幸い(さきはひ) 第十一章 ⑩
第十一章 第十話
「私は真実を知りたくなり、養父の書斎に入る機会を伺うようになりました。
亡くなった父の研究資料が、そこに移されていたことを知っていたからです」
資料を見れば、自身の病や桜病について何か分かるのではないかと思ったのだ。
「しかし、養父は書斎の鍵を常に持ち歩いていて、鍵をかけ忘れるでもしないと中には入れませんでした」
虎視眈々《こしたんたん》とその時を待ち続けた。
「二年がたったある日、その日も私は養父が外出をしたのを見届けると、すぐに書斎のドアノブを回しに行きました。
すると、いつもは三分の一しか回らず、あと少しというところで止まるノブが、するりと三分の二回転して、怖いほどすんなりとドアが開いたのです。
キーッとどこか歪な音を立てて、すーっと開く扉に、そら恐ろしいものを感じながら部屋に入ると、私はそこでその比でないおぞましい事実を知ることになりました」
女子はそこでしばらく口をつぐんだあと、一つ呼吸を置いて話し出す。
言葉とともに風が起き、地面の桜びらが渦を巻き始める。
先刻までぴたりと止まっていた空気は一転して、髪を舞い上げるほどの荒ぶる風となる。
花嵐《はなあらし》は攻めるように木の下に佇む女を襲う。
「小さいころわたしは桜の病《やまい》にかかっていて、父はその血を使って多くの人を死にやる新しい病気を作った。
そして、父もわたしのかかっていた桜の病にうつり死んだ」
無機質な声と、どこか幼い文言。
普段の彼女とは違う喋り方。
先ほどまでの想いを吐露する話し方でもない。
ただ、起こった事実をそのままの発しただけの言葉。
もしかすると今の彼女は、真実を知った今より幼いあの頃に、心が戻っているのかも知れない。
虚空《こくう》を見つめる瞳は黒く塗りつぶされている。
――女子はいっときして、瞬きをゆっくりすると、ひと息置いて話始める。
「成長し、様々な物事を知るにつれ、父の血を採るときの笑顔が時折、瞬間的に頭の中に現れるようになりました。
それはどこか歪んでいて、自分が何か得体のしれない恐ろしい存在ではないかと、問いかけてきているようで怖かった」
でも実際はそんな想像すら生やさしい、言語に絶する怪物だった。
――《《人を殺すための材料だった》》