第一章第二話新たな挑戦への決意
夢佳が日本に帰国してから数週間が過ぎた。日々のトレーニングと仕事をこなす中で、彼女の心には一つの強い決意が生まれていた。それは、弱小チーム「桜川レーシング」を日本国内トップチームに押し上げるという挑戦だった。
その夜、夢佳は家族と夕食を共にしていた。彼女はこの場で、自分の決意を家族に伝えることにした。
「みんな、ちょっと話があるの。実は…」
夢佳は静かに話し始めた。彼女が桜川レーシングという新しいチームに加入することを決めた理由、そのチームを強くしたいという思いを家族に伝えた。
「桜川レーシング?それって新しいチームよね?」と七美が尋ねる。
「そう、まだ設立して一年目のチームなんだけど、彼らの情熱に心を動かされたの。私の力でこのチームを強くしたいと思ってる。」
両親は驚きながらも、娘の決意に深く感銘を受けた。特に父の宏大は、その熱意に心打たれた様子だった。
「夢佳、お前の決意は分かった。お前が本気でやりたいことなら、全力で応援するよ。」
母の知子も微笑みながら頷いた。「私たちも全力でサポートするわ。夢佳が信じる道を進んでね。」
夢佳は家族の温かい応援に感謝し、心の中で更なる決意を固めた。
翌朝、夢佳は桜川レーシングの本拠地である埼玉県の小さな町に向かう準備を進めた。彼女の荷物には、トレーニング用の道具や必要な装備が詰め込まれていた。
「夢佳、気をつけてね。何かあったらすぐに連絡してね。」七美が声をかける。
「うん、ありがとう。行ってきます。」
夢佳は家族に見送られながら、自ら運転する車で桜川レーシングの練習場へと向かった。車内では、これから始まる新たな挑戦に胸を膨らませながら、緊張と興奮が交錯していた。
到着した練習場には、桜川レーシングのメンバーたちがトレーニングをしていた。彼女たちは夢佳のことをまだ知らず、日常の練習に励んでいる。
夢佳は練習場から少し離れた場所に車を停め、監督の浅井亮一と連絡を取った。
「浅井監督、夢佳です。到着しました。」
「お疲れ様、夢佳さん。ちょっと待っていてください、今そちらに向かいます。」
少し待つと、浅井監督が現れた。
「ようこそ、夢佳さん。まずは練習場を見て回りましょう。メンバーにはまだ知らせていないので、びっくりさせないようにね。」
夢佳は頷きながら、浅井監督と共に練習場を見て回った。選手たちの真剣な表情や、練習に取り組む姿勢が印象的だった。
「このチームのために、私ができることを全力でやろう。」
夢佳は心の中でそう決意しながら、新たな一歩を踏み出したのだった。
「お疲れ様、夢佳さん。ちょっと待っていてください、今そちらに向かいます。」
少し待つと、浅井監督が現れた。
「ようこそ、夢佳さん。まずは練習場を見て回りましょう。メンバーにはまだ知らせていないので、びっくりさせないようにね。」
夢佳は頷きながら、浅井監督と共に練習場を見て回った。選手たちの真剣な表情や、練習に取り組む姿勢が印象的だった。
「このチームのために、私ができることを全力でやろう。」
夢佳は心の中でそう決意しながら、新たな一歩を踏み出した。
「それにしても夢佳さん、びっくりしましたよ。うちの代表安西がまさか夢佳さんにオファーを出すなどつい3日ほど前に聞きましてびっくりしましたよ。」
「いえいえ、私も最初メッセージを見たときは候補外として削除しようと考えていました(笑)。」
「そりゃそうですよね。夢佳さんクラスからすると私たちチームなど不釣り合いですからね。それでも安西の熱いメッセージが功を奏したか。まぁそのうちわかりますが、彼女は、意外と熱い闘争心がありましてね。一度つかんだ獲物は離さないといわんばかりの行動力を持っていますからね。」
「そうなんですね。私もメッセージに添付されていた写真を見て何となく察しはつきましたよ。あの近寄りがたい風格を見れば何となく。でも私はああいった近寄りがたい人とも積極的にコミュニケーションをとることは苦でありませんから。もしその辺を心配されているのならご安心ください。イタリアのチームにもいましたからね。」
「そうなんですか?それは安心しましたよ。ところで夢佳さんはイタリア語・英語が堪能だとお聞きしました。将来的なことを考えると内にとって好都合です。」
ここで監督の浅井が夢佳の語学力の高さに関心を持っているようだ。すでに触れているが、夢佳の語学力は相当なレベルを誇っている。
(うん。そこまで私の語学力にこの監督は興味があるの?もしや将来的に欧州の選手を入れたいとでも思っているのかな?ただ現状の桜川レーシングの実力ではそれは無理ね)そう夢佳は心中で思いを巡らせた。
「えぇ、そうです。イタリアに渡る前に趣味で学んでいました。やるからには真剣にやらないといけないと考えていました。イタリアには大変関心があり学んでいました。英語はいずれ国際大会に出場するだろうと想定してこちらは趣味というより必要だから学んでいました。」
「そうだったんですね。さすがですよ。今後イタリアでの生活など徐々にですがお聞かせいただけますか?」
「もちろんです。今後イタリアのチームに加入したいと考えている選手もいるでしょうから、私の出来ることなら何でもします。」
2人はそういった会話をしながらトレーニング場まで向かった。そんな二人をひそかに見ていた人物がいる。桜川レーシング代表の安西である。
「思った通り、来てくれたわね。ここからよ。夢佳さんにはチームの立て直しの中心人物として期待している。このチームに本場欧州のトレーニングを取り入れて、本気で日本一を目指すわ。浅井さんとの約束だからね。」
「そうですね。それにしても見た目はイタリア帰りの絶対的エースといった感じがしないのは私だけでしょうか?なんか年頃の女性といった感じですね。」
話しかけてきたのは加藤直樹である。桜川レーシングのマーケティング担当取締役であり、スポーツ関連のプロジェクトに従事していた経験を持っている。
「こら、そんなこと言わないの。彼女は私たちにとっての救世主になるのよ。私は彼女にかけているのよ。」
そんな中、まさか夢佳が来ていることも知らずに室内トレーニングをしている桜川レーシングの選手たち。中でも山崎真由はイタリアから帰国した夢佳が今後どのような道を歩むのかを気にしていた。
「夢佳さんがうちに加入してくれるといいな。あの人がいれば一気に弱小チームから脱却して、上位に食い込めるのにな~。」
「真由、あんた馬鹿なの?あの小田夢佳がうちのチームに来るわけないじゃない。あの雲の上の存在なのよ。私たちのチームなど眼中にあるはずないよ。どうせ国内強豪チームに加入するわよ。あの人なら当然エースよ。」
真由に突っ込んできたのは西村玲奈である。チームではオールラウンダーであり、もともとは同じ自転車競技でもクロスカントリーマウンテンバイクで活躍していたが、ロードバイクに転向して急成長し、今に至っている。オフロードからオンロードに変わったのである。
「そうですよね。夢佳さんが来るわけないですよね(笑)。」
「そりゃそうよ。てか私は小田夢佳のことを疑っているのよ。どれだけイタリアで活躍したのかは詳しくは知らないけど、9年前と今とでは日本女子ロードレースは変わっているのだからね。」
そんな二人の会話をチームのキャプテン杏奈は遠目で聞いて、「そうだよね。夢佳が来るはずない。」と思う。
その杏奈にチーム最年長の佐藤美咲が寄ってきて話しかける。
「杏奈、どうしたの?あぁ~あの夢佳さんのことね。まぁ普通に考えれば彼女がうちのチームなど選ぶはずないでしょう。でもね、何があるかわからないわ。聞いた話だけど、イタリアのチームでも意外な行動をしてチームの窮地を救ったということがあったそうよ。さすがよね。私にはできないわ。」
ほかのメンバーもそれを聞きながらもトレーニングをする。今日は晴天で昼から実際にロードバイクを使い屋外で実践的トレーニングをする予定であった。
桜川レーシングは、運営会社の経営状況からそこまでハイエンドな機材を使用することが出来ない状況が続いていた。
そのため、偶然名前が一緒で世界最大手の桜川プレジョンメカニクス株式会社の展開するコンポネントシリーズのアステリア・プロ(市民レース級以上サイクリスト向け)搭載ロードバイクを機材として使用している。
プロのロードバイクレースにおいては、全くと言っていいほど使われないグレードである。プロの世界なら同じ最高峰のアステリア・エクセル搭載ロードバイクが基本となる。
ただそのレベルになると価格はどんなに低くても100万円以上、高くて250万円クラスになる。車でいえば1000万~3000万円クラスのスーパーカーに相当する。
「うちのロードバイクの機材では当然上位には這い上がれない。うちのところの経営状況ではさすがにアステリア・エクセル搭載ロードバイクを導入する余力などないからね。ほかのチームからいつも馬鹿にされてばかりだから。」杏奈はそう心の声を漏らす。
「杏奈、そんなこと言ったって、チームが上向くはずないでしょう。アステリア・プロ搭載ロードバイクで走れているだけマシよ。今ある機材で何とか頑えないといけないわ。」美咲はそう言ってキャプテンを鼓舞する。
そんなこんなしていると奥から足音が聞こえてきた。監督の浅井がやってきたのである。
「みんな、トレーニング順調か?昼からは実戦練習するから準備も怠らないようにな。」
「はい!」(チーム選手一同)
「夢佳さん、見ての通り今のチームはこんな感じです。現状はすでにご存じの通りの状況ですよ。昼から使うロードバイク機材をお見せしましょうか?」
「はい、お願いします。挨拶はしなくていいのですか?」
「挨拶はお昼にみんな集まるのでその時にしましょう。」
夢佳はこれからチームとして一緒に戦う杏奈たちのトレーニングを遠目で見つつ、ロードバイクのメカニックメンテナンスを行う場所に向かった。この場所は桜川レーシングの拠点にある中で、そこまで大きくないため、ところせましにメカニック工具が置かれている。
見た感じきれいに整理されているとはいいがたい環境であった。整理整頓が上手で、メンテナンス工具も丁寧に扱うことが出来る夢佳からすると考えられないことであった。
「これでは、どこに何があるかわからないですよ。ふいにけがをする恐れがありますよ。」
「そうなんですよ。うちのメカニック担当が本当に雑でね。注意はするのですがこれが自分にとって性に合うといって聞かないのですよ(笑)。」
すると奥からメカニック担当が出てきた。名前は野中雅也、桜川レーシングのメカニック担当として選手たちのロードバイクのメンテナンスを担当している。高校卒業後自転車整備士を目指してキャリアをスタートさせたが、自転車競技に興味を持ちそこからプロの世界に入って今に至っている。
「おう、監督じゃないですか?」
「雅也、ちゃんと工具を片付けないといけないぞ。」
「は~い。手か、その隣の女の子は監督の娘さん?かわいらしいな~。」
「馬鹿かお前は、よく見て見ろ。つい最近日本に帰国してきたばかりの日本女子ロードレース界の絶対的エース、小田夢佳さんだ。本当に失礼な奴だ。夢佳さん、お気になさらないでくださいね。こいつはいつもこんな感じですから。」
「初めまして、小田夢佳です。本日より桜川レーシングに加入することになりました。これからよろしくお願いします。」
「うっ、マジ?あの小田夢佳なの?なんでこんな弱小チームに来たんだよ?もっと強豪チームに行けばいいじゃないか?その方があんたのキャリアにとってプラスになるじゃない?それにイタリアでもっとキャリアを詰めるはずなのになぜだ?」
「まぁ、いろいろ考えた結果こうなりました。」
「夢佳さんのキャリアについてあれこれ言わない。それより肝心のロードバイクを見せてくれ。今日昼から実戦練習で使うからな。それに夢佳さんに見てもらわないと。」
そう言って雅也はロードバイク一台を奥から持ってきた。それを見た夢佳は一瞬で桜川レーシングの状況を見抜いた。
「このロードバイクでは当然勝てませんよ。雅也さんがどんなにメンテをしたところで勝てるはずがない。上位を狙うなら華陽サイクルのアステリア・エクセル搭載のKayo R6かKayo R5、女性向けならKayo Femme Race5でなければ難しいでしょう。」
夢佳は自身がイタリアのチームで使用していた台湾に本社を置く華陽サイクルのロードバイクを例に出して話をした。この華陽サイクルは台湾に本社を置く世界最大手の自転車メーカーでコストパフォーマンスに優れており、多種多様なロードバイクやマウンテンバイク、クロスバイクを開発生産販売をしている。また女性向けロードバイクの開発販売も行っている。
「そうだけど夢佳さん、うちにはそのレベルのロードバイクを導入する余裕はないですよ。」
「もちろんそのことは十分認識はしています。ですが機材を変えていかなければこの先は厳しいと見ていますよ。」
「さすがだな~。夢佳さん、考えることが違う。」
雅也は、夢佳の言葉に感心しきりであった。
「夢佳さん、今後の機材については、代表の安西とも調整して考えます。夢佳さんには申し訳ないですが、しばらくはこのアステリア・プロ搭載ロードバイクを使ってください。本当にごめん。」
「わかりました。機材の選定には私もかかわらさせてもらいます。」
「わかりました。さてと、夢佳さんをみんなに紹介しないといけません。お昼になるので。」
「わかりました。よろしくお願いします。皆さんどんな反応をするのか楽しみです。」
そしてついにメンバーとの初めての挨拶を交わす時が来た。選手たちは、昼からの屋外トレーニングをする前に昼食をとる。昼食は選手のことを考えたレシピになっている。運営会社のオフィスの横にある昼食場所にみんなは集まった。安西や加藤も集まっていた。ただ普段二人はこの場にあまり来ないので、選手たちは異様な雰囲気に何かあるのかと考えていた。
「妙織ちゃん、つれてきたよ。」
「監督ありがとうございます。」
選手たちはその会話に???になった。そこについに夢佳が現れる。
「えぇー!」(選手一同)
驚くのは無理はない。絶対あり得ないといっていたことが今まさに起きてしまったのだから。
「まさか。あなた、小田夢佳さん?」
「はい。」
「みんな聞いてほしいの。驚かないで、みんなに今まで黙っていたことがあるの。本日から小田夢佳さんがうちのチームに加入することになったの。これは以前一か八かでオファーを出したの。私は来てくれると信じていたら実現したの。今まで黙ってて本当にごめんなさいね。」
「なんでそんな大事なことを黙っていたの?今さら言ってもしょうがないか。でもこれは私たちにとっては宝くじに当たったような感じだわ。」
杏奈は喜んだ。一方で怜奈は、からかうような言動を見せる。
「ふ~ん。別に来てもらってうれしいけど、あなたが私のチームにとって必要な人材なのか見極めないと、あんた(夢佳)、どんなにイタリアで活躍したとしてもここでそれが通用すると思わない方がいいよ。私が桜川レーシングの掟を教えてあげるわよ。覚悟しなさい。」
「怜奈、まぁ落ち着いてよ。夢佳さん初めまして、このチームのキャプテンをしている松浦杏奈です。これからよろしくお願いします。」
「私は、山崎真由です。同じくよろしくお願いします。」
「私は、佐藤美咲よ。よろしくお願いね。」
「私の名前は西村玲奈です。よろしくお願いします。」
と続き、年齢では夢佳と同い年の野村舞、最年少の中村優希、岩崎沙織と続けて挨拶をした。
「皆さんよろしくお願いします。小田夢佳です。チームの戦力となれるように努力します。」
夢佳が簡単な自己紹介をする。そしてその後はみんなで早速昼食をとることになった。
昼食を終えた選手たちは、午後の屋外トレーニングの準備に取り掛かった。夢佳も皆と一緒に、自身のロードバイクを調整し始めた。その様子を見ていた浅井監督が声をかける。
「夢佳さん、今日は初日だから無理せずにね。」
「ありがとうございます、浅井監督。でも、私は全力でやります。皆さんに追いつくためにも。」
夢佳は微笑みながらも、その眼差しは真剣だった。彼女の言葉に選手たちは刺激を受け、より一層気を引き締めた。
午後のトレーニングは、桜川レーシングの実力を試す内容だった。練習コースはアップダウンが激しい山岳路。ここでの走りがチームの総合力を測るバロメーターとなる。
「みんな、準備はいいか?それでは、行くぞ!」
浅井監督の合図で、一斉に選手たちはスタートを切った。夢佳は最初、ペースを抑えつつも周囲の選手たちの動きを観察していた。彼女は短期間で皆の特徴を把握し、どのようにチームとして機能するかを理解しようとしていた。
先頭を走るのはキャプテンの杏奈。彼女の走りは力強く、安定感がある。後方には若手の中村優希が食らいついていく。その背後に西村玲奈が控え、時折ペースを上げて前に出る。
「さすがだな、みんな。」
夢佳は心の中で感心しつつも、自分もその中に入り込むためにギアを一段階上げた。彼女の動きに気づいた杏奈が一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに笑顔で応じる。
「夢佳さん、いい感じですね。さあ、このまま行きましょう!」
夢佳は応じるようにスピードを上げ、前を行く杏奈に並びかけた。その様子を後方から見ていた他の選手たちも、負けじとペースを上げていく。
「すごい…これが小田夢佳の実力か。」
そう思いながらも、西村玲奈は負けじとペダルを踏み込む。彼女の挑戦的な姿勢が、チーム全体の士気を高めていた。
一方、メカニックの野中雅也はトレーニングを見守りながら、選手たちのバイクの状態をチェックしていた。工具が散乱している作業スペースに戻り、必要な調整を行う準備を進める。
「これが俺の仕事だ。選手たちがベストを尽くせるように、全力でサポートするだけさ。」
野中は自分のやり方に誇りを持ちながらも、夢佳の加入によってチーム全体が変わり始める予感を感じ取っていた。
トレーニングが終わると、皆が一様に疲労を見せながらも、充実感を抱いていた。初めての夢佳との共同トレーニングが、チームに新たな風をもたらしたことを実感していた。
「今日のトレーニングは素晴らしかった。みんな、お疲れ様。そして、夢佳さん、ありがとう。これからも一緒に頑張っていきましょう。」
浅井監督の言葉に全員が頷き、再び拍手を送った。夢佳は、その拍手に応えるように微笑みながら、心の中で新たな決意を固めた。本日のトレーニングが終了し、撤収してそれぞれ自宅や一人暮らしの住居に帰る準備をする。その時、メンバーが夢佳のところに集まってきた。
「夢佳さん、すごすぎます。本当にすごいですよ」 「やっぱり欧州帰りの人は伊達じゃありませんね。大腿部も私より優れていますよ」
といった声をもらった夢佳であったが、
「いえいえ、そんなことありませんよ。皆さんの方がすごいです。私なんて大したことありませんよ」と謙遜して返答した。
そんな中、年下で唯一ため口だった玲奈が重い口を開けて夢佳に話しかけた。彼女は夢佳のことを疑いの目で見ていたが、
「あの~」何か自分がやましいことでもしたかのような表情で話し出す。「すみませんでした。初対面でありながら疑いの目で、そしてため口であなたに接してしまったことを許してください」
玲奈は深々と頭を下げた。そこにいた誰もがその行動に驚いていた。玲奈が珍しく頭を下げたのである。玲奈はこれまであまり頭を下げるような行為を好まない性格であった。ただ、玲奈は屋外実践トレーニングでの夢佳の実力の高さに開いた口が塞がらない状態でいたのである。
「玲奈さん、頭を上げてくださいよ。少しびっくりしましたが、前々気にしていませんよ。イタリアでもそのような人はよくいましたから」
玲奈はこの言葉に目頭を熱くした。すると夢佳は玲奈の肩に手を回して、抱きしめた。欧州の文化にもなじんでいる夢佳からすると当たり前の行動であった。でも玲奈は驚いた表情をする。周りのメンバーも同様であった。
「えぇっ」
「欧州では挨拶する際に抱き合う文化があるのだから許してね。これから一緒に頑張ろうね。まだ疑っているかもしれないけどそれでいいよ」
この言葉に玲奈の涙腺が崩壊した。ここまで泣いたことがないほどであった。これには周りのメンバーはほっとした感じで二人の様子を見守った。
それと同じくして、拠点に姉の七美が電車を乗り継いで桜川レーシングに向かってきた。
「もうすぐ出てくるかな。帰りは夢佳に運転してもらおうっと」
そう言いながら、拠点の中に入っていった。
「あなたが七美さんですか?」
「安西さん?初めまして、小田夢佳の姉、七美です。本日より妹がお世話になります」
「七美さんのことは一方的に存じ上げていました。あなたの執筆されている自転車インプレッション記事や動画なども拝見していました」
「ありがとうございます。妹はまだですか?」
「今、トレーニングが終わり帰りの準備をしているところですよ。よろしければオフィスに上がりますか?」
「もちろんです。いろいろお聞きしたいと思っています」
そのころ夢佳と玲奈はすっかり仲良くなっていた。
「夢佳さん、本当にすごいですね。疑っていた私が本当に恥ずかしいです」
「玲奈ちゃん、そんなことないよ。玲奈ちゃんもすごいよ。でも良い意味で張り合えるのは嬉しいよ」
「そうこなくちゃ。私も負けていられないわ。いろいろ吸収させてもらいますよ」
「もちろんよ。そのためにここに来たのよ。私は玲奈ちゃんはじめメンバーを日本一にするために。そして自分にとって新しい挑戦のためよ」
と楽しい会話をしていた。するとそこに夢佳と同い年の舞が割って入ってきた。
「何よ玲奈。夢佳さんとどうしたの?まぁいいわ」
「舞さん。いや、同い年だからさん付けはおかしいね。舞って呼んでいいですか?」
「舞さん、夢佳さんと同い年でしたね」
「そうでしたね。じゃ、私も夢佳と呼んでいいですか?」
「もちろん舞。改めて今日からよろしくね」
「こちらこそ夢佳。よろしくお願いね」
こうして夢佳とメンバーの関係が一気に深まっていく。これも夢佳の真骨頂である。イタリアの文化に触れて、それに磨きがかかったのである。
「そうだ。舞と玲奈ちゃんは一人暮らししているんだよね?いきなりだけど、良かったらいつか自宅に来ない?」
「夢佳、いいの?今日会ったばかりなのに」
「マジで?なら行きたいです!」
「コラ玲奈、全く扱いにくい後輩だこと。まぁ夢佳がいいっていうならお邪魔しよう。あっ、キャプテンもどうかな?」
「キャプテン?あの人連れて行ったら収拾つかないですよ。酒を飲ませたらどうなるか舞さんわかっていますよね」
「そうだね。以前飲み会の時は、温厚な美咲さんがキレてたね。関西弁話すから本当にヤバイよ」
キャプテン杏奈は両親が酒豪であり、酒を飲ませると収拾がつかなくなる。そのため以前最年長美咲の自宅の飲み会をした際に、レースの愚痴をこぼしすぎて、美咲から大目玉を食らっている。
「あの時のことは忘れないわ。でも美咲さん、翌日にはキャプテンに笑顔で謝っていたし。キャプテンも謝っていたからよかったよ」
「美咲さん、そんな一面があるのですね。肝に銘じます。私は上品に酒は飲むタイプなので大丈夫ですが、注意しないと」
「そんなかしこまらないでいいよ。夢佳は見た目からしても、しっかりしていることが初見でもわかったから大丈夫よ」
「そうですよ。夢佳さんは大丈夫」
そこに話題にしていた美咲がやってきた。
「何を私の名前を出して。まさか舞、玲奈、杏奈、私が大目玉食らわせたことを夢佳ちゃんに話したでしょう。ホンマ、いい加減にしときや」
「出た関西弁。あっ、ごめんなさい。気をつけます。夢佳、帰りの用意したら玄関付近で待っています」
「私も失礼します。夢佳、また後で」
二人は恐る恐る後ずさりするように逃げていった。
「全く、あの二人は。夢佳ちゃん、気にしないでね。私、ついつい怒ると関西弁が出てくるのでごめんね。私、神戸出身だからね。でもまだ関西弁の一種である神戸弁はまだましのほうよ。同じ兵庫の姫路方面で話されている播州弁は日本一きつい言葉だからね」
「美咲さん、神戸出身なんですね。うらやましいです。神戸は私が一番憧れる都市ですよ。東京ほどでないにしても程よく大都市で、異国情緒あふれる街並みが好きですよ」
「イタリア帰りの夢佳ちゃんに言われると恥ずかしいわ。でも最近、人口が減少し始めており、つい先日150万の大台を割り込みましたから」
「そうなんですか?あんなに素敵な街から東京にやってくる同世代の若者の気持ちがわかりません。私は千葉県に住んでいますが、正直、関西の神戸の方がいいなと思うほどです。東京など住みづらいと感じています。イタリアに9年間住んでいて欧州の国々に行くと、すごく痛感します。あちらは多重的多極集中型社会の国が多いですからね」
「夢佳ちゃん、そんなことまで詳しいのね。多重的多極集中型社会って、複数の極となる都市が全国各地にあり、そこに人が集中していることを指すのだよね?」
「はい、そうです。美咲さんも詳しいですね」
「まぁね。夫が地域活性化の専門家として活躍しているから、いろいろ情報を吸収しているのよ。それはともかく、これからよろしくね。みんな、あなたの実力の高さに驚いていたし、私もあなたが絶対的エースであることがよくわかったわ。私も夢佳ちゃんからいろいろ吸収していくわ」
「いえいえ、こちらこそ美咲さんから吸収させてください。私は日本女子ロードレース界の絶対的エースと言われていますが、まだまだそんな言葉にふさわしいとは思っていません」
美咲は夢佳の謙遜して、自分を低く見せるところに感心し、真の意味で優秀な人は自分を過小評価するのだなと感じていた。二人はそこで帰りの挨拶をして別れた。
その後、夢佳がオフィスに戻ると、姉七美が妙織と仲良く会話をしているところに出くわす。
「七美姉、電車を乗り継いで来たの。この流れだから私が運転して帰るのね?」
「終わったの。もちろんお察しの通りよ。今、妙織さんと話をしていたのよ」
「七美さんって本当に楽しいお姉さんね。本当に素晴らしい自転車ジャーナリストね」
「ありがとうございます。私にとって自慢できる姉ですから。それと、舞と玲奈ちゃんを自宅に招きたいのだけど、七美姉、いいかしら?」
「あんた、もうそんなに仲良くなっているの?さすがね。私にはさすがにできないわ。まぁいいんじゃない。父さんもお母さんも喜ぶよ。人呼ぶの好きだからあの二人」
「そうよね」
「そうなんですね。私も行っていいかしら?」
「もちろんですよ。それにうちの父なら今後何かしらの力になってくれるかもしれませんよ」
夢佳は何か計画でもしているかのような感じで話をした。
「夢佳さん、ありがとう」
「夢佳、何か企んでいるでしょう。それはそうとして、改めて夢佳のことよろしくお願いします。夢佳がどこまでチームの役に立つかはわかりませんが、自慢の妹なのできっとチームの再建のために知恵を絞ってくれます」
「もちろん、こちらこそ。オファーをしたからには、夢佳さんが加入したことを後悔させませんよ。夢佳さん、浅井監督、私で絶対日本一を目指しますよ。七美ちゃんも見守ってくださいね」
「もちろんですよ。自転車ジャーナリストとして協力はさせてもらいます。ただあまり肩入れはできないのでその辺は…」
「わかっていますよ。では、もう私は仕事が終わっているので、帰る準備をしますね。今日は偶然車で来てないのでいいですか?」
「もちろんです。ですが車はワゴンです。夢佳、その舞さんと玲奈さんは車できているの?」
「二人は今日は車じゃないと思うよ」
するとそこにキャプテン杏奈がやってきた。
「夢佳ちゃん、私の家に招いてくれるの?それと、車が困っているなら私が車で来ているので大丈夫ですよ」
「杏奈、それは助かるわ。じゃあ私は七美さんともっと話したいから七美さんの車に乗せてもらうわ。舞と玲奈は、杏奈の車でいいかしら?」
「わかりました。二人に伝えておきます。あぁ、七美さんでしたか、初めまして。キャプテンを務めている松浦杏奈です」
「杏奈さんね。さっきメンバーについて聞いたわ。こちらこそ妹のことよろしくお願いね」
「もちろんです。それと、乗ってこられたワゴン車、レースでおなじみの星動自動車製のスターライトですよね。本当にかっこいいです」
「ありがとうね。頑張ってお金を貯めたのと、投資での利益、動画配信の収益がかなり入ってきたから、それで残価設定ローンで購入したのよ」
「それはすごいですね。あれ最上級グレードでしょう?電子制御サスペンション付きだもんね」
「妙織さん、さすがですよ。もしかして乗っているのですか?」
「そうよ。私は2.0L電動ターボに乗っているのよ。1.6Lでは物足りないからね」
(やっぱり近寄りがたい風貌であり、このスタイル…私にも引けを取らないスタイルからすると納得ね)夢佳は心の中でそう思った。
その後、3人は片づけを済ませて移動する。オフィスは代表の妙織以外には誰も社員がいなかったので、妙織はオフィスの電子ロックを施錠した。
「舞、玲奈ちゃん、妙織さんも私の自宅にお邪魔することになったから、二人はキャプテンの車に乗ってくれる?」
「わかりました。なんとなく代表も来ること察しがついていましたよ。じゃあキャプテン、運転お願いします。あと他のメンバーはもうすでに帰宅していったわ」
その後、舞と玲奈は七美とも笑顔で挨拶を済ませた。その後、2台の車は別れて夢佳と七美の実家に向かう。七美は自分の住んでいる家の確認をオンラインで済ませて、遠隔でシャッターを閉めた。
車内は、妙織と七美が後部座席でゆったりと会話を楽しむ。スターライトはショーファーカーの基準を当然ながら満たしていないが、コンパクトショーファーカー的使い方もできなくないほどである。後方をついてくる杏奈の運転する車の中で舞と玲奈はぐったり寝ていた。
彼女の乗っているのは、星動自動車もOEMを受けていた別のメーカーのコンパクトカーである。中古で購入をしたものである。
途中で高速に乗るが、そこで夢佳は当たり前のようにハンズオフ機能を使った。もちろん妙織も使っている機能であり、スターライトを車両価格2.5倍以上の車並みの快適性に変貌させる。
そうして2台の車は夢佳・七美の実家に到着した。出発前に知子・宏大に連絡をしていた。二人は案の定喜んでいた。夢佳が早速チームに打ち解けていたことにである。
妙織、杏奈、舞、玲奈は、この後さらに夢佳のロードバイク選手としての凄さに驚くことになる。
「ようこそ来てくれましたね。初めまして、夢佳・七美の母、知子です。そしてこちらが夫の宏大です」
「皆さんこんばんは!今回はうちの夢佳がお世話になります。いろいろご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。夕食の準備をしているので中でゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。それではお邪魔します」
「杏奈、夢佳の車かっこいいね。自動駐車機能までついていて、運転にそこまで自信がないキャプテンにはピッタリね」
「舞さん、そんなこと言ったらキャプテン怒りますよ」
二人はこそこそ会話をした。杏奈は運転があまり上手ではなく、本当は車を欲しくなかった。でも自宅から拠点まで時間がかかるので中古で購入したのだ。
「夢佳、せっかくだから、自分で改造した部屋を案内してあげたらどう」
「お母さん、そうね。せっかくだからね。七美姉と一緒に紹介するか。そうだ、みんな一緒に私のところに来てください。いろいろチームにも参考になるもの置いていますので」
「そうなのね。では行かせてもらうわ。でも私は代表として知子さん、宏大さんに話があるからね。それに料理を作ってもらって悪いから、せめて一品だけ作らせてもらえませんか?」
「料理ができるのですね。それなら歓迎します。一緒に作りながら楽しくお話しましょう」
そう言って知子と妙織はキッチンに消えていった。宏大も含めて残りのみんなは夢佳の部屋に向かった。
「夢佳がここの家を出る2年前に僕たちでDIYしてリノベーションしたんだ」
「それはすごいです。で、夢佳さんは自分の部屋をリニューアルしたと言いましたが?」
「イタリアから帰国してから、自分で姉が使っていた部屋と統合する形で作り替えたの」
「私は今同一市内の別のところで一人暮らししているからね。それにしても、夢佳本当にすごい部屋にしたわね。本当にアスリートといった感じよ。これぞ超一流のトップアスリートといった感じよ。それに最先端のIT関連の商品もあるし、それに肝心のロードバイクトレーニングも部屋に入ったらわかるけど、イタリアで使っていた最新機材のダイレクトトレーナーが置かれているわ」
「えぇー(杏奈・舞・玲奈)」
そして部屋に入ると、そこはもう桜川レーシングのメンバーが驚愕する場所になっている。第一話でも触れた通りの配置であるが、そこからさらに進化をしていた。
「夢佳、さらに改良したの?それにパフォーマンスPCまで置いてあるじゃない。まさか、あれイタリアで使っていたやつだよね?」
「そうだよ、七美姉。イタリアに残してある拠点においていたのを持って帰ってきた。それにダイレクトトレーナーと接続してあるよ。ダイレクトトレーナーの前には大型有機ELディスプレイを配置しているわ」
ちょうど元・七美の部屋と以前の夢佳の部屋を分けていた中央の壁のあったところにダイレクトトレーナー+大型有機ELディスプレイが置かれており、その右側に次世代のスタンディングデスクとディスプレイ、左にトレーニング器具、その左隣りにベッドが置かれている。
そしてすでに触れている通り、壁収納が両サイドにギミック満載で配置されている。以前の部屋もかなり広く感じるようになっていたが、それを統合するとより広く感じる。
ダイレクトトレーナーの後ろの壁には、夢佳がプライベートで使用している華陽サイクルのロードバイクが置かれている。
その中には解散したイタリアのチームで使っていたロードバイクもある。メーカーから供給してもらっていたものだが、解散の際に運営会社と華陽サイクルに頭を下げて、購入させてもらった。彼女のチームでの活躍から認められた措置でもある。
「うわー、もううちのチームの機材とは大違いよ。でもイタリアならイタリアメーカーから供給を受けるのが普通なのに、なぜ台湾のメーカーなの?」
舞はそこに疑問を持った。
「もともとはイタリアのメーカーから供給を受けていたのですが、一時期チームが低迷していた時にそのメーカーから契約が打ち切られてしまい、路頭に迷っていた時に華陽サイクルが救いの手として機材供給をしてくれたんです。私はそのあと加入したので」
「そんな経緯があったのね。華陽サイクルはコストパフォーマンスが高いからね」
「本当に夢佳ちゃんの部屋は実にきれいね。雅也さんがいるメンテナンス室とは大違いよ」
「雅也さん?チームのメカニックのことか?そんなに汚いのですか?」
宏大はメカニックの雅也のことが気になった。
「そうなんですよ。工具は散らかっているし、そこまで危険でないにしても本人はそれが性に合うといってきかないので(笑)」
「あははは。メカニックといってもいろんな人がいるんだね。しかし散らかっているのは私もさすがにいただけないと思うよ。でも本人がそれでいいのなら、部外者の私がとやかく言うことではないがね(笑)。あとはみんなでゆっくりしていって。あとで呼びに行くよ」
と宏大は部屋を出て一階に下りて行った。
そのころ知子と妙織は仲良く話をしながら料理をしていた。
「そんな事情があったのね。それならうちの旦那ならなんとかしてくれるかもしれないわ」
「ありがとうございます。ご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
妙織は自分の会社の状況を正直に話したのである。夢佳から宏大のことを聞かされていたので、この際協力を仰ぐことを決めたのである。
「夢佳、そうだ。あんたあの例の、どうせばれるだろうし、いまみんなに見せておいたら?」
「いやだよ。だって恥ずかしいから」
「何かハマっているものがあるの?」
夢佳、そうだ。あんたあの例の、どうせばれるだろうし、いまみんなに見せておいたら?」
「いやだよ。だって恥ずかしいから」
「何かハマっているものがあるの?」
「えぇ、まさか人に言えないことってこの子のことですか?」
玲奈はそう言って何かを指していた。そこには同世代の女性から見ると場合によっては、白い目で見られそうなものが置いてあった。
「まさか、銀河戦士ソーラーシードシリーズが好きなの?」
「あぁっ。そうなんです」夢佳は声を小さくし、恥ずかしそうにしていた。
「実は私もこのシリーズにはまっているの。私は世代じゃないけど、アクションとドラマが見事に融合しているからね」
「杏奈さんもそうなのね?私もはまっているわ。特にリナ・セリアが大好きなの」
「そうなのですね。でも夢佳ちゃんは、私以上にはまっているのね。その証拠にたくさんの関連雑誌やプラモがあるからね。それにあのリナ・セリアの公式大人衣装のも持っているなんて驚きだわ」
「夢佳、今もはまってるの?私はもう卒業したけど、あれは大人でも楽しめる作品だからね」
「夢佳さん、子供心を持っているのですね(笑)でもいいじゃないですか?好きなことにはまることは悪いことではありませんよ」
「皆さん、ありがとうございます。でもお恥ずかしいですが、でもよかったです」
そうやって夢佳の恥ずかしい銀河戦士ソーラーシードシリーズにはまっていることに対しては、みんな理解を示してくれるどころか共感してくれた。
そしてロードバイクのトレーニング器具に話題が移った。メインのダイレクトトレーナーは、イタリアでのチームにいたときにチームでも使っていたパソコンと接続して使う超最新式である。それを夢佳も自分でも使いたいと購入しただけでなく、メーカーにお願いしてデスクワークもできるように改良してもらった。
「すごいですよ。こんなの私たちのチームでは導入されていないのでびっくりです。おそらくここまでの超高性能なのは、国内の強豪チーム所属選手でも自分で導入している人は少ないのではないでしょうか?」
「そうなの?私がいたイタリアのチームではみんな個人でも所有していたからね。でも、こうした超最新式を導入したことがチームの解散につながったのだけどね(笑)」
「すごすぎます。これはいつかうちのチームでも導入できないかな?」
「舞、そんな余力はないわよ。だからといって夢佳ちゃんにお借りするのもまずいからね」
「そうですね。さすがにこれはお貸しすることはできませんが、でもこのメーカーではスタンダードグレードならチームでも導入できるかもしれません。今後妙織さん、監督と話をしてみますね」
「ありがとう。夢佳、本当にうれしいよ。それとこのPCは?」
「これはイタリアに置いてきていたのをつい先日空輸して持ってきたばかりです。超高性能PCです。どうせ買うなら一番いいものをと思って、PCマニア向けののを買ってしまいました(笑)。でも買ってよかったです」
「まぁ、夢佳はなんでも超高性能を追い求める癖があるわ。割り切るところは割り切るからそこが唯一の救いというかすごいところよ」
そうこうしていると、下から宏大が夕飯ができたことを知らせに来た。
「じゃあ、夕食を皆さんで食べましょう。そこで桜川レーシングのことをいろいろさらに教えてください。あと私からカフェラテ&エスプレッソなどをご馳走します」
「????(杏奈・舞・玲奈)」
「後でわかるわよ。妹は本当に何でもハマったらとことんやっちゃうからね」
そう七美が言った。杏奈、舞、玲奈の3人は後でさらに夢佳のバリスタ顔負けの技に驚くことになるとは。
夕食の準備が整うと、夢佳はメンバーたちをリビングに招き入れた。テーブルには色とりどりの料理が並び、家族と一緒に過ごす暖かい雰囲気が漂っていた。
「皆さん、ようこそお越しくださいました。今日はお母さんと妙織さんがたくさん美味しい料理を作ってくれたので、どうぞ楽しんでください。」と夢佳が言うと、みんな笑顔で席に着いた。
「いただきます!」
一斉に食事が始まり、賑やかな声が部屋中に広がった。夢佳は家族やチームメイトたちとの会話を楽しみながら、イタリアでの経験や今後の抱負を語った。
「イタリアでの経験を生かして、このチームで新しい挑戦をしていきたいと思っています。皆さんと一緒に日本一を目指しましょう。」と夢佳が話すと、メンバーたちも熱心に頷き、彼女の意気込みに共感した。
食事が終わり、夢佳は約束通り、みんなにカフェラテやエスプレッソを振る舞うことにした。彼女がバリスタ顔負けの手際でエスプレッソマシンを操作し、香り高いコーヒーを一杯ずつ丁寧に淹れていく様子に、メンバーたちは感嘆の声を上げた。
「夢佳さん、本当に何でもできるんですね!」と舞が感動した様子で言うと、夢佳は照れ笑いを浮かべながら、「ただ好きなことを追求しているだけですよ」と謙遜した。
夢佳はエスプレッソの準備に取り掛かった。まず、エスプレッソマシンを適切な温度(190°Fから200°F)に予熱する。次に、新鮮なエスプレッソ豆を細かく挽き、ポルタフィルターに詰めてしっかりとタンピングする。ポルタフィルターをマシンにセットし、20~30秒間で2オンスの濃厚なエスプレッソを抽出する。すると、金色のクレマが美しく浮かぶエスプレッソが出来上がった。
沙織、七実、知子、広大には、小さなワイングラスに似たグラスでエスプレッソを提供し、皆はその香りと味わいに感嘆した。
「夢佳、本当に美味しいわ。これならレースの後にもリラックスできそうね。」と杏奈が言うと、他のメンバーたちも頷きながらコーヒーを味わった。
次に、夢佳は杏奈、舞、玲奈のためにカフェラテを作り始めた。まず、冷たい牛乳をピッチャーに注ぎ、エスプレッソマシンのスチームワンドを使ってミルクを加熱しながら泡立てる。スチームワンドをミルクの表面下に配置し、ヒス音が聞こえる位置でミルクを回転させながら150°F(65°C)に達するまで加熱する。ミルクが滑らかでクリーミーな泡状になるまでスチームを続ける。
「え、すごい!こんなにきれいに泡立てられるなんて、バリスタみたい!」と玲奈が驚きの声を上げる。
「見て、こんなにクリーミーな泡ができるなんて本当にプロみたいね!」と舞も感動した。
夢佳はミルクピッチャーを軽く叩いて大きな泡を消し、スチームミルクをカフェラテ用カップに移し替えたエスプレッソに注いだ。まず、ミルクをエスプレッソに混ぜるように注ぎ、最後にふわふわの泡を乗せてラテアート(ハート)を描いた。
「これ、カフェで出てくるようなラテアートだわ!」と杏奈が驚いた声を上げる。
「本当に何でもできるのね、夢佳!」と舞が再び感嘆する。
その後、リビングでゆっくりとくつろぎながら、メンバーたちはこれからのトレーニングや試合の計画について話し合った。夢佳は自分の経験を生かし、具体的なアドバイスを提供しながら、チームの士気を高めることに努めた。
「一歩一歩着実に進んでいきましょう。必ず結果はついてきます。」と夢佳が締めくくると、メンバーたちもその言葉に励まされ、決意を新たにした。
夜も更け、夢佳は一同を送り出す準備を始めた。車に乗り込む前に、杏奈が一言声をかけた。
「夢佳、今日は本当にありがとう。あなたの言葉に勇気をもらったよ。これからもよろしくお願いします。」
「こちらこそ、杏奈さん。チームのために全力を尽くします。みんなで一緒に頑張りましょう。」
こうして、夢佳と桜川レーシングのメンバーたちは、再び一つの目標に向かって団結することを誓った。夢佳の加入は、チームに新たな風を吹き込み、彼女たちの未来に希望の光をもたらしたのだった。
翌日から、夢佳は本格的に桜川レーシングの一員としての活動を開始した。彼女の指導のもと、チームのトレーニングはさらに厳しく、そして充実したものとなった。夢佳の持つ経験と情熱が、チーム全体の士気を高め、一人一人の成長を促していった。
桜川レーシングは、夢佳の加入をきっかけに大きな変革を遂げることになる。夢佳の決意と行動力が、チームの未来を切り開いていくのだった。
第二話、完。次回第三話に続く….