幸い(さきはひ) 第九章 13
第九章 第十三話
桜が固い蕾の殻から、淡い花びらを覗かせ始めた頃。
桐秋は血を吐くことがありながらも、なんとか小康状態を保っていた。
出会った時と比べると、肌はますます透けるように白くなり、桐秋を現実に表すいっさいの線が細くなった。
着物の合わせから除く鎖骨も肉がそぎ落とされ、骨そのものが浮き出ているように見える。
それらの症状は桐秋の秀麗な顔に、この世のものでないような、より壮絶な美しさを付随させる。
そんな状態にあってなお、二人は依然として薄紙一枚の距離が開いていた。
開いているのは、体でなく心の距離。それでも千鶴は桐秋に寄り添い続ける。
*
無情にも時は過ぎ、桜はいよいよ開花の猶予を知らせ始める。
その日、千鶴は母屋から桐秋宛の荷物を預かった。
千鶴の手にも収まる小さな箱。
こういう荷物があることは初めてなので、千鶴はなんだろうと思いながら桐秋の元まで持っていく。
桐秋は布団から起き上がり、障子を開けて、庭の桜の木を眺めていた。
千鶴は桐秋に声を掛ける。
「桐秋様、荷物を預かりました」
「そうか」
千鶴の言葉に桐秋は短く答える。
桐秋はこの箱の中身を知っているようだった。
桐秋は千鶴の方に居直り、目を合わせる。
あの夜逸らされてからいままで、合わされなかった目がそこで、ピタリと重なった。