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幸い(さきはひ) 第十一章 ⑫
第十一章 第十二話
一瞬生気が戻ったように女の瞳は輝く。
「一目見ただけで、貴女様が初恋の王子様だとわかりました」
後ろに纏《まと》う薄紅の花が誰よりも何よりも似合っていたから。
「でも昔と違うものもあった」
桐秋の姿が死の匂い漂う、あまりに儚げなものであったこと。
「桜の幻想世界に消えゆきそうな貴方様を現実世界に引き止めるため着物の袖を掴んだ時、
貴方様の存在を成長してこの身に初めて感じた時、
絶対に貴女様を死なせないと誓ったのです。
そしたらどうでしょう、貴女様は私との幼い頃の約束を自分の命を削ってまで果たそうとしてくれていた」
その声に涙が滲む。
「馬鹿な人。
でも、私はそれを利用しました。
貴女様の桜病の研究が実れば、貴女様自身病の治療につながる。
そう思ったのです。私は自分のすべてでもって、貴女様を支える決心をいたしました」
そして、それが終われば、早々に姿を消すつもりだった。
輝かしい未来の待つ貴方様のため、音も無く消えゆくつもりだった。
人々を苦しめた元凶として独りで死んでゆくつもりだった。けれど、
――貴女様はこんな私を好きだと言ってくださった。
――その瞬間、ずっと胸に秘めてきた宝物のような想い、夢物語のような幼き日の淡い想いが、現実にはっきりとした質量をもって私の心にあらわれたのです。
「貴方様が私に視線を向け微笑んで下さるたび、
貴方様が私に柔らかにふれて下さるたびに、
私は貴方様への色づく想いに侵されていきました」
最初は桐秋にふれられることに躊躇いがあった。
治ったと言われてはいても、一度の自分の身体は桐秋の毒になっていたから。
けれど桐秋はその思いを払拭するかのように、心から愛おしそうに、幸せそうに、自分にふれてくる。
その柔らかな顔は、己の不安をあっというまに悦びへと変えていった。
桐秋の愛は季節を経るごとに、深く、濃く、艶《あで》やかになっていた。
「貴女様にあふれんばかりの愛情をいただいた日々は、まさに天にものぼらんほどの幸福な毎日でした」