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幸い(さきはひ) 第十一章 ⑯

第十一章 第十六話

 そう微笑みながら、胸の内を目前の花木に告げ終わった時、女はそぞろに昔の記憶を思い出す。

 今はもう顔もあまり思い出せぬ父が、血にまみれた中、最期に吐いた言葉。

『愛は人を狂わし、桜は人を死に至らしめる』

 幸福な刻を一瞬にして終わらせた呪いの言葉。

 何かの詩の一部か。

 はたまた、父がこの世を呪った言葉だったのか。

 自分の心の奥底に呪詛のように残っていた。

――でも今際、その言葉の意味が理解できる。

――父は、母のことを愛するがあまり、心を狂わせた。

 復讐の手段として、桜病という恐ろしい感染症を作り出し、最期は自身もその病に罹り死んでいった。

――娘の自分は桜の木の下で桜の花のような麗しい人に恋をした。

――しかし、自身の桜を関する病ゆえに多くの人の命を奪い、愛する人さえも死の淵に追い込んだ。

――罪の意識に苛まれながら、溺れるほどの恋や愛の感情に苦しみながらも、最後は愛する人を助けたいという想いのために生きた。

――桐秋のことがただただ愛しかったから。

――愛する人には生きていて欲しかった。

――自分も気がふれんばかりの愛を知り、桜に侵され死んでゆく。短い人生ではあったが、幸せだった。・・・後悔はない。

 ふっと満ちた足りた表情で女は瞼を下ろす。同時にその体は芯を失い落ちてゆく。

 想いに満たされ、桜の花びらに包まれ、自分は別世界に流れゆく。

 人生で一番幸せな頃に纏っていた、あの友禅に描かれた花筏《はないかだ》のように。

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