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私は、高校1年の時同じクラスだった山下くんが好きだ。
話したことはほぼない。山下くんはどちらかというとクールで群れない。何を考えているか分からない。バンドをしていることは知ってる。おそらく私のようにファンは多い。山下くんへの好きをアピールする子はいないが確実に隠れファンがいる。だってかっこいいし。絡みづらいだけで。
2年でクラス替えをしてから、見かける機会も減ったが、密かにずっと好きなのは変わらない。

私は家と高校の間にあるコンビニでバイトをしていた。
たまに同じ高校の制服を着た生徒も来るし、先生も来る。知り合いはあまり来ない。
よく来る先生は、一つ上の学年の副担任で、野球部の顧問だ。社会の先生らしい。「運良く」、私はその先生に一度も授業を教わっていない。先生は私のことをまさか自分の高校の生徒だとは思っていないようだ。私が一方的に知っている。なぜ「運良く」なのかというと、毎回その先生がアダルト雑誌を買っていくからだ。私は勝手に気まずい。しかし、先生はそんなことも知らずに私のレジにやってきて、普通に買っていく。やめてほしい。とは思いつつ、先生も男だ。仕方はない。
だが、学校からそこまで遠くない距離のコンビニで、アダルト雑誌を買う神経が分からない。もしかしたら、生徒だってその親だっているかもしれないのに。
まあ、仕方ない。先生も男だから。
先生がバイト先に来てエロ雑誌買って行った、なんてクラスメイトに言えばとても盛り上がる内容だが、誰にも言わないようにしている。なんとなく。
先生に、自分が生徒だと気付かれないように、校内ですれ違いそうになる時はなんとなく顔を隠す。短い前髪で隠れるはずもないが、下を向いたり後ろを向いたり、先生に顔を覚えられないように努力している。先生がいつかコンビニで私に気付き、恥ずかしい思いをしないように。

山下くんも、私のコンビニに一度来たことがある。

2年生になってすぐの頃だった。バックヤードの冷蔵室で、ジュースの品出しをしていた。
ブーとブザーが鳴る。
レジに人が並ぶと、レジの人がボタンを押して、バックヤードにいるスタッフに知らせたりするためのブザー。
私は急いでレジに向かった。
早足でレジに向かいながら「いらっしゃいませー、お次の方どうぞ」と言った。
レジに着くと並んでいたお客さんがタバコの番号を言った。
「46番」
少し若そうに見えると思った瞬間、ハッとする。
いつもの制服じゃなくて、初めは気付かなかった。
山下くんだ。
山下くんと目が合い、山下くんもハッとしたような顔をした。山下くんは苦笑いをしていた。
私は気付かないふりをして、目をそらし、タバコを渡した。渡してしまった…。
「420円です」
「これで」
「600円のお釣りです。」
「ありがとう」
「ありがとうございました。」
最後にまた目が合った。すぐにそらし、列に並んでいる人を呼ぶ。
「お次お待ちのお客様どうぞー」
コンビニのドアの開閉音が鳴る。山下くんは帰っていった。

タバコを未成年に売るのは犯罪なので、私は犯罪者になってしまった。まさか山下くんがタバコを吸ってるなんて。なんで、普通に話しかけられなかったんだろう。「売れない」って言えなかったんだろう。何してんだ自分。売れないって言ったら、山下くんと喋る機会も増えたかもしれないのに。
このことも、誰にも言えなかった。

もともと学校ですれ違っても挨拶や会話をしたことはない。目も合わせたりしない。
しかしその日から一ヶ月くらい、山下くんは私を気まずそうに少し意識するようになった。
すれ違う時にチラッとこちらを見る。
そしてわざとらしくそっぽを向く。
一ヶ月くらい経ってからは、山下くんの意識も薄れて、元の何もない関係に戻った。
気まずくても、意識されているのは嬉しかった。

しかしながら、山下くんがタバコを吸っているということを知り、正直引いている自分もいた。
未成年でわざわざ喫煙したり飲酒しているのは、私の中でとてもダサいと思っていたからだ。山下くんがまさかそんなダサいことをしているなんて。ショックだった。
でも、その一つだけで嫌いにもなりきれなかった。
山下くんの何を知っているかと訊かれると、ほとんど知らない。1年の時のテストの順位が50番目だったということと、襟足に一本白髪があることと、身長が176cmの植野くんより背が高いことと、帰宅部で他校の人たちとバンドを組んでいてベースをやっていること、声が低いこと。1年の時仲良かったのは中島くん。あと、喫煙者。趣味とか性格はよく知らない。彼女がいるかいないかも知らない。
全然知らない。知らないから好きでいられるのかもしれない。
タバコはショックだし、私は犯罪者になってしまったが、それにより秘密を共有できた。意識してくれた。タバコを吸うダサさも、逆に惹かれる理由にもなっていった。


ある日、1年の時から同じクラスだった永井くんが話しかけてきた。
昼休み、友達と4人で机を並べてお弁当を食べているところだった。この4人の内、私と莉奈は1年の時から同じクラスで仲が良かった。遥香と麻紀は、2年になってから同じクラスになり仲良くなった。基本的にいつもこの4人か、莉奈と2人で行動することが多い。
「今度、山下のバンドのライブ行くんだけど、行きたい人いる?」
内心、ドキッとしたが、冷静を装うのは得意だったので、誰にも気付かれていない。
「へえ、山下くんライブやるんだ」
莉奈が一応反応したがあまり興味が無さそうに、ご飯を食べながら言った。
「山下くんて誰?」
と遥香が聞く。
「かっこいい人だよね?」
この麻紀の言葉に少しビビりながらも、興味のないふりをする。
「多分そう。なんか、5組くらいのバンドでライブするらしくて、できる限り多く人呼びたいらしくて、いろんな人に声かけてんだけど、どうっすか?6月17日、水曜、2500円で、18時から20時くらいまで、らしいけど、行かない?」
麻紀と遥香は行かないと言った。
「どうする?」
莉奈が私に聞いてきた。
「行きたいわけじゃないけど、まあ、行ってもいい…かな?」
と言うと、莉奈も「私もそんな感じ」と反応した。
「え、じゃあ、決まりでいい?」
私と莉奈は渋々(私はもちろん心の中では喜びながら)行くことを承諾した。

その後永井くんに聞いたところによると、他にも女子4人、男子5人が来るらしい。
山下くんはそこまで人付き合いが良い方ではないが、永井くんが顔が広くて営業上手だったので、そこまで集められたのだと思う。そして、クラスメイトが舞台に立っているところは、無条件で多少は興味が湧くものだ。女子は、山下くんの隠れファンもいるだろうけど。大人しめの山下くんがどんな感じで楽器を弾いているのか、気になる人も多いだろう。
私が山下くんを好きになっていなかったとしても、素直にライブに行きたいと思ったはず。
ライブに行くことが決まってから、なんとなく常に浮かれたし、なんとなく幸せだった。
バイトで、レジのお会計の時、お釣りを受け取りつつわざとらしく手を触ってくるおじさんが来ても、野球の顧問の先生がまたエロ雑誌を買いに来ても、どうでもいいと思えるくらい、私はライブに行ける喜びで浮かれていた。

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