幸い(さきはひ) 第六章 ④
第六章 第四話
「私は君が好きだ」
桐秋は気付けばそうくちばしっていた。
美しいものを見たときに、心が満ちて、はらりと涙が落ちるように。
桐秋はただただ、千鶴が秋の桜を慈しむ婉然たる姿を見て、
胸に満ち満ちていた千鶴への慕わしい想いが、心の源泉からパッと湧き出でてあふれた。
そうしてあふれた想いは、うちにとどめておくことが出来ず、愛を告げる言葉として外界につと、こぼれ落ちた。
桐秋の想いを抑えていた堅牢強固な言い訳の壁。
桜病、命の長さ、千鶴の想い人、患者と看護婦、そんな高くそびえ立った|方の壁さえ、湧き出でた想いは易々と超えていった。
桐秋の突然の告白に千鶴は、大きな瞳がぽろりとこぼれそう落ちそうなほど目を見開き、驚いている。
桐秋は千鶴の目を丸くした顔に、本能に流されていた自分から我に返るも、うちから迸《ほとばし》る想いをもう止めることはできない。
丁寧に、丁寧に、言葉を紡ぐ。
「君に想う人がいることは知っている。
それでも、今、君が、秋の桜を愛でている姿を見て、私は、君を、心の底から、美しく、愛しいと想った。
それが今、心のまま、口から漏れ出てしまった。
これは私のエゴだ。自分勝手なわがままだ。
君を困らせているのもわかっている。
私は、近いうち、この世からいなくなる。
それまででいい。
君を、想うことを、許して、、、くれないだろうか。
君に想いまで返して欲しいとは望まない。
ただ、それでも、私の想いを君に知っていて欲しいと思ったんだ。
君の嫌がることはしな・・・」
「いなくなるとおっしゃらないでください」
桐秋の声を遮ように千鶴は叫ぶ。
瞳に涙をいっぱいに溜めた、何かをこらえる顔。
それは男の弱い顔。
女の強い顔。
手を白くなるほどに握りしめ、目に雫を貯めたまま、千鶴は桐秋を睨みつけて告げる。
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