幸い(さきはひ) 第十一章 ⑭
第十一章 第十四話
「たくさんの想いが排出されて、最後に心の湖底に白く澄んで残ったのは、最初に抱いていた誓い」
――ただただ純粋に、この人だけはどうしても、なんとしても助けたいという想い
「すべてはそこから始まっていたのに、貴方様と共に時を過ごすほどにそれは自身の欲にまみれた感情に汚され、穢されていった」
――その先は望んではいけないと、
――こんな自分はこの世にいてはいけないと、
――貴方様のためだけに罪深い私は生きているのだと、
――貴方様を愛し、愛されるたびに忘れてしまっていた。
――いつも桐秋から愛をもらうたび、至上の喜びを身にいっぱい、感じていた。
――桐秋が自分といると幸せになれると告げてくれた時、人生で一番心が震えた。
しかし、自分がいなければ、自分さえいなければ、桐秋はもっともっと幸せになれていたのではないかという罪悪感もやはり四六時中身体にまとわりついて離れなかった。
――桐秋の姿の向こうにそう訴えるもう一人の自分がいる。
桐秋と共に季節を感じるたび、桐秋に愛されるたび、いつも迫ってくる。
桐秋に愛されることで目を逸らし向き合ってこなかったもの、自分の罪を自覚した時から己を己たらしめたもの、それがその折になって、真正面に現れたのだ。
「その出来事で私は初心《しょしん》を再確認することが出来ました。
そして、桐秋様の桜病を治療するため、自分の血を利用してもらうことを決心したのです。
私は南山教授に幼い頃に桜病を克服したことを話し、自身に桐秋様の桜病に対する抗体がある可能性をお伝えしました。
南山教授も初めのうちは私の言葉を疑っておられました。
それはそうでしょう、桜病は成人病とされていたのですから。
しかし、あまりにも必死な私の形相と桐秋様の切迫した容体を前に、苦悩しながらも私の血から血清を抽出してくださることを約束してくださいました」
女は俯き、顔は見えない。
「それから、私の体液を貴方様の体に入れることによっておこる副作用がないか確認するため、私は貴方様に肌をさらしました。
そしてそれをより確実なものにするため、わざと指に傷をつけ、貴方様が見咎めるようにも仕向けた。
優しい貴方様なら、苦言を呈しながらも私の血を優しくなめとってくださることが分かっていたから。
ふふ、ほんとうにそうなりましたね。
あまりにも貴方様が、私が想像したとおりの行動をなさるから、私は・・・」
言葉にならない嗚咽が漏れる。
「一夜明け、貴方様になんの副作用も起きないことを確認し、私の役目は終わりました」