当に楽しい。
あっという間に時間が過ぎていく。
“ごめん。眠くなってきたから今日は寝るね。”
と彼から送られてきて
お互いにおやすみスタンプを送った。
和:「げっ…30分も…」
メールの履歴を確認すると
30分もやりとりをしていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
履歴を見ると彼との時間が楽しいと
改めて感じさせられた。
コンコン(ノック音)
遠:「和。ご飯が出来ているよ。」
と扉越しから姉が話しかけてきた。
和:「うん!」
遠:「お母さんのご飯はやっぱり美味しい♪」
和:「うん。美味しい。」
父はまだ仕事で出かけているため
食卓は私、姉、母の3人だけ。
和母:「ありがとう〜!」
母のテンションは再婚してからさらに高くなっている。
母も楽に生活が出来るようになった証拠かもしれない。
遠:「和?今日、嬉しいことでもあった?
普段よりもニコニコしているけど。」
和:「あったと言えば、あったかな…」
彼と連絡先を交換したからかもしれない。
遠:「何があったの〜?」
和:「言わないよ!///」
姉からの問い詰めを回避するように
私は夕食をさっさと済ませて、お風呂に向かう。
遠:「絶対、○○君が関係しているな…」
和母:「○○君ねぇ…」
遠:「お母さんは○○君のこと知っている?
和と同じクラスの子で今は入院している
スケートの選手で…」
和母:「うん…知っているよ…」
母は食器を洗いに流し台へ向かう。
遠:「毎日会いに行っているみたいだよ?」
遠:「私も会ってみたいなぁ。
和が毎日行くということは絶対良い子だから。
あやめに今度頼んでみようかな。」
あやめは○○君担当の看護師だから。
遠:「お母さんも○○君のこと気になるよね?」
和母:「ええ…」
遠:「あっ…ドラマ観ないと…」
私はテレビをつけた。
和母:「…」
・咲月サイド
時は少し過ぎて、2021年10月下旬
一:「修学旅行〜!」
私たちは修学旅行に来ていた。
桜:「全力で楽しむ!!」
みんなは全力で楽しもうとしていた。
高校のビッグイベントだから当たり前といえば当たり前。
菅:「和と○○君も来られたらよかったのになぁ…」
2人は来ていない。
和は転校生だから修学旅行のお金の積立をしていない。
そのため、来られなかった。
○○君は病気の関係で数ヶ月前に
修学旅行をキャンセルしていた。
桜:「しょうがないよ…」
桜の言う通り、こればかりはしょうがない。
一:「2人へのお土産をたくさん買っていこうよ!」
菅:「そうだね!」
2人は行けなくて、寂しいと思うから
行った気分に少しでもなってもらえるように
私たちが頑張らなきゃ。
といっても、2人が寂しいと
思っているのかは分からない…
だって、和は私たちが修学旅行に行っている間は
彼の病室にずっといると言っていたから。
・和サイド
筒:「なるほどね…修学旅行に行けないから
午前中からここにいるんだね。」
みんなが修学旅行に行っている間、私は○○君の病室にいた。
和:「迷惑でしたか?」
筒:「むしろ、感謝しているかな。
彼がゲームばかりやるのは困るから。」
○:「最近は長時間やっていないのに…」
と言っているのに彼は今ゲームをしている。
筒:「○○君、人と話さないとモテないぞ?」
○:「別にモテなくてもいいし…」
彼はゲームを仕舞った。あやめさんに言われて
仕舞ったように見えたけど、たまたまだろうか。
筒:「私は昼にまた来るから
その間、和ちゃんに迷惑をかけないように。」
あやめさんはそう言い残して、病室を出ていった。
○:「リハビリをしよう…」
彼は運動靴を履いて、立ち上がった。
和:「普段はどんな事をしているの?」
彼がリハビリをするのは私たちが来る前。
つまり、どんな事をしているか、私は知らない。
○:「体幹トレーニングを主にやっている。」
○:「激しい運動はまだ出来ないから
コツコツと地道なことをやらないとね。
コーチからもそう言われた。」
彼は片足立ちをし始めた。
和:「気になったんだけどいつ退院出来るの?」
○:「来年の春くらいまでは出来ないっぽい。」
どうやら、治療薬を
飲まないといけない期間が長いみたいで
その期間が終わるのが来年の春らしい。
○:「治療薬も副作用があるみたいで
それがいつ起こるかどうか分からないから
様子見で入院してほしいって
史緒里先生が言っていた。」
和:「まだまだ、大変だね。」
○:「そうでもないよ。
副作用はまだ起こっていないから。
今は気分がだいぶ楽。」
○:「よしっ。体幹トレーニングは終わり。
今から病院内をウォーキングするんだけど
一緒に来る?」
和:「うん!っていうか、一人は寂しいもん…(笑)」
彼の側にいなかったら
私は何でここにいるのか分からないし。
○:「それもそっか(笑)」
ということで私たちは病院内を歩くことにした。
和:「足首につけているのは何?」
彼と病院内を歩いているが彼は足首に何かをつけていた。
○:「これ?重りだよ。ただ歩いても効果はないからね。
重りが効果あるかも分からないけど。」
和:「でも、多少の筋肉はつくよね?」
○:「多少はつくと思うけど。
気休め程度にしかならなそう。」
和:「それよりさ…」
○:「どうしたの?」
和:「階段の上り下りをいつまで繰り返すの?」
私たちは4階から8階の階段をずっと歩いていた。
○:「あと50回かな?」
和:「はぁ⁈」
○:「50回歩いた後は廊下を普通に歩く。」
和:「大変すぎる…」
○:「リタイアしたければどうぞ?」
彼は笑みを浮かべて、挑発してきた。
和:「リタイアなんかしないから。」
○:「ふーん。後悔するよ?」
彼についていくんだ。私は負けず嫌いなんです!
挑発されたら受けて立つのが私です。
私は何とか彼についていき、50回歩いた。
そして、病院内をゆっくりと歩いて病室に戻った。
和:「疲れた…」
彼の病室の椅子に腰掛ける。
筒:「和ちゃんにも同じ内容で
トレーニングやるとかアホなの?」
あやめさんは彼の食事を持ってきた。
○:「和さんがリタイアしないって言ったので。」
筒:「はぁ…女の子を大切にしなさいよ。」
和:「あやめさん、気にしないでください(笑)」
和:「良い運動になったので大丈夫です。」
運動しないと体力がなくなるからね。
ちょうどいい運動だったのは間違いない。
筒:「ならいいけど…それよりも食事は大丈夫?
今は、お昼の時間だよ?」
和:「先ほど、1階のコンビニで
買ってきたので大丈夫です!」
サンドウィッチを買ってきた。
筒:「じゃあ、私は午後から休みだから。
和ちゃん、彼のことを見張っておいてね。」
和:「えっ?そうなんですか?」
筒:「あなたのお姉ちゃんと食事に行くために
今日の午後から明日は休みをとったの。
はいっ。今日の薬。」
あやめは○○に薬を渡す。
○:「あやめさんの代わりはまさか…」
筒:「真佑だよ。」
○:「終わったぁ…」
彼はこの世の終わりのような顔をする。
和:「真佑?」
初めて聞く名前です。
筒:「夜勤でいつも来る看護師。
和ちゃんたちは夕方までしか居られないから
真佑のことは知らないよね。」
面会時間と夜勤の時間が
重なっていないから知らなかったんだ
○:「あの人は僕の病室に
ずっといるから嫌なんだよ…」
筒:「○○君の病室が一番落ち着くからだって。
ほら、真佑は可愛いから、他の病室にいると
変な目で見てくる人に声かけられるから。」
へぇ…可愛い人なんだ…気になるかも…
○:「ここはエスケープエリアじゃないのに…」
筒:「まあまあ、理解してあげてよ。」
○:「はいはい…」
筒:「そういうことだから、よろしくね〜。」
あやめさんは病室を後にする。
○:「はぁ…憂鬱だなぁ…」
彼は食事を少しずつ食べる。
和:「どんまいっ(笑)」
私もサンドウィッチを食べ始めた。
和:「美味しい…」
○:「いいなぁ…好きなものを食べられて…」
彼は食事を制限されている。
和:「制限が解除されたら
何か食べたいものとかはあるの?」
○:「それはないけど。」
和:「ないんかい。」
キレが少しあるツッコミを私は決める。
○:「あっ、でも、餃子は食べたいかも。」
和:「餃子か…」
和:「制限が解除されたら、一緒に食べに行こうよ。」
○:「いいね。2人で食べに行こう。」
和:「2人⁈///」
2人って、デートだよね…///
と変なところが気になってしまい
頬の温度が一気に上がっていく。
○:「だって、修学旅行に行っていないのは
僕たちだけでしょ?だから、2人。」
○:「修学旅行に行っていない組で
お出かけするのもありかなと思って。」
和:「そ、そうだね…!」
深い意味はないよね…
あれ?でも、なんで、私は…
少しがっかりしているのかな…?
○:「早く、リンクで滑りたいなぁ…」
彼は希望を口にした。
和:「最近は表情が明るくなったね。」
彼の表情は手術前に比べて
明らかに明るくなっており
彼と初めて出会った時の絶望の表情はなく
希望に満ちた表情に変わっているように見えた。
○:「和さんのおかげだよ。
和さんと話している時間も
メールでやりとりしている時間が楽しいから。」
和:「あ、ありがとう…///」
楽しいとストレートに言われると嬉しい。
彼に言われるのは特別嬉しいかも。
○:「午後はゆっくりと
ゲームをしようかなと思ったけど
和さんとお話しすることにする。」
和:「ありがと!
私も○○君と話す時間が楽しいよ…///」
○:「ありがと…」
彼の頬が少しだけ赤くなった気がした。
コンコン(ノック音)
○:「どうぞ…」
和:「?」
真:「○○君〜!今日は午後から担当するから!」
初めて見る看護師の人が入ってきた。
真:「…って、あれ?超可愛い子いるじゃん!
もしかして、この子が和ちゃん⁈」
和:「あ、あの…」
急に近寄られて、私は戸惑ってしまう。
○:「真佑さん。和さんが困っているでしょ。」
この人が真佑さんなんだ…確かに可愛い人だ。
真:「和ちゃん、ごめんね。」
和:「い、いえ…」
こんな可愛い人がずっと彼の病室に…
そう思った瞬間、心がズキンと痛む感覚に襲われた。
○:「和さんがいる時はここにはいないでくださいね。」
真:「えっ?私が見張っておかないと
あなたは変なことするでしょ!
2人きりの病室とかやりたい放題じゃない!」
和:「(やりたい放題…////)」
○:「変な妄想しないでください。
そういう事をするつもりはないですし
和さんとそういう関係じゃないので。」
彼は真顔で否定をする。
それに心がズキンとさらに痛む。
何故か分からないけれど
何かに期待していたのかもしれない。
○:「だから、出ていってください。」
真:「しょうがないな〜。和ちゃん、
もしも彼に変なことをされたら、すぐに呼んでね!」
和:「えぇ…分かりました…(笑)」
真佑さんは病室を出ていった。
○:「ったく…変なことをするわけないのに…」
彼はぶつぶつ言いながら、食事を終えた。
和:「いいのに…」
私はボソッと呟く。
○:「えっ…///」
彼は分かりやすく動揺する。
和:「冗談ね?/// 間に受けないでよ?///」
○:「うん…///」
冗談と言ったけれど少しだけ期待する自分もいた。
彼とならそんな状況になってもいい。
いや、少しはなってほしい。
彼となら…
そんな気持ちばかり
心の奥底から湧いてくる。
この気持ちは何なんだろう。
いつの間にか私は彼に
頼らないといられなくなっていた。
○○君依存症はこの時から始まっていたのか。
いや、もっと前からかもしれない。
・あやめサイド
筒:「ごめん!お待たせ!」
私は病院を出て、車でとあるレストランに。
遠:「遅いぞ〜。」
遥:「あやめ、もう先に食べているよ?」
今日は私の親友である
さくら、遥香とのお食事会。
筒:「ごめん。午前の仕事が
終わるのが早くても、この時間だから。」
遠:「早く料理を取ってきなよ?」
筒:「はーい。」
このレストランはバイキング方式。
私は好きな料理を好きなだけとって
再び、2人の座る席に戻った。
筒:「よいしょっと…いただきます。」
遥:「おかわり取ってこようっと…」
遥香はスイーツを取りに行く。
筒:「遥香は凄いね。」
高校時代もそうだった。食事の量がいつも多かった。
遠:「看護師的にはアウトでしょ?」
筒:「アウト。スイーツを食べ過ぎ。」
将来的に体を壊しそうで心配。
遠:「そうだよね〜。それより、今日も和は
○○君の病室に行っているでしょ?」
筒:「来ていたよ。」
さくらは和ちゃんの義理の姉。
遠:「その…○○君と
ずっと良い感じな気がするけど
付き合う気配はないの?」
確かに○○君と良い雰囲気。
距離は確実に縮まっているけれど
筒:「うーん…どうなんだろう…
仲の良い友達って感じかな?」
付き合う気配はまだ見えてこない。
遠:「そっか。でも、和は○○君に恋しているよ。」
遠:「毎晩、メールを送り合っているみたいで
ずっとニヤニヤしていたからね。」
筒:「へぇ…そうなんだ…」
私は夜勤になることがないから
彼がメールを送っているところを見たことがないのかな。
あっ、でも、○○君はスマホをずっと触っていると
前に真佑が言っていたような…
遠:「2人が付き合ったら
○○君に挨拶しに行かないと。和の姉としてね!」
筒:「そうだね(笑)」
遥:「私がいない時に何の話で盛り上がっているのかな?」
遥香は大量のスイーツが乗ったお皿を持って、戻ってきた。
遠:「和のこと。今日も
あやめと会っていたみたいだから。」
遥:「あやめだけズルい!私もさくの妹に会いたい!」
遥香は和ちゃんに会ったことがない。
遠:「いつかね?時間があったら。」
遥:「約束だからね!」
遠:「和は青春を楽しんでいるから
遥香に会わせる時間があるか分からないけど。」
遥:「そんなぁ……」
筒:「ふふっ…」
・和サイド
和:「難しいなぁ…」
私は彼のゲームを貸してもらっている。
○:「ここを行けば…」
彼が私に近づき、攻略方法を教えてくれるものの
和:「あー!また失敗!!」
私は何度も失敗をしている。
○:「和さんはゲームが苦手だね。」
和:「もう一回やる!!」
私は再び同じステージをやる。
私は負けず嫌いだから絶対にクリアしたかった。
何度もトライしながら数時間が経過して
和:「出来たっ…!!!」
私はクリアすることができた。
○:「良かった。今日は
クリアできないと思っていたよ。」
和:「○○君が色々と教えてくれたおかげだよ!」
彼が教えてくれなかったら何日もかかっていただろう。
和:「そろそろ…帰らなきゃ…」
○:「明日も続きやる?」
和:「やりたい!明日は3面進める!」
○:「おお〜」
ゲームは1つしか進まなかったけど
この日だけで彼との心理的距離は
いくつも縮まった気がした。
【第6話へ続く】
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