幸い(さきはひ) 第十一章 ⑳
第十一章 第二十話
「君は、私に幸せであるようにと願った。そして先ほど、自分も幸せであったと言った。
でもそれは違う。
幸せ、幸《さいわ》いは、“ 咲《さき》はひ”花盛りが長く続くという意味だ。
私は君がいないと、盛りを迎えることができなし、君も長くは生きていない。
君がいつか言った人生の花盛りを謳歌できていない、互いに幸せを叶えられていないんだ。
罪悪感や恐怖が愛ではない。
互いに幸せを願い、想いあって《《生きていく》》ことが私たちの愛なんだ」
桐秋はもう一度美桜に伝える。
「共に幸せを生きていこう」
一迅《いちじん》の風が吹く。
いつの間にか自分を責める自分は桜の花びらと共に消えていた。
美しい桜は想いの花びらをこぼし、こらえるように頷く。
流されるのは、後ろめたさもなにもかも取り除かれた、ただただ桐秋のことを純粋に愛するが故の純度の高い澄み切った想いの雫。
桐秋は清水《しみず》のような涙を美桜が好きな柔らかな笑みを浮かべ、優しく拭う。
そこは都会の喧噪と隔絶された世界。
永遠を誓ったつがいがようやくもとの在るべき形にもどる。
見守るのは、長い刻を生きる山桜。
優しい人生の先人は、これから長い人生を歩む二人の頭上に、たくさんの子ども達を満天に咲かせる。
それはまるで、二人の永遠の花盛りを予期させるかのような、爛漫とした見事な景色だった。