幸い(さきはひ) 第七章 ④
第七章 第四話
ここの管理人をしているという夫妻は桐秋と千鶴を温かく迎え入れると、二人をそれぞれの部屋に案内してくれる。
桐秋は日当たりのよい二階南側の一番奥の部屋で、隣に千鶴の部屋が用意されていた。
千鶴は部屋に入った瞬間、身の丈に合わない部屋の上等さに驚き、すぐさま桐秋に部屋を変えてくれるように頼んだ。
されども桐秋には、自身の看病のため隣の部屋に居てほしいと請われてしまう。
そう言われれば千鶴は断れるはずもなく、結局その部屋を使わせてもらうことになった。
そんな千鶴の部屋の内装は気品に満ちあふれていながらも、どこか可愛らしさも兼ね備えた美妙なものだった。
壁紙は白に少し黄みがかった生成《きな》り色の地に、淡い薄桃色の小さな薔薇が咲いた上品な模様で、室内の家具の布地にも用いられており、部屋全体のモチーフになっていた。
他の調度も壁と同様の色、模様で統一されている。
窓の近くには天蓋のかかったベッド。
この部屋の他の家具とは違いこれは真白。
純白だ。
特別な趣向を凝らしているわけではないのに、薄膜の白の透明感のある覆いがそこはかとない神秘的な空間を生みだす。
この部屋でこれだけが異質な存在ではあるが、不思議な美しさが全体的に可憐な部屋をしっとりとまとめ上げている。
真《しん》に清白なものは、どんな部屋にも合うのだと感じる。
千鶴は幼い頃に憧れた西洋のお姫様が使っていたベッドみたいだと思う。
自身の乙女思考に笑いつつ、ドキドキしながら寝台に腰を下ろす。
そこは柔らかに千鶴の身体を受けとめてくれた。
こんな素敵なところで休めば良い夢を見られそうだ。
それにしても、どの部屋もこんなに立派なのだろうか。
他の部屋を覗いてはいないが、ここは部屋に特別なこだわりを感じる。
千鶴の頭にふとした疑問がわいた時、それを打ち消すように部屋のドアを上品に何度か叩く音がする。
千鶴はすぐに返事を返す。
すると失礼しますと言って、先刻部屋を案内してくれた管理人夫妻の妻が、畳紙《たとうがみ》を手に入ってくる。
千鶴は慌ててベッドを降り、妻の元へ近づいた。
妻は、中央に置かれているアンティークテーブルに畳紙をおき、前面の和紙をゆっくりと開けた。
現れたのは、一目で素晴らしい品だと分かる繊細な意匠の着物。
千鶴がその美しさに目を奪われていると、
「桐秋様が千鶴様にこちらをお召しになってほしいとおっしゃいまして」
妻はそう言ってにっこりと微笑む。
千鶴は妻から告げられた言葉に驚きながらも、桐秋からという言葉に嬉しくなる。
千鶴は身をかがめ、愛おしげに、そろりと衣裳の袖を撫でる。
そんな千鶴の姿に妻は優しく微笑み、
「さっそく着付けましょう」
と提案する。
妻からのありがたい申し出に千鶴は笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
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