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幸い(さきはひ) 第十一章 ⑥
第十一章 第六話
しかし幸せな日々は長くは続かなかった。
不穏な話の流れに合わせるかのように強い風が吹き上がる。
突風は山桜の子どもたちを母から一気に奪い去り、方々に散らせていく。
「桜の花が緑の葉に姿を変え終わる頃、
私は父に病気なのだから外には出てはいけないと告げられ、近々療養のためにここを引きはらうと言われました」
父は娘が自分の目を盗んで、どこかに出かけていることに気づいていたのだ。
「それでも最後にどうしてもお別れを言いたくて、貴方様に会いに行きました。
貴女様はいつもと変わらず、瑞々しい桜の木を携え、優しい顔で私を迎えてくださった。
私はそんな貴女様にさよならを告げることがつらく、その言葉を使わず、ここには来られなくなるとお話しました。
貴女様はなぜだと理由を尋ねられた。
私が病気なのだと告げると、貴方様は自分が治すとおっしゃってくださった。
私にはそれが涙が出るほど嬉しかった」
――本当はずっと怖かった。母と同じ病だと、泣きながら自分の身の上を嘆く父を見て、いずれ自身も母のように死ぬのだと思っていた。
――自分の与えた血で父が段々とおかしくなってゆく様に、心がどんどん擦り切れていった。
――自身でも気づかぬうちに真っ黒な負の感情に飲み込まれそうになった時、桐秋と桜の木に出会った。
そして、心を救われたのだ。
――さらに別れ際にも生きる希望をくれた。