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幸い(さきはひ) 第十一章 ⑮

第十一章 第十五話

 そこで女は目を閉じる。

 寸暇の静寂の後、開かれた瞳には情欲をはらんだかすかな炎がゆらりと浮かんでいた。

 それは薄紅の花を携える樹木に向けられる。

「いえ、それはただの口実ですね。

 体液を貴方様に取り込むだけなら、体なんて交わらせなくても他にもやりようはあった」
 
 女は皮肉を込めた笑みを浮かべる。清純な乙女は一時、世界のことわりすべてをしったかのような成熟した女の表情を浮かべる。

「私が貴方様と愛を交わしたのは、貴方様のすべてが欲しかったから。
 
 私のすべてを貴方様で満たしてほしかったから。

 だから、貴方に愛を誓わせ、あまつさえ今にも消えそうな貴方様の命の灯《ともしび》を私に分け与えさせた」

 真っ新《まっさら》になったと思っていた心でさえ、桐秋とわずかでも刻を共にすれば、すぐに欲深い愛や恋にまみれてしまう。

 決壊し、枯渇してなお、あふれんばかりの感情でたちまちそこは満たされてしまう。

 愛されたいと願ってしまう。

 叶わなければ本能が死のうとさえしてしまう。

 愛を知ったがゆえに、それを乞うようになってしまった。

「ほんとうに自分勝手な女です。

 でもそのおかげで私は今、貴方様でいっぱいに満ちた状態で、この世を終えることができる。

 幼い頃に見たあの桜の木のように、私の全身には貴方様への想いが巡り、染まっている。

 私は幸せものです」

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